青春の季節
〜夏編〜
夏休みが始まる。ということは高校受験が近づいているということだ。
「なーにぼーっとしてんの?夏休み一日目くらい楽しもうよ〜」
隣を歩く葵がそう言った。
僕と葵は幼馴染で、葵の家は隣だ。
僕たちは気づいた頃から友達で、いつの間にかずっと一緒にいた。今はもう中三だけど、変わらず一緒にいる。
僕たちにはもちろん違う友達もいるが、一番遊ぶのは葵とだ。付き合ってるか、とよく聞かれるけど仲が良いだけだ。ただの友達。
でも僕には本当の気持ちがあった。それは…葵が好きということだ。
意識し始めたのは最近だ。だけど葵がどんな気持ちかなんて分からないし、この関係が崩れるのは嫌だ。だから今はこのままでいい。これからもずっと近くにいるのだから。
そう思っていたけれど、葵が他県の私立高校に受験することになった。
僕たちの住む団地のほとんどが行く、近くの県立の高校に一緒に行くと思っていた。それなのに、葵は賢いからそこに行くらしい。しかも遠いから寮暮らしだという。どうすればいいのか分からない。
「あ、このぬいぐるみ可愛い〜。私百円で取れると思うー?」
僕は今ショッピングモールに来ていて、その中のゲームセンターにいた。
「いつも通り取れないって。取れたことないだろ?」
「もーうるさいなぁー。そこは取れる!頑張れ!って言うとこでしょ?」
「取れるって言ってもらいたいだけだろ?…てかこれ毎回同じくだりなんだけど」
知ってる、と葵は笑う。そして僕も笑う。不思議だ、彼女の顔ばかり見てしまう。
「じゃあもういい。私新しいハンディファンでも買おっかな」
彼女は来たばかりのゲームセンターを出て、隣の有名な雑貨屋さんに入った。と思いきや、彼女は立ち止まって、振り返った。
「あ、ごめん。涼もゲーセン見たかったよね?」
うわ、ごめーん、と言いながら、葵はゲームセンターにまた戻ろうとした。
「いいよいいよ。僕今日ゲーセンに使うお金そんなにないし」
「ほんとに?」
「うん。ほんと」
「じゃあ快くハンディファン買えるね」
葵はすぐに店の中に入って、たくさんのカラーがあるハンディファンの前に立った。
「前はシンプルな白だったから、今回はピンクにしよっかなーでも新作の白も気になるなー」
女子は買い物が長い、とどこかで聞いたけど、本当にその通りだと毎度感じている。
今年はいつも通りの地球だと思う。梅雨もあるし、春もあったから秋もあるだろう。気温もそれほど高くならないし、良い年だ。
「涼はどう思う?こっちかこっち」
どうやら悩んでいるのはピンク色か、ウェーブがある白色で迷っているらしい。
「僕だったらこっちかなー」
僕はウェーブがある白色を指差した。
「やっぱそっちか。…よし、これにしよう」
葵は僕が選んだ方を手に取り、レジに行った。本当に葵はそっちで良いのか。
数分経って、葵は戻って来て、はい、と何かラッピングされた物を僕に渡した。
「もうすぐ誕生日でしょ?私も遠くに行くから形見?として持っといて」
「形見ってそんな死ぬわけじゃないんだし」
「そうだけど、まあ何も言わずに持ってて」
はい、と言って葵は僕にハンディファンを渡した。
「じゃあもらいます。ありがとう」
こんな風に感謝を伝えるのはなんだか気恥ずかしい。でもそれはありがとうを言われる相手も同じなのだろうか。葵も少し照れた表情をしている。ずっと一緒にいればそれぐらいすぐわかる。
「どういたしまして」
僕たちは会社員の真似をして、小さくお辞儀した。そして二人で笑い合う。
「じゃあ後はつむちゃんを待つのみだね」
つむちゃんとは、葵と仲が良い子で、本名の紬から“ぎ”を取ってつむちゃんと呼ばれている。
「うん。宮城からの電車が遅れてるんだよね」
紬は今朝までおばあちゃんの家に居て、今日朝一の電車に乗ってもう着いているはずだったのに、遅れていてまだ着いていなかったのだ。
夏休み前にある三者懇談の期間に行っていたから、夏休みは行かなくなったらしい。
ちなみに僕たちはこれから話題の映画を観る予定だ。
「映画チケットまだ取ってなくて良かった。観る予定の映画もし取ってたら絶対最初から観れてなかったし」
「ほんとだよ。あ、LINEきたかも」
