あの日の続き
第一話 新しい背番号
四月。
体育館の窓から差し込む春の日差しが、磨かれた床を淡く照らしていた。
冬の冷たさが少しずつ消え、体育館の中にも春の匂いがする。
男子バスケットボール部の練習が終わったあと。
三年生六人と、二年生、そして入部したばかりの一年生たちが体育館の端に集まっていた。
「じゃあ、今日はここまで」
顧問の先生がそう言うと、部員たちが一斉に頭を下げた。
「ありがとうございました!」
声が体育館に響く。
いつもなら、そのまま片付けに入る。
けれど今日は違った。
先生がボールを片付けようとしていた部員たちを呼び止めた。
「その前に、三年生から話がある」
その一言で、体育館の空気が少し変わった。
三年生の六人が顔を見合わせる。
その中で、一歩前に出たのは――
るいだった。
「えっと……」
るいは少しだけ周りを見る。
三年生になったばかり。
まだ制服を着ているときは、去年までと何も変わらないように感じる。
けれど。
体育館にいる全員の視線が自分に集まっている。
それだけで、去年とは違うことを実感した。
「今年から、俺が部長をやります」
静かな声だった。
けれど、よく通った。
「で、キャプテンは……しょうぶ」
隣にいたしょうぶが、一歩前に出る。
「よろしくお願いします」
短く頭を下げる。
その横から、ゆうとが小さく拍手を始めた。
「はい、拍手ー」
「お前が言うんかよ」
しょうぶが笑う。
「だってこういうの大事じゃん」
「お前、なんでも大事って言って笑ってんな」
「いいじゃん。めでたいんだから」
いつもの二人。
それを見て、るいも笑った。
「副キャプテンは、りょうた」
りょうたは少しだけ頭を下げた。
「よろしく」
それだけ。
短い。
でも、りょうたらしい。
「以上」
るいがそう言うと、
「え、終わり?」
ゆうとが声を上げた。
「何を期待してたんだよ」
しょうぶが呆れた顔をする。
「部長就任演説とか」
「そんなのしないよ」
るいが笑う。
「じゃあ俺から一言」
ゆうとが手を挙げる。
「お前はいい」
しょうぶが即答した。
「なんで!?」
体育館に笑い声が広がった。
二年生も、一年生も笑っている。
その中で、れいも静かに笑っていた。
たくやはいつものように、
「今年も楽しくやろうぜー」
なんて言いながら、一年生の肩を軽く叩いている。
そんな光景を見ながら、るいはふと思った。
――三年生になったんだ。
去年までなら、先輩たちがいた。
何かあれば先輩たちが決めてくれた。
練習で迷ったときも。
試合で苦しくなったときも。
自分たちは先輩についていけばよかった。
でも、もう違う。
今年は自分たちが、このチームを引っ張る。
るいは隣にいるしょうぶを見る。
しょうぶも、同じような顔をしていた。
「……るい」
「ん?」
「俺ら、ちゃんとできるかな」
小さな声だった。
るいは少し考えてから答えた。
「できるよ」
「即答かよ」
「だって、しょうぶ一人でやるわけじゃないじゃん」
その言葉に、しょうぶが黙る。
「俺もいるし」
「……」
「りょうたも、ゆうとも、れいも、たくやもいる」
少し離れたところでは、ゆうとが一年生と話している。
れいは黙々とモップをかけている。
たくやはふざけながらボールを片付けている。
りょうたは、そんな全員を静かに見ていた。
「俺たち六人でやればいい」
るいが言った。
しょうぶはしばらく黙っていた。
そして、
「……そうだな」
小さく笑った。
その日の練習後。
みんなが帰り始めても、体育館にはまだ何人か残っていた。
「ゆうと」
れいが声をかける。
「ん?」
「一年のあの子、さっきから一人でシュート打ってる」
「あー、ほんとだ」
ゆうとが一年生のほうを見る。
一年生のおうせいだった。
何度もリングに向かってシュートを打っている。
外れても、拾って。
また打つ。
「声かけてくる?」
れいが言う。
「いや」
ゆうとは少し考えた。
「もうちょっと見てよう」
「なんで?」
「自分からやってるから」
れいは黙っておうせいを見る。
「……そっか」
二人の間に少しだけ沈黙が流れる。
やがて、れいがぽつりと言った。
「俺も……もっと言えばいいのかな」
「何を?」
「チームに対して」
