賢すぎる伯爵令嬢はかわいい妻を演じたい!
第2話
学園生活二日目。
オフィーリアが選んだのは、淡いレモンイエローのドレスだった。白いレースをあしらった襟元が可愛い。髪はゆるく編み込み仕上げに同色のリボンを結んでいる。
「今日も最高に可愛いわ、リア」
朝からキャサリンは姪の可愛さに大満足だった。
「ありがとう、叔母様」
「本当に天使みたいよ。この髪飾りもつけたほうがいいかしら?」
「キャサリン様、お嬢様はそろそろお出かけになるお時間です」
さらに飾ろうとするキャサリンを、アンナが止める。
「あら、もうそんな時間なの? 残念……」
「アルが迎えに来てくれるから、急がなきゃ」
そう言いながら、オフィーリアは窓の外を覗き、その頬が赤く染まる。
今日もロズウェル侯爵家の馬車がやってきたからだ。
馬車のそばで待っていたアルフレッドは、オフィーリアを見るなり目を細めた。
オフィーリアは振り返ると、玄関先まで見送りに出てきた父と兄、叔母に大きく手を振る。
「行ってきます!」
三人とも笑顔で手を振った。
それからアルフレッドに向き直る。
「おはよう、アル」
「おはよう、リア。そのドレス、とても似合っているね」
「本当? 嬉しいわ!」
オフィーリアは、にっこり笑った。
(なんて可愛いんだ)
アルフレッドは改めて思う。
華奢で愛らしくて、今日もまるで妖精のように可憐だと。
「昨日言ったこと、覚えてる?」
「昨日?」
「勉強だよ。わからないことがあったら、何でも僕に聞くんだよ」
「ええ。ありがとう、アル」
素直に礼を言われ、アルフレッドは満足した。
教室に入ってからも、オフィーリアは何かと世話を焼かれる。
「リア、教科書はちゃんと持ってきたよね? 忘れ物があったら、貸してあげるよ」
「ええ、大丈夫よ」
一時間目は歴史だった。
「では、昨日の復習から始めましょう。オフィーリアさん、レイフォード王国で現在の地方統治制度が成立した経緯について説明してくださる?」
隣のエミリーが、はっとオフィーリアを見る。心配そうな顔で、昨日の授業をまとめた自分のノートをそっとこちらへ寄せてくれた。
「まあ、ありがとう」
オフィーリアはにっこり微笑んだ。
けれど、そのノートを見ることはなかった。
「はい」
オフィーリアは静かに立ち上がる。
「現在の制度の原型が成立したのは百二十七年前、第三代国王ステファン二世の治世です。それ以前は――」
すらすらと説明していく。
歴史の教師の口元が満足げに輪を描いた。説明はとても正確だった。
「よろしい。とてもよく答えられましたね」
「はい、ありがとうございます」
オフィーリアは静かに腰を下ろした。
エミリーは驚きの声を上げる。
「オフィーリア様、すごいですわ。昨日の授業の説明を完璧に全部覚えていらっしゃるのね?」
「ええ。《《聞いていました》》から」
当たり前のように言うと、オフィーリアは再び教壇へ顔を向けた。
次の授業は算術だった。先日の授業より難しい数式を黒板いっぱいに書いた教師は何人かを無造作に指名していく。その中にはオフィーリアも含まれていた。
「オフィーリアさん。前へ」
「はい」
オフィーリアは素直に黒板の前へ進んだ。
アルフレッドが眉をひそめる。
昨日習ったばかりの公式を使う応用問題で、かなり難しい。
(可哀想に……オフィーリアに解けるわけがないよ。先生も意地悪だな。見ればわかるだろうに)
しかし、オフィーリアは余裕の笑みを浮かべながらチョークを取った。そして、スラスラと解いていくではないか。
「よろしい。完璧ですね、オフィーリアさん。とてもよくできました」
「ありがとうございます」
オフィーリアは席へ戻ろうとして、アルフレッドの横を通った。その瞬間、アルフレッドが声をかける。
「リア」
「なぁに?」
「今の問題……そうとう難しいよ。どうして、君ができるんだ?」
「えっ? 昨日習ったでしょう?」
「……」
その後の地理の授業でも、オフィーリアは教師の問いに淀みなく答えた。授業が終わった途端、エミリーが身を乗り出す。
「オフィーリア様」
「はい?」
「お勉強、得意だったのですね」
オフィーリアは目をぱちぱちさせた。
「得意……なのかしら?」
「だって、全部完璧にお答えになったではありませんか!」
「ええ。でも授業で《《聞いていただけ》》ですよ?」
「…………」
エミリーは言葉を失った。
