見えない星の見つけ方

第一章:空欄




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第一章:空欄

「小川は、進路どうするつもりなんだ?」
放課後の教室には、私と先生の二人しかいなかった。
窓の外から、運動部の声が聞こえてくる。
ボールを打つ音。誰かを呼ぶ声。校庭を走る足音。
いつもなら気にも留めない音なのに、今日はやけに遠く感じた。
私は机の上に置かれた進路希望調査票を見つめた。
紙の真ん中あたりにある、
『高校卒業後の進路・将来の夢』
という欄。
そこだけ、ずっと白い。
「……まだ、決めてないです」
そう答えると、先生は特に驚いた様子もなく頷いた。
「まあ、今の時点で決まってない人もいるからな。高校に入ってから見つけてもいい」
「……はい」
「部活は? 何か続けたいとか」
「それも、まだ……」
「そっか」
先生はそう言って、調査票に何かを書き込んだ。
たったそれだけの会話だった。
なのに、教室を出てからも、その言葉が頭に残っ ていた。
――高校に入ってから見つけてもいい。
本当に、そうなのかな。
廊下には、まだ何人かの生徒が残っていた。
「私、高校でも絶対テニス続ける!」
「え、じゃあ一緒じゃん!」
「私は吹部かなー」
そんな声が聞こえる。
みんな、ちゃんと決まっている。
私はその横を通り過ぎながら、
「いいな」
と思った。
でも、何が「いい」のかは分からなかった。
家に帰って、もう一度進路希望調査票を開く。
ペンを持つ。
『将来の夢』
何を書けばいいんだろう。
考える。
考えて。
それでも何も浮かばない。
私はペンを机に置いた。
「……まだ決めてない」
小さく呟く。
けれど、なんとなく違う気がした。
私は、まだ決めていないんじゃない。
たぶん――
決められるものが、ない。
そう思った瞬間、胸の奥が少しだけ冷たくなった。
勉強も、運動も、だいたい普通。
できないわけじゃない。
でも、誰かに「これが得意」と言えるほどでもない。
好きなものだってある。
楽しいこともある。
それなのに、「これが私です」と言えるものだけが見つからなかった。
だから私は、自分には何もないのだと思っていた。

数週間後。
高校の入学式の日。
校門の前には、まだ少しだけ桜が残っていた。
新しい制服。
新しい教室。
知らない名前。
入学してから数日もすると、廊下には部活動のポスターが並び始めた。
吹奏楽部。
バスケットボール部。
テニス部。
軽音楽部。
どのポスターも色鮮やかで、楽しそうだった。
「どこ入る?」
「一緒に見に行こうよ!」
そんな声が、あちこちから聞こえる。
私は一人で廊下を歩いていた。
別に、一人でいたいわけじゃない。
ただ、行きたい場所がなかった。
そのときだった。
校舎の端にある古い掲示板の隅で、一枚の紙が風に揺れた。
私は足を止めた。
他のポスターとは違って、ずいぶん小さい。
少し黄ばんでいて、端も剥がれかけている。
そこには、手書きに近い文字で、
『天文部 部員募集中』
とだけ書かれていた。
「……天文部?」
そんな部活、あったんだ。
紙の下には、小さく部室の場所が書かれている。
校舎の端。
特別棟三階。
私はその文字をしばらく眺めた。
星なんて、詳しくない。
望遠鏡を触ったことだってない。
それでもなぜか、その貼り紙から目を離せなかった。
理由は、自分でも分からなかった。
ただ。
誰も見ていないような場所に貼られた、その小さな紙が。
少しだけ、自分に似ている気がした。
「……行ってみようかな」
誰に聞かせるでもなく呟いて、私は歩き出した。
特別棟へ向かう廊下は、人の気配が少なかった。
一階、二階。
そして三階。
廊下のいちばん奥に、小さなプレートが掛かっていた。
『天文部』
その文字の下には、古い望遠鏡のイラストが描かれている。
私はその前で立ち止まった。
扉の向こうから、物音はしない。
本当に誰かいるのだろうか。
少しだけ迷ってから、
私は、そっとドアノブに手をかけた。
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