その青を描く ③
 柚月に連絡を入れてから二日ほど、何も言わないことに不安を覚えた。節目には必ず電話してくるから、おかしいと思って、仕事帰りに寄ることを決めた。

 その日は客層もよくて、出入りも少なかった。上司が「たまに早く帰れば?」と言うから、文字通りに受け取り、着替えたあとで、店を出た。エレベーターの中で、携帯を見たら、日付をとっくに跨いだ時間だった。バイトはないから、柚月のとこに行くだけだけど、いつもよりあまりにも早くて、時間の潰し方を考えていた。

 エレベーターが着く音がして、顔を上げたら、視線がぶつかった。

「ちょうど良かった。ついてこい」

『なにが?』と思ったけど、俺も時間つぶしを探してたし、タイミングがいいと思った。

 男の背後を追いながら、『こいつ、名前なんだっけ……。あ、そうだ、佐伯だ』と思い出したところで、高級焼肉店の前で足が止まった。

 佐伯は顎で俺を店の中へ促した。
『ずいぶんと偉そうだな』とは思ったけど、それなりの貫禄があるから、何も言えなくて、指示に従った。

 店に入ってから、個室に通された。いつ予約したのかと考えても、見当もつかなかった。佐伯はテーブルに着いて、煙草をくわえながら、頬杖をついて、口を開いた。

「好きなもの頼め。俺は嫌いなものはない」

「うっす……」

 俺が見やすいようにメニューを向けてから、佐伯はもう一冊メニューを取って、興味のなさそうな目で眺めていた。しかも、大きな欠伸までしている。
 以前に店に来たときと比べたら、丸くなっているようだったけど、相変わらず俺を見る目は鋭かった。

「決まったのか」

「じゃあ、適当に……」そう言いながら、隅にあったボタンを押して、ポケットの中を探った。煙草でも吸ってないと、間が持ちそうになかった。けど、箱を見たら、最後の一本が折れていて、思わず握りつぶした。

「お前の紹介で来た子を採用した」佐伯はそう言いながら、俺に煙草を差し出した。少し戸惑うと、顎で軽く促されて、俺は「あざっす」と一本貰った。そして、思いついたように口を開いた。

「あいつはよく気が利くし、空気も読めるし、いい女……すよね」言い終わる前に、目の前でジッポの火を差し出されて、尻窄みになった。

「そうだな。よく働いてくれそうで、ほっとした」佐伯はメニューを静かに閉じて、元の場所に戻してから、俺の顔を見てきた。

「良かったっすね。ていうか、今までどうしてたんすか?」
 それは素朴な疑問だった。顔は広そうだし、人脈を使えば簡単だろうと思った。

 でも、そこに店員が来て食材が運ばれ、テーブルの上に並べられて、俺の疑問は浮いたままだった。
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