授業で聞いただけで、あれほど正確に覚えているというのだろうか。
オフィーリアは、目を丸くするエミリーを不思議そうに見つめた。
やがて、ふと思い出したように微笑む。
「そうだわ。さきほどはノートを見せていただいて、ありがとう。とても親切にしてくださって嬉しかったわ」
「えっ」
エミリーは思わず言葉を詰まらせた。
「わ、私……余計なことをしてごめんなさい。オフィーリア様がそんなに優秀だなんて思わなくて……あ、ごめんなさい」
「えっ? なぜ謝るの? これからも仲良くしてくださる?」
「……もちろんですわ!」
エミリーは勢いよく答える。可愛いだけできっと勉強は苦手そうだと思い込んだ自分を恥じながらも、こんな素敵な友人ができるなんてと浮き浮きしていた。
休み時間に周りに集まった令嬢たちも口々にオフィーリアを褒めたが、オフィーリアは相変わらず授業を《《聞いていただけ》》と、にこにこと答えるだけで、威張ることもなかった。
ただ一人。アルフレッドだけは、少し複雑な顔でオフィーリアを見つめていた。昨日まで、自分が守ってやらなければと思っていた婚約者。
可愛らしくて華やかで、素直でおとなしい、少し頼りなさそうにも見えて……。
だから難しい勉強は、自分が教えてやろうと思っていた。
そのオフィーリアの印象が今日一日でがらりと変わった。
一日の授業が終わり、二人は帰りの馬車の中だ。
「リア」
「なあに、アル?」
「オフィーリアは素晴らしいよ……きっと家で必死に勉強していたんだろ? 偉いぞ。僕には隠さなくていいんだよ。天才のふりなんてするなよ」
「えっ? なにも隠していないわ。本当に《《授業を聞いていただけ》》よ」
アルフレッドは耳を疑ったし、嫉妬した。授業を聞いていただけでは、自分ならこうはいかない。
その翌日も翌々日も、オフィーリアは絶好調だった。
乗馬の時間では、誰よりも鮮やかに馬を操り教師を驚かせた。運動の時間の球技でも大活躍だ。それでも本人は、自分が特別だとは少しも思っていない。
(嘘だよな? こんなことはあり得ない。僕より遙かに優秀だったなんて……)
アルフレッドは信じられない思いでオフィーリアを見つめた。
そして迎えた、一学期の期末試験。
数日後、その結果が廊下に張り出されると――
オフィーリアが選んだのは、淡いレモンイエローのドレスだった。白いレースをあしらった襟元が可愛い。髪はゆるく編み込み仕上げに同色のリボンを結んでいる。
「今日も最高に可愛いわ、リア」
朝からキャサリンは姪の可愛さに大満足だった。
「ありがとう、叔母様」
「本当に天使みたいよ。この髪飾りもつけたほうがいいかしら?」
「キャサリン様、お嬢様はそろそろお出かけになるお時間です」
さらに飾ろうとするキャサリンを、アンナが止める。
「あら、もうそんな時間なの? 残念……」
「アルが迎えに来てくれるから、急がなきゃ」
そう言いながら、オフィーリアは窓の外を覗き、その頬が赤く染まる。
今日もロズウェル侯爵家の馬車がやってきたからだ。
馬車のそばで待っていたアルフレッドは、オフィーリアを見るなり目を細めた。
オフィーリアは振り返ると、玄関先まで見送りに出てきた父と兄、叔母に大きく手を振る。
「行ってきます!」
三人とも笑顔で手を振った。
それからアルフレッドに向き直る。
「おはよう、アル」
「おはよう、リア。そのドレス、とても似合っているね」
「本当? 嬉しいわ!」
オフィーリアは、にっこり笑った。
(なんて可愛いんだ)
アルフレッドは改めて思う。
華奢で愛らしくて、今日もまるで妖精のように可憐だと。
「昨日言ったこと、覚えてる?」
「昨日?」
「勉強だよ。わからないことがあったら、何でも僕に聞くんだよ」
「ええ。ありがとう、アル」
素直に礼を言われ、アルフレッドは満足した。
教室に入ってからも、オフィーリアは何かと世話を焼かれる。
「リア、教科書はちゃんと持ってきたよね? 忘れ物があったら、貸してあげるよ」
「ええ、大丈夫よ」
一時間目は歴史だった。
「では、昨日の復習から始めましょう。オフィーリアさん、レイフォード王国で現在の地方統治制度が成立した経緯について説明してくださる?」
隣のエミリーが、はっとオフィーリアを見る。心配そうな顔で、昨日の授業をまとめた自分のノートをそっとこちらへ寄せてくれた。
「まあ、ありがとう」
オフィーリアはにっこり微笑んだ。
けれど、そのノートを見ることはなかった。
