放課後のジントニック、美術室の魔法
「どうぞ」
「ありがとうございます」
私はグラスを受け取った。
その時だった。
カラン、と。店の扉が開く音がした。
私は反射的に入口へ目を向けた。
そこに立っていた青年を見て、息が止まった。
少し伸びた髪、以前よりも大人びた顔。
昔の面影を残しながらも、もうあの頃とは違う雰囲気を纏っている。
でも、その目を見た瞬間に、私は分かった。
「……結衣さん」
懐かしい声だった。
何度も思い出した声。
忘れたことなんて、一度もなかった。
「……航平、くん?」
彼は、少しだけ照れくさそうに笑った。
「お久しぶりです」
私は、しばらく何も言えなかった。
胸の奥にしまっていたものが、ゆっくりとほどけていくような気がした。
あの日から、ずっと待っていた。
でも、待っている間、私は何も止めてはいなかった。
航平くんにも、私にも、それぞれの時間があった。
だから今、こうして目の前にいる彼を見ていると、不思議なくらい安心した。
ちゃんと自分の時間を生きてきたんだ。
そう思えた。
「……大きくなったね」
私が言うと、航平くんは少し笑った。
「そうですか?」
「うん」
私は彼の顔を見つめる。
「なんだか、すごく大人になった」
「結衣さんにそう言ってもらえるなら、頑張った甲斐がありました」
その言葉に、私は思わず笑ってしまった。
昔と変わらないところもある。
だけど、もうあの頃みたいに彼が背伸びをする必要はない。
今、私の前にいるのは。
私が知っていた高校生の航平くんではなく。
自分の足でここまで歩いてきた、一人の大人だった。
「結衣さん」
「なに?」
「……待っててくれて、ありがとうございました」
その言葉を聞いた瞬間、私は、少しだけ俯いた。
泣きそうになる。でも、今は泣きたくなかった。
「ううん」
顔を上げる。
「私も、待ってる間にいろんな時間を過ごしたから」
そして、隣の空いていた席を見る。
あの日からずっと空いていた席。
そこへ、私は視線を戻した。
「……座る?」
航平くんが、一瞬だけ驚いた顔をした。
「いいんですか?」
「うん」
彼が、ゆっくりと隣の席に座る。
それだけなのに、胸の奥が熱くなった。
昔と同じ場所。でも、もう昔と同じ二人ではない。
「航平くん。今度は、あなたの話を聞かせてくれない?」
 そう言うと、彼は優しく笑った。
「はい。話したいこと、いっぱいあります」
私も少し笑った。そして、思った。
待つということは、同じ場所に立ち続けることじゃない。
その人が、自分の時間を生きていることを信じること。
そして、いつかその人が帰ってきた時に、ちゃんと「おかえり」と言える自分でいること。
私は、ずっとそれをしていたのかもしれない。
隣から、航平くんの声が聞こえる。
私はグラスを手に取り、彼の方へ少しだけ身体を向けた。
そして、あの日から胸の中にしまっていた言葉を。
今度は、ちゃんと声にした。
「……おかえり、航平くん」
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