敵国から嫁いできた悪役王女……のつもりだったのですが、めちゃくちゃ大事にされている上に、契約結婚になるようです。

 この世界には『魔女』が居る。
 魔法が異様に得意で、変人で、変態で、人間とはかけ離れた価値感を持つとされる、謎めいた存在だ。

 彼女達は人目のある場所に出てこない。
 『魔女の世界』に潜んでいる存在。それが『魔女』なのだ。

 人間だって魔法も使う。
 多少の灯りをつけて、多少の炎を燃やし、多少の風を巻き起こして、生活を便利にする。
 けれども、その魔法技術が『魔女』のそれに及ぶことはない。

 『魔女』は異質で、人間の相互理解の外側にあり、人間に対してまっとうな人としての興味は持たない。

「だってほら、魔女って月から来た人達じゃないですか」
「「「え?」」」
「人間も魔法を使いますけど、それはまあ、実験的に人間と交配した変態魔女の血が流れてるだけですし」
「「「え!?」」」
「あんなサイコパス集団と関わっていたらろくなことがありませんよ。人の心があればあるほど、翻弄されるだけっていうか」
「「「……(おまいう)」」」
「だから大昔の人間の王達が、魔女との交流を断絶させてくれたのに」
「「ん!!?」」
「サヴィちゃまったら、自分から関わりに行っちゃったんですか? だからこんなことになっちゃうんですよ、もう」

 ダメな子ですねと私が口をとがらせると、三人と護衛達は、シンと静まり返ってしまった。
 一体どうしたのだろう。

 黙りこくった一同の中、頭痛がしていそうな渋い顔をしたまま、マイケルが話を切り出した。

「……とりあえず、ヴィオレッタの言いたいことはわかった」
「はい」
「一応、サスペニア侯爵令嬢の話も聞きたい。ええと、魔女がどうしたって?」
「……ヴィオレッタ様が、魔女だから、その」
「違いますよ」
「そ、そうですよね。そういうことにしましょう。私もそう思っている気がしなくなくなくなくもありません」
「サヴィちゃま……」
「そんな目で見るのはやめてよぉ! ……ええと、私が知っている占い師をやっている魔女が、そう言っていたのです。それで、その魔女が言うにはですね」
「はい」
「ヴィオレッタ様のお母様は、大昔の『約束事』を破ってヴィンセント王国に居る魔女なので、厄介ごとしか持ち込まないと」
「ケイトのことなら、それはそうですね」
「「そこは認めるの(か)」」

 母ケイトの厄介性を指摘されてこくりと頷いた私に、マイケルとアイリス姉さまはジト目でこちらを見ている。
 
「要するにサスペニア侯爵令嬢は、魔女ケイトの系譜を受け継ぐヴィオレッタを迎えることで、厄介ごとが起きるに違いないと考えたんだな」
「そうです」
「我がマグネリア王国の行く末を憂慮して、このようなことを行ったと」
「そうです!」
「私の毛根を滅ぼすことが、マグネリア王国の救国に繋がると」
「「「……」」」

 私とアイリス姉さまがサヴィリアを見つめると、サヴィリアは顔を真っ赤にして俯いていた。
 マイケルは暗い顔をしたまま、サヴィリアに問いかける。

「この理屈が理解できない。わかるように説明してもらってもいいだろうか」
「……」
「そこの君。国の王太子に呪いをかけた罪と言うのはどのぐらいの刑罰に値するだろうか」
「!」
「ハッ。他者に対して怪我をさせようとした場合は、十五年以下の懲役又は罰金刑。そして、お相手が王太子殿下という王族の一員でございました故、国家転覆罪にも該当し、無期又は三年以上の禁固刑です」
「君の家は、男爵、子爵、伯爵、侯爵、公爵、王族と地位を高めていく貴族制度において、上位に位置する貴族の家だ。傷害罪についての罰金は難なく支払うことができるだろう。だが、国家転覆罪については罰金刑がそもそも存在していない。必ず禁固刑――労務もなく、誰と会話することもなく、ただひたすら室内に隔離される刑罰が与えられることになる」
「……」
「家から国家転覆罪の犯人を出したとなれば、家にも影響は出るだろうな。家の者達が君のやったことを支援していないのであれば刑罰は与えられないが、政治的に君の家の爵位を維持することは難しくなるだろうな」