ポケットに入れていたスマホから振動がきたのか、スマホを取り出してLINEを確認した。
「もう着くって!」
「おー良かった良かった」
なんで電車が遅れたのか、色々二人で妄想を膨らませていると、聞き慣れた少し高めの声が聞こえた。
「ごめーーん」
ほぼ全速力で走って紬が来た。
「全然大丈夫。しかも、つむちゃんがどうしようもないことだし」
「えーありがとう葵」
「宮城楽しかった?」
「うーん、まあいつも同じ場所行ってるだけだし特に何も思わないかな」
そんな宮城の話をやめて早く映画行こ、と紬は映画館の方へ歩き始めた。
映画は想像よりも面白かった。内容はミステリーで、トリックがすごすぎた。
「主人公は最後結局殺されたのかな?」
「だよね。絶対そう」
「犯人はもう頭おかしいレベル超えてたもんね」
「うん。あれはもう誰も捕まえられないよね」
「続きとかあるなら、絶対見たい」
「確かに。実は犯人生きてたみたいな?」
紬がそう言って二人は笑う。
「なにー?なんか今日静かじゃない?」
葵が後ろを振り返り、僕の方を見た。
「なんかこの空間良いなーって」
「え?急に?」
「だって次集まれるのは少し先になりそうだし?」
僕は葵が遠くに行くことばかり考えている。
葵は都合が悪くなったように、あー、とどこかを向いた。葵の癖だ。
「葵ちゃん、向こうで付き合ったりして?」
「その場合は応援だな」
今言った言葉を取り消したい。本当は応援なんてしたくないし、彼氏なんかできてほしくない。
「まあそんなこと一旦忘れて今日は今日だから!」
少し気まずくしてしまった空気を、紬が溶かしてくれる。
「だね!よしラーメン食べよっと」
僕も二人の隣に並んで、お昼ご飯の話を始めた。いつも通り、僕がラーメン、葵はオムライス、紬はたこ焼きだ。
映画から数日が経った日、僕たちはいつもの三人で海に来ていた。
女子二人に男子一人。君は男子友達がいないのか、他人から見ればそう思われる。
そんなことはない。ただ今年の夏はいつもより、葵と遊ぶことの方が多いだけだ。
「海ー!」
はしゃいだ声が隣から聞こえた。葵だ。
葵は荷物も持たないで、砂浜をひたすら走り始めた。僕と紬はあなたの分も持ってるんですけど?
「ちょっと葵ー荷物ちゃんと持ってー」
紬が声を上げて、波を避ける葵に言った。
「あー!ごめん忘れてたー」
葵はまたさっきの速度で僕たちの所まで戻ってきた。これはやっぱり天然...?
とりあえず砂浜に持ってきたテントを建てて、荷物を置いて、海にみんなで入った。
「うわーこれはもうたまらんねー冷たすぎる!」
「それなぁーーーって涼なんか浮き輪使ってなんか楽しそうじゃん」
浮き輪に乗った僕を見つけた葵は、次貸して〜とやってくる。そのぷーっと膨らませた顔が好きだ。
夏の暑い太陽がジリジリと僕らを照らし、青い海はたくさんの波を作る。お客様もゾロゾロと増えていく。そりゃ夏といえば海だからな。
「はい、あげますよ〜」
僕は葵に浮き輪を譲った。どこからか強い視線を感じる。…紬だ。
紬には葵のことが好きとバレていて、色々と相談を聞いてくれている。だから良い感じじゃん、とか頑張れってエールを贈ってくれてるんだと思う。
でもこれは良い感じでもなく、葵にとってはただの幼馴染とのやりとりなんだと思う。…そう思うと胸が少しズキズキする。
「ありがとう」
葵は頬を緩めて感謝を僕に伝える。
「よしっ!遊びますか!」
そのまま水掛け合いが始まり、隣の人に迷惑をかけ、浮き輪の取り合いになり、ビーチボールが遠くに飛んでいき、砂浜でジュースをこぼしてしまい。たくさんの出来事が起きた。
気がつけば夕方になっていて、お客様もまた最初のように減っていた。
「ねえ葵。明日学校忍び込もう」
紬がお花摘みに出かけている間に、僕は次の予定を入れてみることにした。これ、葵は受け入れてくれるだろうか。
不安そうな表情を少し見せた後、ニヤリと笑った。
「いいね、それ、めっちゃ楽しそう」
これで共犯者ってことで。
紬には迷惑をかけないことにしよう。
次の日。約束通り僕らは学校にいた。運動場は野球部が使っていて、体育館もバレー部かバスケ部が使っているから校門も校舎も開いていた。
