放課後のジントニック、美術室の魔法
「……まぁ、とにかく走ることしか脳がないですから。あ、結衣さん、あそこのカフェ、期間限定のタルトやってるみたいですよ。行きましょう」
繋いだ手を少し揺らしながら、俺は何気なく視線に入った看板を見て言葉を続けた。
「あそこのタルト、月曜日に一限の時に食べられたら最高なんですけどね、今、咳が一番後ろの窓際だから、先生に隠れてこっそりつつくには絶好のポジションなんですよね」
「ふふ、一限から買い食いなんて、不真面目な大学生だね」
結衣さんはクスッと楽しそうに笑っていて、俺も「本当にそうですね」と気楽に笑い返していた。

***

大輝は夏海が俺を好きだと思っている。夏海は、大輝が好きなのに叶わないとハナから諦めている。そして俺は、その二人に背中を押されながらも、学校の先生に正体を隠して恋人になっている。
その滑稽なすれ違いに苦笑いをしそうになると同時に、自分のついた大嘘の重みが、容赦無く俺の首を絞めるように息苦しく迫り上がってきた。
「おい航平、置いてくぞ」
部室のドアを開けてエナメルバッグを肩にかけた大輝に声をかけられ、俺はハッと我に返った。
「あ、ああすぐいく」
急いでジャージの上着を羽織り、カバンを掴んで大輝の後に続く。校門から出ると、少し離れた並木道の下で、スクールバッグを抱えた夏海が待っていた。
「遅い!二人とも居残り練習長すぎ。マックの期間限定のパフェ終わっちゃったらどうしてくれるのよ」
夏海はぷいっとそっぽを向いて歩き出す。その耳の裏がほんのり赤い。
大輝は俺の肩に腕を回し、声を潜めて耳元で囁いてきた。
「ほら見ろ、めちゃくちゃ怒ってんじゃん。お前、ちゃんと今日はおごってやれよ?」
「……だから、違うんだって」
俺は大輝の腕を外しながら、何とも言えない気まずさで視線を泳がせた。大輝は「はいはい、照れるなよ」と、相変わらず的外れな確信を抱いた目でニヤニヤしている。
歩道に伸びる3人の長い影を踏みながら、駅前のマックへと向かう。
「大輝、ポテトLサイズ頼んで半分こしよ」
「いいよ、どうせ航平の財布から出るしな」
「ちょっと、なんで私のために航平が払うのよ! 普通に割り勘に決まってるでしょ!」
夏海が急に顔を真っ赤にして大輝の腕を小突く。大輝は「やれやれ」と肩をすくめ、俺はただ苦笑いしながらポテトの代金をトレイに置いた。
< 62 / 82 >

この作品をシェア

pagetop