放課後のジントニック、美術室の魔法
さっきまで俺の手を包み込んでいた彼女の両手が、静かに離れていく。
「航平くん。本当のことを言ってくれて、本当に嬉しかった。……でもね」
結衣さんは自分のスカートの生地を、細い指先でぎゅっと握りしめた。
「私、学校の先生なの。そしてあなたは、まだ17歳の高校生。……どれだけお互いに好きだとしても、このまま何もなかったことにして、今まで通りお付き合いを続けることはできない。……それは、絶対に許されないことだから」
彼女の静かな言葉が、冷たく胸に染み込んでいく。
「私には大人として、あなたを守る責任がある。だから……ここで、終わりにしよう。明日からは、ただの先生と、他校の生徒に戻るの。それが、私たちが選ばなきゃいけない、正しいことだと思う」
結衣さんは無理に微笑みを作ると、「じゃあね、航平くん」と、駅の方へ向かってゆっくりと歩き出してしまった。
遠ざかる彼女の背中を見つめながら、俺の頭の中は真っ白になった。
「結衣さん……っ!」
気がつけば、俺は走って彼女を追いかけていた。
驚いて振り返った結衣さんの前で立ち止まり、俺は必死に声を絞り出す。
「俺は……あなたを騙そうとして、嘘をついていたんじゃないんです。ただ、あなたに追いつきたかった。高校生のジャージ姿のままじゃ、あなたの隣に立つことすらできなかったから……。少しでもあなたと同じ目線に立ちたくて、必死で背伸びをして、あの店に通っていました。……学校の先生としての結衣さんを困らせるようなことは、絶対にしません」
俺は彼女の手を、壊れ物を扱うように、でも離したくないという一心でぎゅっと握りしめた。
「ちゃんとあなたの隣に立てる人になるまで。……待っていてくれませんか……」
十七歳の、俺の精一杯の本音。
夜の公園の静寂の中で、結衣さんは涙の滲んだ目でじっと俺のことを見つめていた。
しばらくの沈黙の後、結衣さんは繋いだ俺の手を、きゅっと優しく握り返してくれた。
そして、溢れそうな涙を拭いながら、いつもの優しい笑顔を浮かべた。
「……待ってる」
掠れた、でもハッキリとしたその一言が、夜の公園にストンと落ちてきた。
街灯のオレンジ色の光が、二人の影を一つの大きな影へと変えていく。
恋人としての日常は、一度ここで幕を閉じる。だけど、俺たちの間にある約束は、どんな正しい正論よりも強固な絆となって、これからの未来を照らす静かな光に変わっていくのを、俺は確信していた。
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