賢すぎる伯爵令嬢はかわいい妻を演じたい!
第4話
一学期が終わり、学園は夏季休暇に入った。
オフィーリアは、大好きな家族に囲まれて楽しい毎日を過ごしていた。
叔母のキャサリンと演奏会へ出かけたり、華やかな歌劇を観に行ったり。
兄のステファンとは郊外へ馬を走らせ、時にはラケットを手に球技を楽しんだ。
仕事で忙しい父とも、夕食の後はゆっくり話す時間がある。
学園へ通う毎日とは違う、のんびりとした夏季休暇。
オフィーリアはそれを存分に楽しんでいた。
しかし、一つだけ気になることがあった。
アルフレッドが、一度も会いに来ないのだ。学園へ入る前は、三日と空けずに顔を合わせていた。
彼はウェインライト家を訪れるたび、帰る前には決まってオフィーリアの次の予定を尋ねた。会ったその日に次の約束をするのが二人にとって当たり前だった。学園へ通うようになってからも、アルフレッドは毎朝のように迎えに来てくれた。
だからオフィーリアは、夏季休暇に入っても、以前のようにまた何度も会えるものだと思っていた。
それなのに、四日が過ぎても来ない。八日過ぎても来ない。
アルフレッドからの手紙もまったくないのだ。
(アル、どうしたのかしら……)
心配になったオフィーリアは、自分から手紙を書くことにした。
使いに持たせれば、そう時間もかからず届く距離だ。
元気にしているのか。
夏季休暇に入ってから一度も会えていないから、寂しく思っていること。
時間があるなら、一緒に過ごしたいこと。
そんなことを書いて送った。
けれど、その日のうちに返事は来なかった。
翌日も来ない。
ようやく返事が届いたのは、その次の日だった。
『オフィーリアへ
返事が遅くなってごめん。今、《《従妹》》の勉強を見ていて、少し忙しくしている。
二学期から僕たちの学園へ編入することになっているけど、これまで身体が弱くて勉強が遅れているから、できるだけ追いつかせてあげたいんだ。
アルフレッドより』
「従妹……?」
今までアルフレッドの口から従妹の話など聞いたこともない。けれど、二学期から編入するのなら、授業についていけるように準備が必要なのだろう。
オフィーリアはそう納得して、もう一度手紙を書いた。
その方と一緒でも構わないから、今度お茶をしませんか、と。
その返事が届いたのも、翌々日だった。その内容は従妹に毎日勉強を教えているがなかなか追いつかないので、時間が出来たらこちらから連絡する、というものだった。
「ほとんど毎日……」
オフィーリアはその言葉を、もう一度読み返す。
夏季休暇もすでに半分ほど過ぎている。
なのに、自分には一度も会いにきてくれない。
けれど、従妹とはほとんど毎日会っている。
胸の奥が、ちくりと痛んだ。
それでも、身体が弱く勉強が遅れている従妹を助けているのだと思えば、アルフレッドを責める気にはなれなかった。
(アルは優しいから。困っている人を放っておけないのよね)
「リア。最近、元気がないわね……そう言えば、アルフレッド卿は全然こちらにいらっしゃらないわね」
ある日の午後、キャサリンは浮かぬ顔のオフィーリアに声をかける。
「……アルは忙しいんですって。従妹が二学期から学園へ編入するそうよ。身体が弱くて、勉強が遅れているから、アルが毎日教えてあげているの」
「従妹ですって? しかも毎日? そんなことで、リアに一度も会いに来ないの?」
「……ええ、そうなの」
しょんぼりとした姪に、キャサリンの眉がぴくりと動いた。
「だったら、こちらから会いに行きましょう」
「でも、先触れも出さなきゃいけないし……アルは忙しいって」
「あなたたち、何年のお付き合いだと思っているの? 幼い頃から何度も行き来している仲でしょう?」
「でも……」
「たまには驚かせてあげればいいわ」
キャサリンはにっこり笑った。
「さあ、支度なさい。私も一緒に行くわ」
ロズウェル侯爵邸に到着すると、玄関に出てきた使用人は、オフィーリアを見た途端、目を見開いた。
ほどなくして、奥から執事が慌てた様子で駆けつけてきた。
「オフィーリア様、キャサリン様。ようこそお越しくださいました」
どうにか平静を装っているものの、突然の来訪に動揺しているのは明らかだった。
ウェインライト伯爵家はもともと裕福な家で、ロズウェル侯爵家よりも資産家だ。
そのうえキャサリンは、王都随一の商会を一代で築き上げた人物である。