「なんかつまんないね」
「うん。校門飛び越えて、校舎のどこかの鍵空いてる所探してみたかったな」
誘われた側にしては、結構色々考えてくれていたんだ。なんだか嬉しい。
「あ、やばい」
廊下を二人で歩いてると、葵は僕の手を引いて、どこかに僕を連れ込み、僕の口を手で塞いだ。
葵は廊下をチラチラ確認した後、口を塞いでいた手を取った。
「危なかった。先生いた」
少し小さめの声でそう言った。それと同時に繋いでいた手を離した。
「ごめん」
お互いに少し顔を赤らめる。僕はどうしてこんなに胸が熱いのか。本当はずっと繋いでいたかった。
「てかこれ女子トイレ?」
周りを見ればそこは女子トイレの中だった。通りで見たことのない景色だと思った。
女子トイレにいたと考えると恥ずかしくて、顔が赤くなるのを感じる。
「ごめんごめん、仕方なかったから」
ゲラゲラと葵は笑っている。これは黒歴史か。
「よし、目的地もうすぐだし早く行こっ」
葵は焦る僕をほって、階段の方に歩き始めた。それについていく僕。
そのまま教室まで誰にも見つからずに着き、鍵がかかっているか確認すると、ドアがすんなり開いた。鍵担当の人が忘れてくれていて助かった。担任もちゃんとしてくれとも少し思う。まあこんなことするの僕らだけだろうし大丈夫か。
いつもはガヤガヤとして、暑苦しい教室。今は誰もいないから、静かで落ち着いていた。
「なんか不思議だ」と僕は小さく呟いた。
「だね」
ねえ葵、僕は誰かの机をそっとなぞる彼女に声をかけた。彼女は髪を靡かせて、振り向いた。
「ずっと好きでした。遠距離になるけど、付き合ってください」
少し困った顔をした後、言葉を続けた。
「はい。私で良ければ」
葵はいつもの優しい笑顔でこっちを見た。
「じゃあよろしく」
「うん、よろしく」
僕らはお互いに照れくさい言葉を並べた。そして手を繋いだ。さっきとは違う。
そのままカーテンの裏でキスをしたのは、きっと誰にも言わない二人だけの秘密だ。
「なーにぼーっとしてんの?夏休み一日目くらい楽しもうよ〜」
隣を歩く葵がそう言った。
僕と葵は幼馴染で、葵の家は隣だ。
僕たちは気づいた頃から友達で、いつの間にかずっと一緒にいた。今はもう中三だけど、変わらず一緒にいる。
僕たちにはもちろん違う友達もいるが、一番遊ぶのは葵とだ。付き合ってるか、とよく聞かれるけど仲が良いだけだ。ただの友達。
でも僕には本当の気持ちがあった。それは…葵が好きということだ。
意識し始めたのは最近だ。だけど葵がどんな気持ちかなんて分からないし、この関係が崩れるのは嫌だ。だから今はこのままでいい。これからもずっと近くにいるのだから。
そう思っていたけれど、葵が他県の私立高校に受験することになった。
僕たちの住む団地のほとんどが行く、近くの県立の高校に一緒に行くと思っていた。それなのに、葵は賢いからそこに行くらしい。しかも遠いから寮暮らしだという。どうすればいいのか分からない。
「あ、このぬいぐるみ可愛い〜。私百円で取れると思うー?」
僕は今ショッピングモールに来ていて、その中のゲームセンターにいた。
「いつも通り取れないって。取れたことないだろ?」
「もーうるさいなぁー。そこは取れる!頑張れ!って言うとこでしょ?」
「取れるって言ってもらいたいだけだろ?…てかこれ毎回同じくだりなんだけど」
知ってる、と葵は笑う。そして僕も笑う。不思議だ、彼女の顔ばかり見てしまう。
「じゃあもういい。私新しいハンディファンでも買おっかな」
彼女は来たばかりのゲームセンターを出て、隣の有名な雑貨屋さんに入った。と思いきや、彼女は立ち止まって、振り返った。
「あ、ごめん。涼もゲーセン見たかったよね?」
うわ、ごめーん、と言いながら、葵はゲームセンターにまた戻ろうとした。
「いいよいいよ。僕今日ゲーセンに使うお金そんなにないし」
「ほんとに?」
「うん。ほんと」
「じゃあ快くハンディファン買えるね」
葵はすぐに店の中に入って、たくさんのカラーがあるハンディファンの前に立った。
「前はシンプルな白だったから、今回はピンクにしよっかなーでも新作の白も気になるなー」
