稀代の魔力を持つ転生令嬢、私は一人前であると声を大にして言いたい ~王家に拾われ国を救ったのは、ちびっこと見下されてきた私です~

二十九話

 私は目を瞬かせる。

 先程までは確かに自分はローガン様と共にいたはずなのに、今は蝋燭の並ぶ部屋の一室にて、黒い影の集団に囲まれている。

 これは絶体絶命のピンチというやつであろうかと私が顔を引きつらせていると、自分の前へと一人の男がゆっくりと進み出てきた。

 その顔には見覚えがある。

 ドラゴニアの国王であるダザールである。

 昔見た時には、傲慢そうではありながらも自信に満ち溢れていた男だったが、目の前にいるのは、目の下に隈を作り、げっそりと痩せた男であった。

「この……この娘が。あの麗しの聖女様なのか?」

 眉間に深くしわを寄せたダザールは私の髪を無造作に掴むと、自分の眼前へと引っ張り上げた。

「いったぃ」

 私はもがくが、ダザールのぎょろりとした瞳に見つめられ、小さく悲鳴を漏らす。

 怖い。

 私は、体が震えそうになる。

 自身の一度目の死を今思い出し、今世はまだ死にたくないとダザールを睨み返した。

「美しかった聖女様が……なんという姿に。元の姿に戻す方法はないのか?」

 そうダザールが言うと、影が蠢き声が響く。

「現在の姿を変化させる事ならば可能です」

「やれ」

 ダザールは乱雑に影に私を投げて渡すとその場から立ち去って行った。

 私は自分の体を抱きしめながら、影を見上げると、影には顔がなく人ではないことが分かる。

 一体どのような禁忌に手を出したのだろうか。

 影は私を担ぎ上げると魔法陣の中へと運ばれる。

 そして、影の集団に囲まれ、魔法陣に変な薬のようなものが注がれていく。

「やっ止めて! 一体何をしようっていうのよ!」

「死なない。安心しろ」

「死なないからって何してもいいわけじゃないでしょう!」

 私が魔法陣の外へと出ようとするが、結界のような物でかこまれているのか外に出ることさえできない。

「出して! 出して!」

 必死に外に出ようともがくが、自分には何もできない。

 私は悔しくて、瞳に涙をにじませた。

 魔法陣が緑や赤に色を変え、そして渦巻くようにして私の体を包み込んで行く。

 自分の体に何が起こっているのか分からず、私は恐怖を感じる。

 何をされるのか分からないこと以上に、怖い事はない。

「……痛い。イタイイタイ痛い痛い!」

 体に激痛が走り、体の中で何かがはじけるような感覚がある。

 何!? 私は自分の手足を見つめた。

 そして自分の胸を思わずむんずと掴みあげ、久しぶりの胸の重さに目を丸くした。

「私、大きくなってる。聖女様の……時みたい」

 そう。私は今、ちびっ子ではなくなっていた。

 私の頭の中はパニックである。

 はっきり言えば、身長はずっと欲しかった。

 身長さえあれば子どものような扱いをうけることもなく、普通の令嬢のように恋愛できると思っていたのだ。

 だが、今のこの状態で大きくなるということは、もし、ローガン様が助けに来たときに、この姿を見られてしまうかもしれない。

 そう考えると顔を引きつらせたくなる。

 ちびっ子の私が最終形態なのに!

 この姿を見せて、もし本当のちびっ子に戻ったら……未来を期待させてしまったら。

 ローガン様に、絶望を味あわせてしまうことになるかもしれない。

「は、早く元の姿に戻らなきゃ」

 身長は欲しい。

 けれど、私にとっては元の小さな自分が本当の自分であり、そのありのままの姿をローガン様に好きになってもらいたいのだ。

 私は、一体どうすれば元の姿に戻れるのだろうかと必死に頭の中で考えを巡らせた。

 

