放課後のジントニック、美術室の魔法
動揺を隠すように、私はいつもより少し高めの声で微笑みかけた。けれど、女子部員たちは手にしたスケッチブックでわざとらしく口元を隠しながら、さらに距離を詰めてくる。
「そんなことよりさー。一昨日の土曜日、美術館の近くのカフェにいませんでした?」
「えっ……」
私の指先が、出席簿の端を掴んだままピキリと止まった。女子部員たちは「やっぱり!」と嬉しそうに声を弾ませる。
「私、見ちゃったんですよ。先生がテラス席で、すっごい爽やかなイケメンとお茶してるところ!」
「そうそう!先生、めちゃくちゃ楽しそうに笑っててさ。ねぇ先生、あの人誰ですか?彼氏?結婚するの!?」
「ちょっと声が大きいよ……」
私は慌てて周囲を見渡し、人差し指を唇に当てた。心臓がドクン、ドクンと嫌な音を立てて暴れだす。
「そ、そんなんじゃないよ。彼は、その…よく行くお店の常連さん。大学の課題の参考にしたいって言うから、たまたま美術館に付き合っただけ」
「えー?課題の付き添いだけであんな甘い雰囲気になりますー?」
「そういえば先生、テラス席で『サークルでサッカーやってる』とか『フォワード』とか話してるの、私らばっちり聞こえてましたからねー!」
必死に弁明すればするほど、完全に墓穴を掘っている気がした。
女子部員たちは「経済学部のサッカー部!?」「絶対かっこいいじゃん!」と大盛り上がりで、私の言葉なんてこれっぽっちも信じていない様子だった。
「もう、揶揄わないの。ほら、予鈴がなる前に自分の教室に戻って。ホームルームに遅れちゃうよ」
どうにか大人の余裕を絞り出し、困ったように笑いながら生徒たちを美術室の出口へと促した。
予鈴のチャイムが鳴り、ようやく一人になって、供託の椅子に深く腰掛ける。
どっと押し寄せてきた気恥ずかしさに耐えかねて、私は両手で顔を覆った。指先から伝わる自分の頬は、信じられないほど暑くなっている。
「……そんなんじゃない、のに」
声に出して呟いた言葉が、ひどく虚しく美術室の天井に消えた。
生徒たちの前では必死に否定したけど、自分の胸の奥にあるこの甘酸っぱい熱を、もう誤魔化しきることはできなかった。
< 25 / 82 >

この作品をシェア

pagetop