女子は買い物が長い、とどこかで聞いたけど、本当にその通りだと毎度感じている。
今年はいつも通りの地球だと思う。梅雨もあるし、春もあったから秋もあるだろう。気温もそれほど高くならないし、良い年だ。
「涼はどう思う?こっちかこっち」
どうやら悩んでいるのはピンク色か、ウェーブがある白色で迷っているらしい。
「僕だったらこっちかなー」
僕はウェーブがある白色を指差した。
「やっぱそっちか。…よし、これにしよう」
葵は僕が選んだ方を手に取り、レジに行った。本当に葵はそっちで良いのか。
数分経って、葵は戻って来て、はい、と何かラッピングされた物を僕に渡した。
「もうすぐ誕生日でしょ?私も遠くに行くから形見?として持っといて」
「形見ってそんな死ぬわけじゃないんだし」
「そうだけど、まあ何も言わずに持ってて」
はい、と言って葵は僕にハンディファンを渡した。
「じゃあもらいます。ありがとう」
こんな風に感謝を伝えるのはなんだか気恥ずかしい。でもそれはありがとうを言われる相手も同じなのだろうか。葵も少し照れた表情をしている。ずっと一緒にいればそれぐらいすぐわかる。
「どういたしまして」
僕たちは会社員の真似をして、小さくお辞儀した。そして二人で笑い合う。
「じゃあ後はつむちゃんを待つのみだね」
つむちゃんとは、葵と仲が良い子で、本名の紬から“ぎ”を取ってつむちゃんと呼ばれている。
「うん。宮城からの電車が遅れてるんだよね」
紬は今朝までおばあちゃんの家に居て、今日朝一の電車に乗ってもう着いているはずだったのに、遅れていてまだ着いていなかったのだ。
夏休み前にある三者懇談の期間に行っていたから、夏休みは行かなくなったらしい。
ちなみに僕たちはこれから話題の映画を観る予定だ。
「映画チケットまだ取ってなくて良かった。観る予定の映画もし取ってたら絶対最初から観れてなかったし」
「ほんとだよ。あ、LINEきたかも」
ポケットに入れていたスマホから振動がきたのか、スマホを取り出してLINEを確認した。
「もう着くって!」
「おー良かった良かった」
なんで電車が遅れたのか、色々二人で妄想を膨らませていると、聞き慣れた少し高めの声が聞こえた。
「ごめーーん」
ほぼ全速力で走って紬が来た。
「全然大丈夫。しかも、つむちゃんがどうしようもないことだし」
「えーありがとう葵」
「宮城楽しかった?」
「うーん、まあいつも同じ場所行ってるだけだし特に何も思わないかな」
そんな宮城の話をやめて早く映画行こ、と紬は映画館の方へ歩き始めた。
映画は想像よりも面白かった。内容はミステリーで、トリックがすごすぎた。
「主人公は最後結局殺されたのかな?」
「だよね。絶対そう」
「犯人はもう頭おかしいレベル超えてたもんね」
「うん。あれはもう誰も捕まえられないよね」
「続きとかあるなら、絶対見たい」
「確かに。実は犯人生きてたみたいな?」
紬がそう言って二人は笑う。
「なにー?なんか今日静かじゃない?」
葵が後ろを振り返り、僕の方を見た。
「なんかこの空間良いなーって」
「え?急に?」
「だって次集まれるのは少し先になりそうだし?」
僕は葵が遠くに行くことばかり考えている。
葵は都合が悪くなったように、あー、とどこかを向いた。葵の癖だ。
「葵ちゃん、向こうで付き合ったりして?」
「その場合は応援だな」
今言った言葉を取り消したい。本当は応援なんてしたくないし、彼氏なんかできてほしくない。
「まあそんなこと一旦忘れて今日は今日だから!」
少し気まずくしてしまった空気を、紬が溶かしてくれる。
「だね!よしラーメン食べよっと」
僕も二人の隣に並んで、お昼ご飯の話を始めた。いつも通り、僕がラーメン、葵はオムライス、紬はたこ焼きだ。
映画から数日が経った日、僕たちはいつもの三人で海に来ていた。
女子二人に男子一人。君は男子友達がいないのか、他人から見ればそう思われる。
そんなことはない。ただ今年の夏はいつもより、葵と遊ぶことの方が多いだけだ。
「海ー!」
はしゃいだ声が隣から聞こえた。葵だ。
葵は荷物も持たないで、砂浜をひたすら走り始めた。僕と紬はあなたの分も持ってるんですけど?