ゆうとがれいを見る。
「思ってること」
れいは少しだけ視線を落とした。
「言ったほうがいいって思ってること、結構あるんだけど」
「うん」
「なんか……俺が言っていいのかなって」
ゆうとは笑わなかった。
いつものようにふざけることもしなかった。
ただ、
「言っていいよ」
と言った。
「俺は、れいが何考えてるか聞きたいけど」
れいが顔を上げる。
「……そう?」
「うん」
「でも、口論になるかもしれない」
「いいじゃん」
ゆうとは笑った。
「バスケ部なんだから、それくらい」
「……」
「言いたいこと言えるチームのほうが強いだろ」
れいはしばらく黙っていた。
そして、
「……ありがとう」
と、小さく言った。
「なに急に真面目になってんの」
「お前が真面目なこと言ったからだろ」
「俺、いつも真面目だよ?」
「それはない」
「ひどっ」
二人が笑う。
その少し離れた場所では、たくやが一人でボールを拾っていた。
誰も見ていないと思っているのか。
さっきまで一年生たちとふざけていた顔とは違う。
一つ一つのボールを丁寧に拾い、倉庫へ運んでいく。
最後の一個を持ち上げたところで――
「たくや」
声がした。
振り返ると、りょうたが立っていた。
「ん?」
「まだ帰らないの?」
「今帰るー」
たくやは笑った。
いつもの笑顔。
「じゃあ、一緒に行こう」
「おう!」
二人が体育館を出ていく。
その後ろから、るいとしょうぶも歩いてくる。
「今年、どうなるかな」
しょうぶが呟いた。
るいは体育館を振り返った。
誰もいなくなったコート。
リング。
ボール。
そして、床に残った靴跡。
「……分かんない」
るいは笑った。
「でも、楽しみじゃない?」
しょうぶも笑う。
「うん」
その日。
六人は、正式にチームの中心になった。
まだ誰も知らない。
この一年間が、
自分たちにとってどれほど大切な一年になるのか。
そして。
最後にこの体育館でボールを触る日が来たとき、
今日の何気ない会話を、
何度も思い出すことになるなんて。
誰も知らなかった。
体育館の窓から差し込む春の日差しが、磨かれた床を淡く照らしていた。
冬の冷たさが少しずつ消え、体育館の中にも春の匂いがする。
男子バスケットボール部の練習が終わったあと。
三年生六人と、二年生、そして入部したばかりの一年生たちが体育館の端に集まっていた。
「じゃあ、今日はここまで」
顧問の先生がそう言うと、部員たちが一斉に頭を下げた。
「ありがとうございました!」
声が体育館に響く。
いつもなら、そのまま片付けに入る。
けれど今日は違った。
先生がボールを片付けようとしていた部員たちを呼び止めた。
「その前に、三年生から話がある」
その一言で、体育館の空気が少し変わった。
三年生の六人が顔を見合わせる。
その中で、一歩前に出たのは――
るいだった。
「えっと……」
るいは少しだけ周りを見る。
三年生になったばかり。
まだ制服を着ているときは、去年までと何も変わらないように感じる。
けれど。
体育館にいる全員の視線が自分に集まっている。
それだけで、去年とは違うことを実感した。
「今年から、俺が部長をやります」
静かな声だった。
けれど、よく通った。
「で、キャプテンは……しょうぶ」
隣にいたしょうぶが、一歩前に出る。
「よろしくお願いします」
短く頭を下げる。
その横から、ゆうとが小さく拍手を始めた。
「はい、拍手ー」
「お前が言うんかよ」
しょうぶが笑う。
「だってこういうの大事じゃん」
「お前、なんでも大事って言って笑ってんな」
「いいじゃん。めでたいんだから」
いつもの二人。
それを見て、るいも笑った。
「副キャプテンは、りょうた」
りょうたは少しだけ頭を下げた。
「よろしく」
それだけ。
短い。
でも、りょうたらしい。
「以上」
るいがそう言うと、
「え、終わり?」
ゆうとが声を上げた。
「何を期待してたんだよ」
しょうぶが呆れた顔をする。
「部長就任演説とか」
「そんなのしないよ」
るいが笑う。
「じゃあ俺から一言」
ゆうとが手を挙げる。
「お前はいい」
しょうぶが即答した。
「なんで!?」
体育館に笑い声が広がった。
二年生も、一年生も笑っている。