爵位ではロズウェル侯爵家が上とはいえ、執事とてオフィーリアを軽んじられるはずがないのだ。
「ごきげんよう。先触れもなく伺ってごめんなさい。けれど、夏季休暇に入ってから一度も顔を見せてくださらないものだから、心配でアルに会いにきてしまったの」
オフィーリアは不安な面持ちでそう言った。
傍らにいたキャサリンの口元は微笑んでいたが、その目は少しも笑っていない。
「アルフレッド様は庭園にいらっしゃいますが、今はその……リディア様が……」
「まあ……リディア・アッカルド男爵令嬢ね? その方はロズウェル侯爵家の《《遠縁》》にあたる方ですよね? リディア様にもご挨拶したいわ」
オフィーリアはすぐに思い当たり、そう言った。貴族の名前や爵位、家族構成まで、オフィーリアはすべて覚えている。
「ですが、アルフレッド様からは誰もお通しするなと……」
そこでキャサリンの眉がわずかに動いた。
「リアはアルフレッド卿の婚約者ですわよ? 遠縁に当たる女性を優先するとは……私の聞き間違いかしら」
圧の入ったキャサリンの声はいつもよりだいぶ低い。
「た、大変失礼しました。キャサリン様のおっしゃる通りです。どうぞこちらに……」
執事は冷や汗をかきながら頭を下げ、しぶしぶと案内するのだった。
庭園へ近づくと、聞き慣れた笑い声がした。いかにも楽しそうなアルフレッドの弾んだ声も。久しぶりに聞くその声に、オフィーリアは思わず足を速めた。
「アル――」
呼びかけようとして、その足が止まる。
アルフレッドはガゼボにリディアと仲睦まじく座っていた。肩と肩が触れあうほどに近い。栗色の髪に茶色の瞳をしたごく普通の可愛らしい少女が、柔らかくまとわりつくような声で話している。二人の前には、教科書とノートが広げられていた。
「まあ、本当だわ! アルフレッド様に教えていただくと、すぐにわかりますぅー」
「慣れれば君にもできるようになるよ。コツはなんども同じような問題を解くことかな」
「努力家なのですね。やっぱりアルフレッド様はすごいですっ!」
リディアの尊敬を込めたきらきらとした眼差しに、アルフレッドは嬉しそうに笑った。
その笑顔は甘く蕩けるようで、オフィーリアは、すうっと血の気が引いた。
あんなふうに笑いかけてもらうのは、自分だけだと思っていたのに――。
オフィーリアは、大好きな家族に囲まれて楽しい毎日を過ごしていた。
叔母のキャサリンと演奏会へ出かけたり、華やかな歌劇を観に行ったり。
兄のステファンとは郊外へ馬を走らせ、時にはラケットを手に球技を楽しんだ。
仕事で忙しい父とも、夕食の後はゆっくり話す時間がある。
学園へ通う毎日とは違う、のんびりとした夏季休暇。
オフィーリアはそれを存分に楽しんでいた。
しかし、一つだけ気になることがあった。
アルフレッドが、一度も会いに来ないのだ。学園へ入る前は、三日と空けずに顔を合わせていた。
彼はウェインライト家を訪れるたび、帰る前には決まってオフィーリアの次の予定を尋ねた。会ったその日に次の約束をするのが二人にとって当たり前だった。学園へ通うようになってからも、アルフレッドは毎朝のように迎えに来てくれた。
だからオフィーリアは、夏季休暇に入っても、以前のようにまた何度も会えるものだと思っていた。
それなのに、四日が過ぎても来ない。八日過ぎても来ない。
アルフレッドからの手紙もまったくないのだ。
(アル、どうしたのかしら……)
心配になったオフィーリアは、自分から手紙を書くことにした。
使いに持たせれば、そう時間もかからず届く距離だ。
元気にしているのか。
夏季休暇に入ってから一度も会えていないから、寂しく思っていること。
時間があるなら、一緒に過ごしたいこと。
そんなことを書いて送った。
けれど、その日のうちに返事は来なかった。
翌日も来ない。
ようやく返事が届いたのは、その次の日だった。
『オフィーリアへ
返事が遅くなってごめん。今、《《従妹》》の勉強を見ていて、少し忙しくしている。
二学期から僕たちの学園へ編入することになっているけど、これまで身体が弱くて勉強が遅れているから、できるだけ追いつかせてあげたいんだ。
アルフレッドより』
「従妹……?」
今までアルフレッドの口から従妹の話など聞いたこともない。けれど、二学期から編入するのなら、授業についていけるように準備が必要なのだろう。
オフィーリアはそう納得して、もう一度手紙を書いた。
その方と一緒でも構わないから、今度お茶をしませんか、と。
