敵国から嫁いできた悪役王女……のつもりだったのですが、めちゃくちゃ大事にされている上に、契約結婚になるようです。

 アイリス姉さまがいない。

 それは私にとって、この世で一番恐ろしい呪いの言葉だ。

「アイリス姉さま!」

 勢いよく扉を開けた私に、室内にいた侍女達がビクリと体を跳ねさせる。
 そこはアイリス姉様に与えられた客室で、壁の色も、窓から見える光景も、先日、夜通し語り明かした寝台も、記憶のままだ。
 けれども、そこにいるはずの人は、いくら探しても見当たらない。

「アイリス姉さまはどこ」

 息を切らしながら、それだけを告げる私に、蒼白な顔をした侍女達の一人が、手紙と思しき紙を差し出してきた。
 書かれていた内容はこうだ。

 ――探さないでください。

 目の前が真っ赤に染まる。

 ぐちゃぐちゃな何かが頭の中で荒れ狂っていて、考えがまとまらない。

 私のアイリス姉さまが、いない。
 私の、私のなのに、私の大切な、私だけの、私の私の私のアイリス姉さまが――。

「ヴィオレッタ」

 気がつくと、手紙を握りしめる私の右手に、手が添えられていた。
 振りあおぐと、そこにはアイリス姉様と同じ水色の瞳があって、段々と周りが視界に入ってくる。

 ズタズタに切り裂かれた壁紙とカーテン、窓ガラスは割れて、美しい模様の描かれた床の絨毯も破損し、ところどころ捲り上がっている。
 その惨状の中、マイケルだけが傷一つない姿で傍に立っていて、それがとても不思議な光景に思えた。

「……探さないと」
「心当たりはある?」
「探さないと、マイク」
「サスペニア嬢も居なくなったらしい。行き先はおそらく、比重の魔女のところだろう」

 それを聞いて、私は手紙と、周囲の一帯を見渡す。
 けれども、そこには何もないのだ。
 魔力の濁りも、魔女の残り香も、何も残っていない。

「何もありません、マイク」
「ヴィオレッタ」
「痕跡は、何も。私では、探せない」

 そも、相手は腐っても魔女なのだ。
 存在の秘匿を原則とされた地球来訪中の魔女を、魔女ではない私ごときが見つけられるはずがない。
 けれども、見つけなければならない。

 アイリス姉さまを――助けなければ。

 姉さまは知らないのだ。
 人は魔女に近づいてはいけないということの意味を、彼女は知らない。

(なにか……なにか、あるはず……)

 私は爪をかみながら、必死に今までの記憶を走馬灯のように脳裏に巡らせる。

 魔女の手がかり。
 サヴィリアから聞いた内容、比重の魔女、小さくなれる能力、魔力の残り香。
 何か手がかりがあるはずだ。
 だって、どんなに隠密を心がけていても、相手には致命的な欠陥があるのだ。

 すなわち、私(・)達(・)に興味を持ちすぎている。

 魔女の世界の禁忌を犯した、ケイトフランチェスクアレシュリビェナ=レイの周辺事情に――。

「……エクバルト」
「え?」
「エクバルト、が、鉄の――魔道具を、アイリス姉さまに。魔女と、繋がって――」
「……君の、お兄さんのエクバルト殿下? 今は、隣国に居る」
「エクバルトを連れてこなければ」
「ちょ、ちょっと待つんだ、ヴィオレッタ。隣国へは、馬車で半月は」
「走ります」
「まずは電報で聞こう」
「今すぐ行かなきゃいけないんです」
「ヴィオレッタ、息をするんだ」
「邪魔をしないで!」

 思わず叫んだけれども、マイケルは動じることはなかった。
 私の声と共に、床に亀裂が入り、さらに壁が裂けたけれども、彼は私の両肩を掴んだまま、放してくれない。
 浅い息をしながら、ぶるぶる震えている私に、目の前の彼は静かな声で告げた。

「ヴィオレッタ。今、王宮内の兵士にアイリス殿下の捜索をさせている。サヴィリア=サスペニアの調査もだ」
「そんなの、見つかる保証なんて!」
「サスペニア嬢は、魔女は占い師をやっていると言っていた。占いというものは、得てして若者や女性の間で流行ることが多い」

 私が目を見開くと、マイケルは私の目をしっかりと見て、頷いた。

「貴族学園の同級生にも、占いの話をしていた者に心当たりがある。――必ず、アイリス殿下を見つける。君は他に心当たりがないか、考えて」

 ほしい、とマイケルが言い切る前に、私はマイケルに抱き着いて、わあわあ声を上げて泣き出してしまった。
 子どもみたいに泣きわめいている私に、マイケルは何を言うこともなく、周囲の侍従達に捜索に関する指示を出している。

「エクバルト殿下にも電報を。内容は、魔女という言葉は使えないから――」




「――兄上聞いてくださいヴィオレッタとはやはり私が結婚します!!!!!」




 バァーンと大きな音を立てて部屋の扉が開いたので、その場に居る侍従侍女達がギョッと目を剥いた。
 そして彼らは、マイケルとミゲル、マイケルに抱き着いて泣いている私を何度も見返して、すっと床に目を落とした。

 勢いよく扉を開けた本人は、叫んだ内容が内容だけに、マイケルに肩を抱かれながら、えぐえぐ泣いている私を見て、固まっている。
 マイケルは何故か一瞬、鬼のような顔をした後、長いため息を吐いて、彼の弟に向き直った。

「……ミゲル、今はそれどころじゃないんだ」
「な、なにかあったのですか」
「アイリス殿下が居なくなった。おそらく、魔女絡みだ」
「えっ、魔女!? ヴィオレッタの母君のことですか? それとも、別の?」
「え?」
「え?」
「え?」

 ミゲルとマイケルと私は、それぞれの驚いた声に、さらに驚いた顔をして、互いの顔を見返す。
 周囲の使用人達は、動きを止め、呼吸を無にして、その場をしのごうと目を逸らしている。

 シーンと静まり返った室内、その中で最初に我に返ったのはマイケルだった。

「ミゲル。魔女に……心当たりが?」
「えっ、あ、はい。いえ、あの、兄上、人払いを」
「この場に居る者には緘口令を敷いているから気にするな」
「そ、そうですか……ええと、ですね。私が知っている占い師をやっている魔女がですね」

 ミゲルの右腕を、私はがしりと掴む。
 左腕は、マイケルが掴んでいた。

 両脇から私達に拘束されたミゲルは、「ひっ!?」と変な声を上げながら、不安そうに、私とマイケルを交互に見ている。

「なんですか!? どうして腕を? 二人とも目が怖いのですが」
「いいから続きを聞こうか、ミゲル」
「で、でも」
「いいですから、ミゲル殿下」
「……ヴィ、ヴィオレッタの母君が魔女なので、この国の王太子の妻にするのは危険だと告げてきて……王太子の妻でなければいいかなと……」

 私とマイケルは、ミゲルの言葉を聞いた後、目を見合わせ、そしてミゲルに向き直る。
 満面の笑みを浮かべた私達に囲まれたミゲルは、この世の終わりみたいな顔をして震えていた。

「我が弟よ。是非とも、その占い師のところに案内してくれるかな」

 こうして、私達は王都の裏町通りの一角にある、さびれた占いの店に向かうこととなったのである。


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