放課後のジントニック、美術室の魔法
彼は地面に直接あぐらを描き、膝の上に大きめのスケッチブックを乗せていた。
右手には太い炭のようなパステルを握り、恐ろしいほどの集中力で画面に殴り書きをしている。その目は爛々と輝いていて、周囲の雑音なんて一切耳に入っていないようだった。
美術室のような綺麗な場所ではなく、こんな灰色のコンクリートに囲まれた吹き溜まりのような場所で、彼は一人、まるで何かに取り憑かれたように絵を描いている。
ふと、彼の持つスケッチブックの隅に、青い文字で『美術室』と書かれたラベルが貼っているのを見えた。
――『私の持ってる美術部にすごい絵が上手な男の子がいるんだけど………その子、最近部活にも来なくなっちゃって…。』
金曜の夜、バーのカウンターで彼女が悲しそうに溢していた言葉が、頭の中で鮮明に蘇る。
(もしかして、あの人が言っていたのって、この子のことなんじゃ…。)
教科書通りでつまらない、と彼女の指導を拒絶した生意気な天才部員。
彼が部活をサボって向かった先が、この孤独な特等席だったのだ。
真面目に部活に取り組むことしか知らない俺にとって、彼のやり方は理解できない。だけど、そのスケッチブックに刻まれていく圧倒的な熱量と色彩の激しさに俺は一歩も動けず、ただ圧倒されていた。
ここが学校の裏手だということも、自分がハーフタイムの最中だということも、一瞬で頭から吹き飛んでいた。
気がつけば、俺の口から「……すごいな」と小さく声が漏れていたが、彼はぴくりとも動かない。やはり、俺の気配も声も、今の彼には一切届いてないようだった。
それからどれだけ時間が経っだだろうか。
激しく宙を舞っていた彼の右手が、ピタリと止まった。
「……ふぅ」
彼は画用紙に向けていた視線をゆっくりと外し、天を仰ぐようにして深く息を吐き出した。
彼がハッと息を吐き、焦点の合っていなかった目が、ようやく目の前にいる俺を捉えたのが分かった
「うわっ!?……びっくりした、誰だよお前!」
地面いあぐらをかいたまま、彼は目を見開いて後ろにのけぞらせた。そして、俺の着ている敵チームのユニフォームに目を落とすと、あからさまに不快そうな顔で眉をひそめた。
「あ、他校のサッカー部?……人のこと黙ってみてるとか、趣味悪いんだけど」
彼はスケッチブックを抱え込むようにして、俺から画面を隠した。
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