その返事が届いたのも、翌々日だった。その内容は従妹に毎日勉強を教えているがなかなか追いつかないので、時間が出来たらこちらから連絡する、というものだった。
「ほとんど毎日……」
オフィーリアはその言葉を、もう一度読み返す。
夏季休暇もすでに半分ほど過ぎている。
なのに、自分には一度も会いにきてくれない。
けれど、従妹とはほとんど毎日会っている。
胸の奥が、ちくりと痛んだ。
それでも、身体が弱く勉強が遅れている従妹を助けているのだと思えば、アルフレッドを責める気にはなれなかった。
(アルは優しいから。困っている人を放っておけないのよね)
「リア。最近、元気がないわね……そう言えば、アルフレッド卿は全然こちらにいらっしゃらないわね」
ある日の午後、キャサリンは浮かぬ顔のオフィーリアに声をかける。
「……アルは忙しいんですって。従妹が二学期から学園へ編入するそうよ。身体が弱くて、勉強が遅れているから、アルが毎日教えてあげているの」
「従妹ですって? しかも毎日? そんなことで、リアに一度も会いに来ないの?」
「……ええ、そうなの」
しょんぼりとした姪に、キャサリンの眉がぴくりと動いた。
「だったら、こちらから会いに行きましょう」
「でも、先触れも出さなきゃいけないし……アルは忙しいって」
「あなたたち、何年のお付き合いだと思っているの? 幼い頃から何度も行き来している仲でしょう?」
「でも……」
「たまには驚かせてあげればいいわ」
キャサリンはにっこり笑った。
「さあ、支度なさい。私も一緒に行くわ」
ロズウェル侯爵邸に到着すると、玄関に出てきた使用人は、オフィーリアを見た途端、目を見開いた。
ほどなくして、奥から執事が慌てた様子で駆けつけてきた。
「オフィーリア様、キャサリン様。ようこそお越しくださいました」
どうにか平静を装っているものの、突然の来訪に動揺しているのは明らかだった。
ウェインライト伯爵家はもともと裕福な家で、ロズウェル侯爵家よりも資産家だ。
そのうえキャサリンは、王都随一の商会を一代で築き上げた人物である。
爵位ではロズウェル侯爵家が上とはいえ、執事とてオフィーリアを軽んじられるはずがないのだ。
「ごきげんよう。先触れもなく伺ってごめんなさい。けれど、夏季休暇に入ってから一度も顔を見せてくださらないものだから、心配でアルに会いにきてしまったの」
オフィーリアは不安な面持ちでそう言った。
傍らにいたキャサリンの口元は微笑んでいたが、その目は少しも笑っていない。
「アルフレッド様は庭園にいらっしゃいますが、今はその……リディア様が……」
「まあ……リディア・アッカルド男爵令嬢ね? その方はロズウェル侯爵家の《《遠縁》》にあたる方ですよね? リディア様にもご挨拶したいわ」
オフィーリアはすぐに思い当たり、そう言った。貴族の名前や爵位、家族構成まで、オフィーリアはすべて覚えている。
「ですが、アルフレッド様からは誰もお通しするなと……」
そこでキャサリンの眉がわずかに動いた。
「リアはアルフレッド卿の婚約者ですわよ? 遠縁に当たる女性を優先するとは……私の聞き間違いかしら」
圧の入ったキャサリンの声はいつもよりだいぶ低い。
「た、大変失礼しました。キャサリン様のおっしゃる通りです。どうぞこちらに……」
執事は冷や汗をかきながら頭を下げ、しぶしぶと案内するのだった。
庭園へ近づくと、聞き慣れた笑い声がした。いかにも楽しそうなアルフレッドの弾んだ声も。久しぶりに聞くその声に、オフィーリアは思わず足を速めた。
「アル――」
呼びかけようとして、その足が止まる。
アルフレッドはガゼボにリディアと仲睦まじく座っていた。肩と肩が触れあうほどに近い。栗色の髪に茶色の瞳をしたごく普通の可愛らしい少女が、柔らかくまとわりつくような声で話している。二人の前には、教科書とノートが広げられていた。
「まあ、本当だわ! アルフレッド様に教えていただくと、すぐにわかりますぅー」
「慣れれば君にもできるようになるよ。コツはなんども同じような問題を解くことかな」
「努力家なのですね。やっぱりアルフレッド様はすごいですっ!」
リディアの尊敬を込めたきらきらとした眼差しに、アルフレッドは嬉しそうに笑った。
その笑顔は甘く蕩けるようで、オフィーリアは、すうっと血の気が引いた。
あんなふうに笑いかけてもらうのは、自分だけだと思っていたのに――。