「ちょっと葵ー荷物ちゃんと持ってー」
紬が声を上げて、波を避ける葵に言った。
「あー!ごめん忘れてたー」
葵はまたさっきの速度で僕たちの所まで戻ってきた。これはやっぱり天然...?
とりあえず砂浜に持ってきたテントを建てて、荷物を置いて、海にみんなで入った。
「うわーこれはもうたまらんねー冷たすぎる!」
「それなぁーーーって涼なんか浮き輪使ってなんか楽しそうじゃん」
浮き輪に乗った僕を見つけた葵は、次貸して〜とやってくる。そのぷーっと膨らませた顔が好きだ。
夏の暑い太陽がジリジリと僕らを照らし、青い海はたくさんの波を作る。お客様もゾロゾロと増えていく。そりゃ夏といえば海だからな。
「はい、あげますよ〜」
僕は葵に浮き輪を譲った。どこからか強い視線を感じる。…紬だ。
紬には葵のことが好きとバレていて、色々と相談を聞いてくれている。だから良い感じじゃん、とか頑張れってエールを贈ってくれてるんだと思う。
でもこれは良い感じでもなく、葵にとってはただの幼馴染とのやりとりなんだと思う。…そう思うと胸が少しズキズキする。
「ありがとう」
葵は頬を緩めて感謝を僕に伝える。
「よしっ!遊びますか!」
そのまま水掛け合いが始まり、隣の人に迷惑をかけ、浮き輪の取り合いになり、ビーチボールが遠くに飛んでいき、砂浜でジュースをこぼしてしまい。たくさんの出来事が起きた。
気がつけば夕方になっていて、お客様もまた最初のように減っていた。
「ねえ葵。明日学校忍び込もう」
紬がお花摘みに出かけている間に、僕は次の予定を入れてみることにした。これ、葵は受け入れてくれるだろうか。
不安そうな表情を少し見せた後、ニヤリと笑った。
「いいね、それ、めっちゃ楽しそう」
これで共犯者ってことで。
紬には迷惑をかけないことにしよう。
次の日。約束通り僕らは学校にいた。運動場は野球部が使っていて、体育館もバレー部かバスケ部が使っているから校門も校舎も開いていた。
「なんかつまんないね」
「うん。校門飛び越えて、校舎のどこかの鍵空いてる所探してみたかったな」
誘われた側にしては、結構色々考えてくれていたんだ。なんだか嬉しい。
「あ、やばい」
廊下を二人で歩いてると、葵は僕の手を引いて、どこかに僕を連れ込み、僕の口を手で塞いだ。
葵は廊下をチラチラ確認した後、口を塞いでいた手を取った。
「危なかった。先生いた」
少し小さめの声でそう言った。それと同時に繋いでいた手を離した。
「ごめん」
お互いに少し顔を赤らめる。僕はどうしてこんなに胸が熱いのか。本当はずっと繋いでいたかった。
「てかこれ女子トイレ?」
周りを見ればそこは女子トイレの中だった。通りで見たことのない景色だと思った。
女子トイレにいたと考えると恥ずかしくて、顔が赤くなるのを感じる。
「ごめんごめん、仕方なかったから」
ゲラゲラと葵は笑っている。これは黒歴史か。
「よし、目的地もうすぐだし早く行こっ」
葵は焦る僕をほって、階段の方に歩き始めた。それについていく僕。
そのまま教室まで誰にも見つからずに着き、鍵がかかっているか確認すると、ドアがすんなり開いた。鍵担当の人が忘れてくれていて助かった。担任もちゃんとしてくれとも少し思う。まあこんなことするの僕らだけだろうし大丈夫か。
いつもはガヤガヤとして、暑苦しい教室。今は誰もいないから、静かで落ち着いていた。
「なんか不思議だ」と僕は小さく呟いた。
「だね」
ねえ葵、僕は誰かの机をそっとなぞる彼女に声をかけた。彼女は髪を靡かせて、振り向いた。
「ずっと好きでした。遠距離になるけど、付き合ってください」
少し困った顔をした後、言葉を続けた。
「はい。私で良ければ」
葵はいつもの優しい笑顔でこっちを見た。
「じゃあよろしく」
「うん、よろしく」
僕らはお互いに照れくさい言葉を並べた。そして手を繋いだ。さっきとは違う。
そのままカーテンの裏でキスをしたのは、きっと誰にも言わない二人だけの秘密だ。


