私の運命の人
「優里。そっちの来賓席の椅子、並べ終わった?」
「あともう少し」

卒業式の予行が終わった体育館で、生徒会役員の私や広香たちは明日の式の準備に追われる。
先輩たちの晴れの舞台、感謝の気持ちを込めて送り出せるようにと、あちこちに気を配って丁寧に整えた。

「はい、みんなお疲れ様。明日も頼むな」

生活指導の先生に言われて、私たちは解散する。だが私は気が重かった。

「優里、どうするの? 行くの? 三十路のところ」
「行かなきゃだめでしょ」
「そっか。まあ、なんかお悩み相談でもしてきなよ。まさか先輩と間違えて声かけました、なんて言えないもんね」

私はふくれっ面でうなだれる。
昇降口で広香と別れると、重い足取りで社会科準備室へと向かった。
小さく深呼吸してからドアをノックすると「どうぞ」と返事が来る。

「失礼します」

ドアを開けて一礼してから部屋に入ると、三十木先生は奥の机でなにやら書類を広げていた。
眼鏡をかけて黒髪も無造作に下ろしている先生は、いつもどこかひょうひょうとしていて、いまいち感情がわからない。
『三十木』という珍しい名字で、ちょうど今年で三十歳になるからと『三十路』と生徒の間で呼ばれていた。

「どうかしましたか、三嶋さん」

声をかけられた私はおずおずと近づく。

「はい、あの……。明日で三年生の先輩方が卒業されますよね」
「そうですね」
「それで、その……。新しい生徒会の発足というか、色々私たちだけで大丈夫かなと不安で」

先生が生徒会の担当教諭ということもあってこの口実をひねり出した。
とは言え、特に悩んでいるわけではない。
そもそも新しい生徒会の体制は半年前に発足していたし、同じ二年生の橋口くんが生徒会長、広香が副会長として頼もしく引っ張ってくれている。
今日も卒業式の段取りを抜かりなく組み、役割分担を念入りにミーティングしていた。
三十木先生はノータッチだったけれど、時折橋口くんに様子を訊いていたから、安心して任せられると判断したのだろう。
私の口ぶりに少し考える素振りを見せながら尋ねる。

「何か具体的に不安なことがあるのですか?」
「いえ、その……。これと言ってないとは思うのですが、先生の目にはどう映っているのかなと。あまりご指導いただけないので」

ここまで来ると話を繋げるのも苦しくなってきた。
三十木先生は淡々と話をするタイプで、明るい話題に逸れたり雑談に発展することもない。

「すみません、ちょっと気になっただけなんです」
「構いませんよ。私が敢えて口出ししなかったのは、橋口くんがリーダーとなり、とてもよくまとまったチームに見えたからです。三嶋さんたちも自分で考えて動ける人ばかりですし、下手に私が口を挟む方がよくないと思いました。ですが、手は離していても目と心は離していません。何かあればいつでも声をかけてください」

たったそれだけの返事なのに、しかも話の趣旨は違ったのに、私は随分気持ちが軽くなった。

「はい、ありがとうございます」

視線を合わせてお礼を言うと、先生は表情を変えずに頷く。
用事は済んだという雰囲気が漂い、私は「それでは失礼します」とお辞儀をしてから部屋をあとにした。
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