稀代の魔力を持つ転生令嬢、私は一人前であると声を大にして言いたい ~王家に拾われ国を救ったのは、ちびっこと見下されてきた私です~
八話
淡い菫色のドレスのスカートの裾には、可愛らしい蝶が刺繍されている。
胸元に飾られている花の飾りは淡い色合いで揃えられ、それを着たコレットはまるで花の妖精のようであった。
クルリとまわればスカートはふわりと広がり、ヒールのある淡い桃色の靴をカツカツと鳴らして鏡の前でコレットはポーズを取った。
両親はそんな私の姿をハンカチを片手に潤んだ瞳で見つめている。
「良かったよ。コレット。きっと第二王子殿下ならばコレットを幸せにしてくれる」
「えぇそうね。婚約が破棄された時は絶望したけれど、今になってみれば、コレットは殿下と運命の赤い糸でつながっていたのねきっと」
まるですぐにでもお嫁に行くような雰囲気に、私は苦笑を浮かべて両親の手をぎゅっと握り、にこっと可愛らしく笑って言った。
「お父様、お母様、私頑張ってきますね」
父親と母親にぎゅっと抱きしめられ、私はその温かさに心まで幸せな気持ちに包まれる。
両親の後ろに控えていたシシリーはすでに大号泣をしており、肩を大きく上下させている。
「お嬢様ぁ。ようございました。本当にようございましたぁ。シシリーは、シシリーは……うっ……」
「シシリー大丈夫!?」
「嬉しくて心臓が止まりかけましたぁぁぁぁ。」
「止まらなくて何よりよ!」
そんな二人のやり取りに両親は笑い、私もそれにつられてまた笑みを浮かべた。
「大丈夫。コレットは自慢の娘だ。きっと幸せになれるさ」
「コレットらしくね。いってらっしゃい」
「はい。行ってまいります。シシリー。そんなに泣くと脱水になるわよ。ちゃんと屋敷に入ってから水分を取るのよ?」
「はいぃぃ。お嬢様、お、お気をつけてぇ」
「夕方までには帰るから、そんなに今生の別れみたいにしないでちょうだいよ」
二人から離れ、手を振って王宮から迎えに来てくれた馬車へと乗る。
貧乏男爵家の馬車とは違い、馬車の中にはふかふかの座席と、クッションが置かれている。
馬車の小窓から見送る両親とシシリーにもう一度手を振ったところで、馬車が動き始めた。
馬の蹄の音が軽快に聞こえる。
私は先ほどの両親とシシリーの姿を思い出して苦笑を浮かべた。
今日はただ挨拶に行くだけだと言うのに、大げさすぎる別れであった。
けれど、それが嫌な訳ではない。
自分のことを心配してくれたり、大切に思ってくれたりしているのだと伝わって胸は温かくなる。
だからこそ、今度のこの婚約は破棄にならないように、ローガン様との関係が良好なものとなるように頑張っていかなければならないと、私は意気込んだ。
王宮につき、馬車が開くと、ローガン様が出迎えてくれた。
それだけで私の胸は高鳴る。
「本日はお招きいただきありがとうございます」
「いや、私も楽しみにしていたんだ。うん。とても可愛らしいね。良く似合っているよ」
ドレス姿を褒められ、私は頬を赤らめた。
頭の中でしていた妄想通り、ローガン様は何とも婚約者らしい言葉で褒めてくれて嬉しくなる。
「ありがとうございます。素敵なドレスや小物も、プレゼントは初めてだったので、とても嬉しかったです」
その言葉に、ローガンは一瞬動きを止め、そしてうなずくと言った。
「そうか。……初めてだったのか。うん。……そうか。うん」
「殿下?」
「あ、あぁ。いや大丈夫。では行こうか。」
プレゼントとして持ってきた匂い袋は、王宮の執事へと手渡しておく。
婚約者からのプレゼントでもしっかりと問題がないかチェックが必要であり、後程返してもらえる手筈となっている。
ローガン様にエスコートされて王宮内を歩いていく。
舞踏会に来た時には、たくさんの人の姿があったが、今はそれほど人は多くなく、騎士や、侍女の姿がちらほらと見えるだけである。
王宮はいつ見ても立派なもので、白を基調にした作りになっている。
通路には精霊をモチーフにした彫刻が並んでおり、土台の部分には、精霊を象徴する魔法石が埋め込まれている。
ローガン様に案内され、扉の目の前に立った私は、自分の心臓の音が大きく聞こえた。
やはり、緊張している。
大丈夫よ。ちゃんと私だって挨拶できるわ。頑張るのよコレット!
