追放聖女の帰還
「もちろん謁見の間に向かいます。ですが……竪琴までお持ちの理由は?」

 侍女達との一件でうやむやになったと思ったけれど、アズレイトは気になるらしく話を戻されてしまった。

 現在彼は王子モードでいるので、その笑みは凄みがある。キラキラ感にほんの少しダークな部分が入れば、塩バニラ的な旨味が出る。

 面食いのサーシャにとっては、これはたまらないご馳走だ。

「もうっ、別にいいじゃん……あ、うっ……すぐに帰れるようにと思って……」

 ほっといてよと貫こうとしたサーシャの意思は弱く、しどろもどろになりながら白状してしまう。

 そんなサーシャの答えに、アズレイトはにこりと笑って手を伸ばした。

「さようでございますか。では、わたくしがお持ちしましょう」
「いえ結構で──ちょ、返して!」

 目にも止まらぬ速さで、サーシャは抱えていた竪琴をアズレイトに奪われてしまった。

 すかさず取り返そうと手を伸ばすが、アズレイトは意地悪くそれを高々と持ち上げる。

 サーシャとアズレイトの身長差は、頭2個分。長身のアズレイトが腕を高々と上げてしまえば、サーシャは背伸びしたって荷物に届かない。

 ぴょんぴょんジャンプして、自分の荷物を取り返そうとするサーシャと、微笑みながらも更に荷物を上にあげるアズレイト。

 その光景は、若い男女のカップルがじゃれ合っているようにしか見えない。

 ついさっきアズレイトに恐れおののいていたことも忘れ、侍女達は生温い笑みを浮かべている。

 たまたま通りかかった衛兵や、ここで働く官僚たちに至っては「いよっ、ご両人!」的な声を掛けて通り過ぎていく。

 サーシャにとってはこれは集団イジメでしかない。だが、アズレイトはまんざらでもない表情を浮かべ、耳を疑うことを言う。

「人聞きの悪いことを仰らないでください。わたくしは、ただ貴方様の両手が荷物で塞がってしまうなど見てはいられないだけでございます」
「私は、自分の荷物が他人の手にあることが、見ていられないんです!」
「はははっ……では参りましょう」

 爽やかにサーシャの主張を無視したアズレイトは、エスコート慣れした所作で手を差し出す。

「だからぁー、子供扱いしないでください!一人で歩けます!」

 ダンッと地団駄を踏んだサーシャは、差し出されたアズレイトの手をぺしんと叩くと、さっさと一人で歩き出す。が、

「サーシャさま、こちらではありません。向かう先はあっちでございます」
「え?嘘……っ……!?」

 ギョッとしたと同時にぐいっと腰にアズレイトの腕が絡みつき、自分の意思とは無関係に身体がくるりと回転した。

 急に視界が変わって目をぱちくりさせるサーシャの手を、アズレイトは自分の腕に押し込んだ。

「それでは参りましょう」

 有無を言わさず歩き出したアズレイトに引きずられるように、サーシャも歩き出す。

 そのやり取りを始終見守っていたメイド達は、サーシャとアズレイトが背を向けた後、きゃあきゃあ言いながらいつまでも互いの肘をつつき合っていた。

 貴族の作法として淑女は、ちょっとした段差でも椅子から立ち上がる時も、付添人に向け手を出し、エスコートされながら歩き出したり、立ち上がったりする。

 そういう無駄な行為こそが上流階級のマナーなのだが、人里離れた森の中でひっそりと生きてきたサーシャは、貴族の作法などまったくわからない。

 だからサーシャは、田舎者の自分が王子様にお子ちゃま扱いされ女王の元まで道案内されている気分でいる。控えめに言って、惨めで悔しい。

 でも、どれだけ訴えてもアズレイトは自分の腕からサーシャの手を抜いてはくれない。

「ねえ、子供じゃないんだから一人で歩けるし。手を離してくださいっ」
「ははっ。サーシャさま、それはなかなかユーモアに富んだ発言ですね。ですが貴方様が子供じゃないから、こうしているのです」
「いやいやいやいや、どう見ても子供扱いでしょ?コレ」
「ははははっ……こりゃあ、筋金入りの世間知らずなお姫さまだな」
「あの……なんか言いました?」
「いいえ、なにも。あ、サーシャさま到着しました」

 王宮の衛兵がぎょっとするような会話をしていたが、アズレイトの言葉でサーシャはピタリと足を止めた。

 これまでロクに王宮内の景色を見ていなかったが、さすがにこれだけ大きな扉が視界に入れば、ここが謁見の間であることはわかる。

 ──ゴクリ。

 思わずサーシャは唾を呑み込んだ。

 金の蔦が絡まるように彫刻がされた扉は威厳の象徴で、こちらの侵入を拒んでいるかのように見える。

 この先にいる女王は、絶対におっかない人だろう。なにせイケメンの首をフランクに刎ねようとするのだから。

「あー……帰りたい」

 嘘偽りない本音がサーシャの口から飛び出したけれど、扉を開ける音でかき消された。

 左右2名の衛兵の手で大きく開かれた扉の先には、玉座へと続く道がある。晩秋を思わせる唐紅色の絨毯が、ずっとずっと先にいる女帝へとサーシャを誘う。

 絢爛豪華な椅子に腰かけてサーシャの到着を待つその人は、アズレイトと同じプラチナブロンドの髪を持つ美貌の塊のような女性だった。
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