王子様になりたい ~王子様の恋愛指南~

第5話

 土曜日の零時過ぎ。
 家に帰ってきた私は、眠気に導かれるまま動いていた。
 無心でシャワーを浴び、パジャマに着替え、歯を磨き、ベッドへダイブ。無駄のない動きは、まるでプログラムに忠実なロボットみたいだ。
 そんなことを考えている間に深い眠りへ落ちていたらしく、目を覚ますと時計は土曜日の十三時を指していた。
 メッセージアプリの通知音が静かな部屋に響く。昨夜の酒がまだ残っているのか、思うように身体を起こせない。カーテンの隙間から差し込む光がやけに眩しく感じる。
 ぼんやりとした意識の中、ベッドの脇に置いていたスマホを覗けば——画面には『齋藤眞司:デートの予定』の文字。
「でっ、デート!」
 酔った勢いで口にした恋愛相談。そこで交わした約束。
 昨日の出来事が鮮明に甦った。
「本当に、明日デートなんだ」
 齋藤さんの言葉ひとつひとつが脳内で繰り返される。
『明後日の本番に向けて——少しずつ恋愛を知ってね』
「手を絡められた感触」や「耳元で囁かれた声」を思い出せば、一瞬で意識が覚醒した。それと同時に羞恥心も襲ってくる。堪らずベッドの上に転がってみたが何も変わらない。
 とりあえず返信しよう。それに予定の詳細を確認したい。
 鈍った身体を起こして、壁にもたれかかる。
 アプリを起動すれば、齋藤さんからのメッセージが表示された。
『こんばんは。今日は飲み会のお誘いをありがとう。その後、無事に帰宅できた?念の為メッセージを確認できたら返信してほしいな』
 土曜日の0時に届いたメッセージ。 
 そうだ。昨日、齋藤さんは酔った私を心配して家まで送ると提案してくれた。けれど、これ以上迷惑をかけたくなくて、私は断ったのだ。
 帰宅後、私は眠気に勝てなかったのに、彼は私を最後まで心配してくれていた。その優しさが、胸の奥にじんわりと残った。
『おはよう。……まだ寝ているのかな。もしくは、帰宅できていない可能性もある。とても心配しているよ』
 土曜日の九時に届いたメッセージ。
 朝からこんなにしっかりしているなんて。二日酔いに苦しんでいる私とは大違いだ。
『先に、明日のデートについて予定を共有しておくね。山田駅南口へ十三時に集合でお願いします。……デート、とても楽しみだな』
 山田駅周辺には大規模なショッピングモールがある。
 有名なブランドだけではなく映画館やゲームセンター、屋外には観覧車まであり、連日賑わっている場所だ。
 もしかして、ウィンドウショッピングをするのかな。明日のことを想像し、期待が膨らむ。
『おはようございます。……こんにちは、でしょうか。お恥ずかしながら、今起きました。心配をおかけし申し訳ございません。また、予定の共有をありがとうございました。楽しみにしています』
 社内チャットのような硬いメッセージになってしまった。
 絵文字を付け足した方がいいだろうか。しかし、恋人として、どこまで彼とのやり取りに踏み込んでいいのかわからない。それに早く返信しなければ、また彼に心配をかけてしまう。
 善は急げと思い、勢いよく送信ボタンを押した。
 数分後、齋藤さんからメッセージが届いた。
『こんにちは。返信ありがとう。藤島さんが無事で安心したよ。改めて、デートよろしくね』
 短い、だけど温かみのある文章。齋藤さんの人柄が現れている。その場にいなくても声が再生できてしまうほどだ。
 同じように私も「よろしくお願いします」と返信し、スマホを閉じた。
 どうしよう。明日、本当に齋藤さんとデートするんだ。
 デートには、どんな服装が求められるのだろう。
 恋人らしい振る舞いとは何をすればいいのだろうか。
「同期」とも「友達」とも違う、「恋人」の関係性。
 恋愛を知りたい私に、王子様が与えてくれたチャンス。
 ——彼に相応しい恋人になろう。
 もう一度スマホを開き、検索アプリを起動する。
「20代 女性 デート服」「可愛い彼女」「デート 会話テクニック」思いついた言葉をひたすらに調べた。
「可愛い彼女の条件、多いな……」
「いつも笑顔」「髪や肌が綺麗」「いい匂いがする」など、見た目から性格まで細かく分析されていた。はたして、今の私はどこまで追いついているのか。少なくとも、香水すら持っていない時点で「いい匂い」の条件を満たすのは難しそうだ。
「清楚なコーデは好感度が高い、のか」
 特に、花柄のワンピースは女性らしい印象を与えられるらしい。立ち上がり、クローゼットの中身を確認する。残念なことに花柄のワンピースなんてものは一着も入っていなかった。
「……よし、買いに行こう」
 恋人がデートを「楽しみ」だと言ってくれた。
 だから、彼女として応えてあげたい。
 意を決した私は、明日のデートに向けた準備を始めたのだった。
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