『冥府の門番は今日も忙しい!――聞いてないぞ! 死神が仕事放棄とか!――』
『軍釟が結界魔法得意だからじゃない?』

「こんなことで役立つと思ってねぇよ」

 神楽から、くすくす笑っているような気配が伝わった。

 しかし、笑っていられるのもそこまでだった。

「で、神楽」

『何?』

「朝まで十時間以上って、本当に?」

『本当だよ』

 俺は改めて親父と母さんを見る。

 親父は気まずそうに鼻の頭を掻き、母さんはやっぱり妙に機嫌がいい。

「お前ら十時間以上何してたんだよ」

「まあ……色々」

「色々で済ませるな!」

 母さんが楽しそうに言う。

「これくらい激しかったの、五十年ぶりかしらねぇ」

 俺は一瞬固まった。

 五十年。

 ゆっくり神楽を見る。

 それから自分を指差した。

「……待て。それで俺たち生まれたんじゃねぇだろうな」

 親父が黙る。

 母さんも一瞬だけ目を逸らした。

 神楽から妙に楽しそうな気配が伝わった。

『まあ、時期的にはね』

「うわぁぁぁぁ! やめてくれ! 何で俺、この歳でそんなこと知るんだよ!」

 母さんが首を傾げる。

「別に普通でしょう?」

「普通じゃねぇ!」

 しかも一度気づいてしまうと、今までの小さな違和感まで次々と繋がっていく。

「……じゃあさ。最近たまに天界であった、小さい揺れもお前ら?」

 親父と母さんが黙った。

 その沈黙が答えだった。

「うわぁぁぁ……知りたくなかった!」

 神楽が穏やかに補足する。

『二人とも魔力が強すぎるからね。感情や身体の状態が大きく動くと、周囲にも影響が出るんだ』

「それを日常的に出すな!」

 親父が肩を竦めた。

「夫婦なんだから仕方ないだろ」

「規模の問題だ!」

 母さんまで楽しそうに笑う。

「今は螺良が遊びに行けないようにしてあるもの」

「そこで貞操防御魔法の話につなげるな!」

 すると親父が、何故か妙に開き直った。

「昨日だって沙羅麻が先に仕掛けてきたんだぞ。逃げられるかよ、俺はマグロだ!」

 その場の空気が、一瞬止まった。

 俺はゆっくり親父を見る。

「……はーーー。やめてくれ」

 聞きたくなかった。

 何で息子の前でそんな告白をされなきゃならない。

 そして当然、子どもたちは聞き逃さなかった。

「パパ」

 灯里が首を傾げる。

「マグロって何?」

 来た。

 一番来てほしくない質問が。

 朔も目を輝かせる。

「お魚?」

「そうだ。魚だ」

「でもじいじ、お魚じゃないよ?」

「今はそういう話じゃない」

「じゃあ何?」

「大人になったら分かる!」

 母さんが楽しそうに口を開きかけた。

「灯里ちゃん、朔ちゃん。マグロっていうのはね――」

「母さん! 絶対説明すんな!」

 神楽の笑いが心へ響いた。

『父さん、子孫繁栄の力はかなり強いからね』

「何で話広げるんだよ!」

 親父まで何故か得意そうになる。

「まあ、その辺は昔から強いな」

「誇るな!」

『でも』

 そこで神楽の声が、ほんの少しだけ変わった。

『だからなのか、星が動いた』

 俺の表情が固まる。

「……星?」

『家族が増える流れ』

「どれくらい」

『かなり』

「かなりって何だよ」

『まだ確定じゃないよ。星は動くし、未来も変わる。ただ、以前よりずっと強い流れになってる』

 俺はゆっくり親父と母さんを見る。

 母さんは妙ににこにこし、親父は視線を逸らした。

「あーあー、やめてくれ〜。この歳で弟とか妹とか増えないでくれよー!」

「パパに弟できるの?」

 灯里の顔がぱっと明るくなる。

「俺の弟な!」

「妹だったら?」

「それも俺の妹!」

 千景が笑う。

「灯里と朔には、叔父さんか叔母さんね」

 二人の目が一気に輝いた。

「面白い!」

「面白くねぇよ!」

 神楽から穏やかな声が届く。

『僕は楽しみだけど』

「お前も当事者だからな!」

『弟か妹が増えるんでしょう?』

「そうだけど、何でそんな落ち着いてんだよ!」

 そんなやり取りをしているうちに、俺はようやく周囲の天界人たちが完全に疲れ切っていることを思い出した。

 目の下には隈があり、眩暈で壁へ手をつく者もいれば、吐き気で顔色を悪くしている者までいる。神楽まで昨夜から気分が悪かったというのだから、さすがに放っておくわけにもいかない。

「あー……もういい」

 俺は額を押さえ、大きく息を吐いた。

「災害級の夫婦の皺寄せが周りに来ることくらい理解してくれよ。回復魔術かけるから」

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