 ローガンは、コレットが攫われた事をヴィシアンドルに伝えると、ヴィシアンドルは大きくため息をついてからローガンを睨みつけた。

「王家の警備はザルですか」

 ローガンは眉間にしわを寄せた。

「私もそれは同意見だ。……だがドラゴニアの禁書というものが、どのようなものなのか情報が少ない。何故コレットを攫ったのかも」

 その言葉にヴィシアンドルは大きくため息つくと言った。

「はぁ。とにかく、助けに行きましょう。その前に一つ確認です。貴方はコレット様を必ず幸せにすると誓えますか?」

「当たり前だろう。私の婚約者だ。」

 即答されたその言葉にヴィシアンドルは満足そうに頷くと神殿のステンドグラスを見上げて言った。

「だそうです。システィリーナ様。協力していただけますか?」

 ステンドグラスから光が舞い込んだかと思えば、その場に、光を纏った精霊が現れた。

 その姿を見たローガンと後ろに控えていたロンは目を丸くする。

「まさか」

「え」

 精霊はシシリーであり、ローガンもロンも驚き、顔を引きつらせる。

 シシリーはすっと目を細めると言った。

「お嬢様を幸せにしてくれるなら、その場まで連れて行きましょう。ただ、精霊は本来国同士のことには特に手を出してはいけないとされている。だから、私が手出しできるのはそこまで。けれどお嬢様をもし助けられなければ……それ相応の報いがあると心得てもらいましょう」