そう自分を鼓舞していると扉が開いた。
ローガン様にエスコートされて中に入るが、すでに足が棒のように固くなり、歩き方もぎこちなくなっている自覚がある。
部屋の中には国王陛下と王妃殿下が揃ってソファに腰掛けている。
私は出来るだけ美しく見えるようにカーテシーを行い、挨拶を述べる。
「本日はお招きありがとうございます。男爵家より参りましたコレット・ステフでございます。これから第二王子殿下の婚約者としてよろしくお願いいたしっ……まふ」
カチンコチンに緊張してまい、最後に舌まで噛んでしまった。
失敗だ! 私は瞳が潤んできて、どうしようと戸惑っていると、ローガン様がそっと私の背中に手を添えた。
「大丈夫だよ。私の両親はたしかに一筋縄ではいかない人だけれど、君のような可愛い人をいじめるような大人ではないからね」
私はローガン様の口にした”可愛い人”という言葉に反応し、顔を一気に赤らめてしまう。そんな私達のやり取りを見た国王陛下と王妃殿下は微笑みをうかべた。
「そうだとも。さぁ、コレット嬢。お座りなさい。息子の婚約者となる娘さんとは仲良くなりたいんだ」
「そうそう。コレット、お義母様のお膝に来てもいいのよ?」
「セレステ。それはダメだろう。それではお前が独り占めすることになる」
「あらアーサー。焼きもち? ふふふ。今日は我慢するわ。その代り、たくさんお話ししましょうね」
アーサー陛下とセレステ殿下の柔らかな雰囲気に、私は少しだけ緊張が和らぐ。
それからローガン様に促されてソファへと腰掛けた。
ふかふかのソファのすわり心地と手触りがあまりにもいいものだから、私はさすが王宮。全てが一流の物なのだなと、男爵家との違いを思い知った。
「コレット。うちのローガンをよろしくね?」
「まだまだ幼い部分もあるが、いずれ男らしく成長するだろうから、今は大目にみてやってほしい」
その言葉に、ローガン様が少し眉間にしわを寄せる。
「父上、母上、子ども扱いしないでいただきたい」
「あらあら」
「わかったわかった」
王家の方々だから、もっと堅苦しいのかと思っていた。
けれど実際には普通の家庭と変わらないのだなと少し安堵した。
「コレット。私のことはお義母様って呼んでね?」
「では、私のことはお義父様と」
陛下と殿下をお義父様お義母様呼びはさすがに難しい。
そう思っていると、ローガン様がため息をつく。
「気にしないでくれ。お二人はすぐに冗談を言うのだ」
「まぁ。冗談ではないのに」
「本当になぁ?」
どうやら陛下と殿下はかなり気さくな方のようだ。
「ふふふ。お二人とも仲がよろしいんですね」
私がそう言うと、二人は優しく微笑む。
「ええ。夫婦は仲がいいことにこしたことはないわ」
「そうそう。コレット嬢も、ローガンをよろしく頼む」
「はい。もちろんです」
私がそう言うと、ローガン様は何とも言え無さそうな表情を浮かべていたのだった。
それからしばらくの間会話をした後に、第一王子殿下であるレオナルド様の元へ、私とローガン様は向かうことになった。
「兄は起きている時間の方が短いから……恐らくはまだ寝ていると思う」
「はい」
今度はお義兄様とご対面だ。
部屋を軽くノックすると、中から侍女が扉を開けた。
レオナルドの部屋は窓を開けて風が通され、部屋の中には美しい花が飾られていた。
部屋の中は、病院のような匂いがした。
ベッドの中で眠るレオナルドの顔色は青ざめており、唇は紫。血色がかなり悪い。
私とローガン様はベッドの横にある椅子に腰かけた。
すーすーという小さな寝息が聞こえた。
「兄上。今度私の婚約者となったコレットだよ。寝ている時にごめんね。」
ローガン様がそう声をかけると、ゆっくりとレオナルド様が瞳を開いた。
ローガン様は陛下に似ているが、レオナルドは殿下似なのだろう。
美しい顔立ちをしている。
「あぁ……もうそんな時間か。寝てしまっていた。すまないね。コレット嬢、よろしくね」
薄らとほほ笑みを浮かべるレオナルド様に、私は頭を下げた。
「男爵家から参りましたコレット・ステフです。よろしくお願いいたします」
「あぁ。ふふふ。本当に可愛らしいご令嬢だね。まるで花の妖精のようだ。ローガン。婚約者が決まって良かったね」
「うん……兄上、今日の調子はどう?」
ローガン様はレオナルド様を心配し、体調を気遣う。
その姿を私は見つめながら、部屋の中に広がる香りの違和感に、鼻をスンスンと鳴らした。
この香り、何かしら?
病院のような匂いの片隅に、どこかで嗅いだことのある、少し鼻にツンと来るような刺激。一般人には分からないであろうわずかなものであるが、私はそれが気になって仕方がない。
その時、花瓶に挿してある一輪の花に気が付いた。
ガタリと、音を立てて私は立ち上がった。
「コレット?」
私は慌ててベッドに乗りあがると、レオナルド様の顔を両手で包み、その瞳をじっと覗き込んだ。
ローガン様は驚いたように言った。
「コレット? 突然どうしたんだい?」
私は、ローガン様の言葉を無視して、その瞳をじっと見つめる。
レオナルド様の青い瞳の色は濁っており、瞳孔が横に微かに揺れているのを見て私の疑問は確信へと変わる。
毒だわ。
何故あの花がこの国にあるの?
私はあるべきではない花がこの部屋の中にあるという事実に動揺してしまったのだった。