「はい」
オフィーリアは静かに立ち上がる。
「現在の制度の原型が成立したのは百二十七年前、第三代国王ステファン二世の治世です。それ以前は――」
すらすらと説明していく。
歴史の教師の口元が満足げに輪を描いた。説明はとても正確だった。
「よろしい。とてもよく答えられましたね」
「はい、ありがとうございます」
オフィーリアは静かに腰を下ろした。
エミリーは驚きの声を上げる。
「オフィーリア様、すごいですわ。昨日の授業の説明を完璧に全部覚えていらっしゃるのね?」
「ええ。《《聞いていました》》から」
当たり前のように言うと、オフィーリアは再び教壇へ顔を向けた。
次の授業は算術だった。先日の授業より難しい数式を黒板いっぱいに書いた教師は何人かを無造作に指名していく。その中にはオフィーリアも含まれていた。
「オフィーリアさん。前へ」
「はい」
オフィーリアは素直に黒板の前へ進んだ。
アルフレッドが眉をひそめる。
昨日習ったばかりの公式を使う応用問題で、かなり難しい。
(可哀想に……オフィーリアに解けるわけがないよ。先生も意地悪だな。見ればわかるだろうに)
しかし、オフィーリアは余裕の笑みを浮かべながらチョークを取った。そして、スラスラと解いていくではないか。
「よろしい。完璧ですね、オフィーリアさん。とてもよくできました」
「ありがとうございます」
オフィーリアは席へ戻ろうとして、アルフレッドの横を通った。その瞬間、アルフレッドが声をかける。
「リア」
「なぁに?」
「今の問題……そうとう難しいよ。どうして、君ができるんだ?」
「えっ? 昨日習ったでしょう?」
「……」
その後の地理の授業でも、オフィーリアは教師の問いに淀みなく答えた。授業が終わった途端、エミリーが身を乗り出す。
「オフィーリア様」
「はい?」
「お勉強、得意だったのですね」
オフィーリアは目をぱちぱちさせた。
「得意……なのかしら?」
「だって、全部完璧にお答えになったではありませんか!」
「ええ。でも授業で《《聞いていただけ》》ですよ?」
「…………」
エミリーは言葉を失った。
授業で聞いただけで、あれほど正確に覚えているというのだろうか。
オフィーリアは、目を丸くするエミリーを不思議そうに見つめた。
やがて、ふと思い出したように微笑む。
「そうだわ。さきほどはノートを見せていただいて、ありがとう。とても親切にしてくださって嬉しかったわ」
「えっ」
エミリーは思わず言葉を詰まらせた。
「わ、私……余計なことをしてごめんなさい。オフィーリア様がそんなに優秀だなんて思わなくて……あ、ごめんなさい」
「えっ? なぜ謝るの? これからも仲良くしてくださる?」
「……もちろんですわ!」
エミリーは勢いよく答える。可愛いだけできっと勉強は苦手そうだと思い込んだ自分を恥じながらも、こんな素敵な友人ができるなんてと浮き浮きしていた。
休み時間に周りに集まった令嬢たちも口々にオフィーリアを褒めたが、オフィーリアは相変わらず授業を《《聞いていただけ》》と、にこにこと答えるだけで、威張ることもなかった。
ただ一人。アルフレッドだけは、少し複雑な顔でオフィーリアを見つめていた。昨日まで、自分が守ってやらなければと思っていた婚約者。
可愛らしくて華やかで、素直でおとなしい、少し頼りなさそうにも見えて……。
だから難しい勉強は、自分が教えてやろうと思っていた。
そのオフィーリアの印象が今日一日でがらりと変わった。
一日の授業が終わり、二人は帰りの馬車の中だ。
「リア」
「なあに、アル?」
「オフィーリアは素晴らしいよ……きっと家で必死に勉強していたんだろ? 偉いぞ。僕には隠さなくていいんだよ。天才のふりなんてするなよ」
「えっ? なにも隠していないわ。本当に《《授業を聞いていただけ》》よ」
アルフレッドは耳を疑ったし、嫉妬した。授業を聞いていただけでは、自分ならこうはいかない。
その翌日も翌々日も、オフィーリアは絶好調だった。
乗馬の時間では、誰よりも鮮やかに馬を操り教師を驚かせた。運動の時間の球技でも大活躍だ。それでも本人は、自分が特別だとは少しも思っていない。
(嘘だよな? こんなことはあり得ない。僕より遙かに優秀だったなんて……)
アルフレッドは信じられない思いでオフィーリアを見つめた。
そして迎えた、一学期の期末試験。
数日後、その結果が廊下に張り出されると――