 その言葉にローガンは頷き、ヴィシアンドルへと視線を向けた。

「何故精霊が、コレットの傍にいたんだ?」

 ヴィシアンドルはため息をつくと言った。

「それは、貴方の婚約者様に聞いて下さい。さぁ、助けに行きましょう。」

「あぁ」

 ローガンの指示の元、ロンに集められた者達はロンと共にドラゴニアのダシャの元へと向かうこととなった。

 コレットを助けに行くのはローガン、ヴィシアンドル。

 シシリーは今回だけだとし、力を貸してくれることとなった。

 あくまでも目的はコレットの奪還。

「ドラゴニアのことは、ドラゴニアに片付けてもらおう」

「それはそうですね」

「それでは可愛いコレットお嬢様をよろしくお願いしますね」

 次の瞬間辺りは光に包まれ、次の瞬間、ローガンとヴィシアンドルは薄暗い部屋の中へと転移していた。

 その場は暗かったが、よく見て見ると、床に人の姿を模した黒い影が転がっている。

「何だ? 何故……倒れている?」

「どういうことですかね。」

 ローガンとヴィシアンドルがそう呟いた時、隣の部屋からがたりと物音が聞こえ、二人は警戒しながらそちらへと足を向ける。

 そして扉をゆっくりと開けると、中からまばゆい光が溢れだし二人は目を瞑った。

「何だ?!」

「これは……聖なる光!?」

 その声に、光が弱まる。

「え? ローガン様? それに……ヴィアン?」


 コレットの声が聞こえたのと同時に、光が弱まる。

 しかし、二人の目の前に現れたのは、いつもの可愛らしいコレットではなかった。

「え」

「……聖女様?」

 そこには、光を纏った、美しい、すらりとした肢体に長い髪をふわりと揺らす、コレットの姿があった。

 その手は、花瓶を振り上げている。

「それは……」

「花瓶、どうするつもりです?」

 顔を赤らめたコレットは視線を泳がせながら花瓶をおろし、肩をすくめた。

「武器がなかったから」

 花瓶で殴ろうとしたのかと、勇ましいコレットに二人は何が何だか分からないまま、それでも、コレットはコレットのままだなと、ため息をついたのであった。

 コレットは花瓶を置くと、二人に自分に何があったのかを話をした。

 攫われたこと、見た目が好みではなかったのか影によって見た目を変えれたこと、そして、花瓶と聖女の力、聖なる光によって影を撃退したこと。

 それらを話し終えた後、コレットはローガンに視線を移すと、静かに言った。

「……ローガン様、私、言わなきゃいけないことがあるの」

 コレットは不安げな瞳でローガンを見つめる。

「何?」

 あくまでもせかすのではなく、笑顔でコレットの言葉を待つ。

 じっと二人は見つめあい、そしてコレットは大きく深呼吸をしてから口を開いた。

「私には、前世の記憶があるの」

「前世?」

 思いがけなかった言葉にローガンは首を傾げたくなるが、コレットの言葉の続きを待つ。

「ええ。私は、前世でヴェールガ王国の聖女をし、皆には聖女様と呼ばれていたの」

「え?」

 ローガンは驚いたように目を見開き、視線を泳がせた後に納得するようにうなずいた。

「なるほど。そうか。うん。あーなるほど。だから、噴水を簡単に聖水に変えられたのか」

「え? あの、噴水の件……分かっていたの?」

「ん? あぁ。そうだね。コレットが聖女なのではないかとは分かっていた。けれど、まさか歴代最強の聖女様だなんてね」

 はははっと笑うローガンの姿に、コレットはほっと胸をなでおろす。

 そして、もう一つ、はっきりと言っておかなければならないと、呼吸を整える。

 その様子に、ローガンはまだ驚かせることがあるのかと身構えた。

 コレットは、声を大にして言いたかった。

 自分は成人していると。

 そして、言わなければならない。

 自分は今の見た目のような姿形には成長しないのだと。

 これを未来の姿だと思われたら、がっかりされたら、もう自分は泣いてしまう。

「この姿は……ドラゴニアの王の力によるもので、本来の姿ではないです」

「ん? うん。それは知っているけれど」

「わ……私は、この姿にはなりません」

「ん? えーっと。うん。それで? え? 何を心配しているの?」

 ローガンは首を傾げると、コレットは大きく息を吸ってから大きな声で言った。

「私、十六歳の成人している女なので、元の姿が最終形態です!」

「ん?」

 ローガンは固まると、静かに視線をヴィシアンドルへと向けた。

 ヴィシアンドルはにっこりとほほ笑むと言った。

「コレット様は、十六歳の女性であり、今の姿を見られて期待されては困ると、言っているのではないかと推察します」

 その言葉に、ローガンは、ゆっくりと、静かに、息を飲んだ。

 今まで、コレットがまだ幼いからと、結構大胆に、膝の上に乗せたりしていた。

 成人している? 誰が? コレットが? あんなに小さいのに?

 ローガンは幼い子どもだと思って、これまで接してきた。

 それが成人した女性に対して、自分は何という行為をしてきたのだと……顔を真っ赤に染め上げると両手で顔を覆った。

 よくよく考えてみれば、コレットの年齢をしっかりと確認したことが無い。

 自分の落ち度である。

 ローガンは羞恥によって今ならば死ねると、恥ずかしくて呻き声を上げた。

 ローガンは大きく深呼吸を繰り返すと、指の隙間からコレットの姿を覗き見た。

 美しい肢体の女性がそこにはおり、一般の男の憧れとしては理想形態と言えるのかもしれない。

 普通ならば戻って欲しくないと願 うのだろうかとローガンは考え、眉間にしわを寄せる。

 私はコレットに元の姿に戻って欲しい。

 自分の胸の内に気づいた時、ローガンはさらに眉間のシワを深くした。

 私はもしやそうした趣向の持ち主なのだろうか?

 普通男なら、美しい女性に胸をときめかせると言うが私は、元のコレットの方が好きだ。

 幼女が好きなわけではない。

 自分に笑いかけて来るコレットが。

 すぐに頬を膨らませるコレットが。

 楽しそうにキラキラと瞳を輝かせるコレットが。

 好きなのだ。
 
 顔が熱くなるのをローガンは感じ、羞恥心で一人死にそうになる。

 ローガンは頭を振ると、とにかく今は切り替えようと顔を上げた。

「コレット。その、とりあえず、子ども扱いをしてしまい申し訳なかった。これからは気を付けるから、まずはここから帰ろう」

 その言葉に、コレットはぱっと顔を明るくした。

「婚約破棄はされないのね!?」

「ん? あぁ。そんなつもりはないけれど……」

「よかったぁぁ。私、ローガン様に結婚なんて無理だとか言われたらどうしようかと! はぁ。本当に良かった」

 嬉しそうに頬を赤らめるコレットに、ローガンの心臓はバクバクと音を立てる。

 未だかつて味わったことのない感情に、ローガンは胸を押さえて首を傾げる。

 そんな二人の様子を見てヴィシアンドルは苦笑を浮かべた時であった。

 扉の外に気配を感じ、三人は身構えると、取り囲むように影が床から姿を現す。
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