 マイケルがそう告げると、サヴィリアはしくしくとその場で声もなく泣き始めた。

 そして、ぽつりぽつりと、呟くように話し始める。

「私、ずっとマイケル殿下を見ていたんです」
「そうなのか」
「それはそれはずっと昔から見てきました」
「……うん?」
「だから、お見合いの話が来たとき、本当に嬉しかったんです」
「そ、そうか」

 なんとも気まずそうな顔をするマイケル。
 これは絶対に面白い話(修羅場)が始まる序章である。
 ワクワクを隠さない私に、アイリス姉さまが「だめよ……抑えなさい……」と私をたしなめる。その淡い水色の瞳は、キラキラと輝いている。アイリス姉さまは私に増してゴシップが大好きなのだ。

「私は人生を通してずっと、マイケル殿下を尊敬していました。なんといえばいいのでしょうか。人間の皮を被った聖人を体現されていらっしゃるその様は、正に王族の極みであらせられるかと」
「ん?」
「人間に興味がないのに人の輪に興味がある悲しき獣。いえ、私は王族とはかくあるべきだと思っていまして。二人の母君を幼くして宥和させたその手腕、人の心を持たないとしか思えないポーカーフェイス、やることなすこと優しさが滲み出ているはずなのにその存在にまったく共感することができない、存在自体が第三者枠の異物。かくあればこそのこの国の第一王子、行く行くは王になるべき至高の存在であると崇拝していたのです」
「半分くらい悪口に聞こえますね」
「しっ。黙りなさい、ヴィヴィ」

 私の言葉を素早く制してくるアイリス姉さま。その顔は上気し、うっとりとサヴィリアを見つめ、次の言葉を待っている。アイリス姉さまが幸せそうなのでなによりである。
 サヴィリアは興が乗ってきたのか、オタク特有の高速詠唱に夢中で、段々と血色がよくなってきた。
 一方、白い顔をしたマイケルは頭痛が治らないかのような渋い顔で黙っている。

「ですので、私が王太子殿下の婚約者に選ばれたときは、興奮のあまり三日ほど目が冴えて徹夜してしまいました」
「三日!?」
「生命の限界を超えて気絶した後、その二日後に目が覚めた私は、数日必死に美容に勤しみ、殿下との対面の日を迎えました」
「それで最初の面会に一週間かかったのか……」
「そしてめくるめく日々が始まりました。毎日婚約者の立場を利用してマイケル殿下にお会いする日々。殿下には色々な場所に連れて行っていただきました。けれども、殿下が私に対してポーカーフェイスを貫く状況は変わりませんでした」
「それで君は『表面しか見せてくれない』と言って私を振ったのだと記憶しているのだが」
「はい。私はマイケル殿下の様子を見て、安心して身を引いたのです」
「え?」

 鳩が豆鉄砲を食らったような顔をするマイケルに、サヴィリアはうっとりとした顔で手を合わせる。

「私はマイケル殿下の心に踏み込むことができませんでした。それは多少残念でしたが、至高の存在が相手では致し方ないことです。マイケル殿下はお一人で完成された生命体でいらっしゃるので、配偶者など必要がないのです。その事実を改めて確認できただけで、大変充実した日々であったと言えるでしょう」
「一人で完成した生命体」
「やめなさい、ヴィヴィ。面白い言葉(ワード)を抽出するのはやめなさい」
「そしてマイケル殿下は、私のほかに二人の女を、お見合いからの別れという人生の通過点になさいました。ですがその間、殿下の生き様がお変わりになられることはありませんでした。その在り様に、私は大変満足しておりました」
「三人も通過したのですか、マイク」
「人聞きの悪い言い方は……いや、もういい……」

 顔を覆ったマイケルに、私はかける言葉を持たなかった。
 そんな様子に構わず、サヴィリアの詠唱はまだ終わらない。


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