その中で、れいも静かに笑っていた。
たくやはいつものように、
「今年も楽しくやろうぜー」
なんて言いながら、一年生の肩を軽く叩いている。
そんな光景を見ながら、るいはふと思った。
――三年生になったんだ。
去年までなら、先輩たちがいた。
何かあれば先輩たちが決めてくれた。
練習で迷ったときも。
試合で苦しくなったときも。
自分たちは先輩についていけばよかった。
でも、もう違う。
今年は自分たちが、このチームを引っ張る。
るいは隣にいるしょうぶを見る。
しょうぶも、同じような顔をしていた。
「……るい」
「ん?」
「俺ら、ちゃんとできるかな」
小さな声だった。
るいは少し考えてから答えた。
「できるよ」
「即答かよ」
「だって、しょうぶ一人でやるわけじゃないじゃん」
その言葉に、しょうぶが黙る。
「俺もいるし」
「……」
「りょうたも、ゆうとも、れいも、たくやもいる」
少し離れたところでは、ゆうとが一年生と話している。
れいは黙々とモップをかけている。
たくやはふざけながらボールを片付けている。
りょうたは、そんな全員を静かに見ていた。
「俺たち六人でやればいい」
るいが言った。
しょうぶはしばらく黙っていた。
そして、
「……そうだな」
小さく笑った。
その日の練習後。
みんなが帰り始めても、体育館にはまだ何人か残っていた。
「ゆうと」
れいが声をかける。
「ん?」
「一年のあの子、さっきから一人でシュート打ってる」
「あー、ほんとだ」
ゆうとが一年生のほうを見る。
一年生のおうせいだった。
何度もリングに向かってシュートを打っている。
外れても、拾って。
また打つ。
「声かけてくる?」
れいが言う。
「いや」
ゆうとは少し考えた。
「もうちょっと見てよう」
「なんで?」
「自分からやってるから」
れいは黙っておうせいを見る。
「……そっか」
二人の間に少しだけ沈黙が流れる。
やがて、れいがぽつりと言った。
「俺も……もっと言えばいいのかな」
「何を?」
「チームに対して」
ゆうとがれいを見る。
「思ってること」
れいは少しだけ視線を落とした。
「言ったほうがいいって思ってること、結構あるんだけど」
「うん」
「なんか……俺が言っていいのかなって」
ゆうとは笑わなかった。
いつものようにふざけることもしなかった。
ただ、
「言っていいよ」
と言った。
「俺は、れいが何考えてるか聞きたいけど」
れいが顔を上げる。
「……そう?」
「うん」
「でも、口論になるかもしれない」
「いいじゃん」
ゆうとは笑った。
「バスケ部なんだから、それくらい」
「……」
「言いたいこと言えるチームのほうが強いだろ」
れいはしばらく黙っていた。
そして、
「……ありがとう」
と、小さく言った。
「なに急に真面目になってんの」
「お前が真面目なこと言ったからだろ」
「俺、いつも真面目だよ?」
「それはない」
「ひどっ」
二人が笑う。
その少し離れた場所では、たくやが一人でボールを拾っていた。
誰も見ていないと思っているのか。
さっきまで一年生たちとふざけていた顔とは違う。
一つ一つのボールを丁寧に拾い、倉庫へ運んでいく。
最後の一個を持ち上げたところで――
「たくや」
声がした。
振り返ると、りょうたが立っていた。
「ん?」
「まだ帰らないの?」
「今帰るー」
たくやは笑った。
いつもの笑顔。
「じゃあ、一緒に行こう」
「おう!」
二人が体育館を出ていく。
その後ろから、るいとしょうぶも歩いてくる。
「今年、どうなるかな」
しょうぶが呟いた。
るいは体育館を振り返った。
誰もいなくなったコート。
リング。
ボール。
そして、床に残った靴跡。
「……分かんない」
るいは笑った。
「でも、楽しみじゃない?」
しょうぶも笑う。
「うん」
その日。
六人は、正式にチームの中心になった。
まだ誰も知らない。
この一年間が、
自分たちにとってどれほど大切な一年になるのか。
そして。
最後にこの体育館でボールを触る日が来たとき、
今日の何気ない会話を、
何度も思い出すことになるなんて。
誰も知らなかった。
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