その青は還る 完結
次の日。歌音はメールで歌詞を送ってきた。会いづらいのは分かるが、内容も酷いものだった。俺は頭を抱えたまま、返信に「やり直し」と一言だけ送り、先が長くなることを察した。
そこからは、来る日も来る日もやり直しの連続で、俺は作業員の気分になった。
そしてある日、ついに歌音が個室に入ってきて、俺が振り向くと同時に口を開いた。
「聞きたいんだけど、佐伯さんはあの曲を作った時、どう思ってたの?」
とても真剣な眼差しだった。俺も逸らさずに見ていたが、その話をすることを、少し躊躇った。煙草を口にして、火を点けてから、静かに吐き出した。
「俺は……、大事な人を想って書いた」
「それは……、好きな人……?」
隠すことではないが、思い出してしまうのが嫌だった。
「いや、好きだった人だ」
「ふーん、彼女いたんだ」
興味もないくせに、確信に触れようとするなと言いたかった。
「そういうのはいない」
「わけわかんない。ていうか、説得力ない」
目の前で苛つかれても、俺は宥める役ではない。
「じゃあ、この話はおしまいだ」
「終わってない」歌音は目を据えて続けた。「佐伯さんが求めてるのは言葉の説得力じゃないの? だったら、ちゃんと教えてよ」と声を上げた。
その言葉を聞いて、俺は体を少し前に出すと、長い灰が床に落ちていった。煙草を灰皿に入れ、箱を手にして、膝の上で軽く握った。
「あの曲は、俺にとって、特別なものだ」そう言うと、歌音はただ見つめ返した。
そこで俺は箱を固く握ったが、自分が口にした以上、避けて通れないと、口を開いた。
「……亡くなった母親のことだ」
「ごめんなさい……。そんなつもりじゃ……」
歌音は泣いていたが、俺は他人事のように見ていた。茶化すつもりでも、言い訳でもないことは理解していた。
「分かってる。ただ……、一人にしてほしい」
深く頭を下げて、歌音は個室を静かに去っていった。
手にしていた煙草の箱は歪んでいて、一本取り出してみれば、同じように曲がっていた。
そのまま火を点けて、呼吸をするように吐き出すと、白い煙が立ち上っていった。
不意に開かれてしまった昔の思い出が、朧気に浮かんできた。
反抗期を迎えた俺は遊び歩いて、家に帰らない日のほうが増えていた。それでも毎日のように母は食事を作り、テーブルの上に置いていた。だが、俺はそれを疎ましく見ていた。そして、ある日、母は俺に「食べていきなさい」と言ったが、俺は咄嗟に「うるせぇよ、くそばばぁ」と毒づいた。その瞬間、頬が熱くなって、母の声が響いた。
『何を言ってもいい。食べなくてもいい。でも、帰ってきなさい』
俺はその言葉を耳にしながら家を出た。その次の日に帰ると、家は跡形もなく、黒い煤だらけの瓦礫が幾重にも重なっていた。そこに袈裟を着た父が、呆然と立っていたのが、未だに目に焼き付いていた。
そこからは、来る日も来る日もやり直しの連続で、俺は作業員の気分になった。
そしてある日、ついに歌音が個室に入ってきて、俺が振り向くと同時に口を開いた。
「聞きたいんだけど、佐伯さんはあの曲を作った時、どう思ってたの?」
とても真剣な眼差しだった。俺も逸らさずに見ていたが、その話をすることを、少し躊躇った。煙草を口にして、火を点けてから、静かに吐き出した。
「俺は……、大事な人を想って書いた」
「それは……、好きな人……?」
隠すことではないが、思い出してしまうのが嫌だった。
「いや、好きだった人だ」
「ふーん、彼女いたんだ」
興味もないくせに、確信に触れようとするなと言いたかった。
「そういうのはいない」
「わけわかんない。ていうか、説得力ない」
目の前で苛つかれても、俺は宥める役ではない。
「じゃあ、この話はおしまいだ」
「終わってない」歌音は目を据えて続けた。「佐伯さんが求めてるのは言葉の説得力じゃないの? だったら、ちゃんと教えてよ」と声を上げた。
その言葉を聞いて、俺は体を少し前に出すと、長い灰が床に落ちていった。煙草を灰皿に入れ、箱を手にして、膝の上で軽く握った。
「あの曲は、俺にとって、特別なものだ」そう言うと、歌音はただ見つめ返した。
そこで俺は箱を固く握ったが、自分が口にした以上、避けて通れないと、口を開いた。
「……亡くなった母親のことだ」
「ごめんなさい……。そんなつもりじゃ……」
歌音は泣いていたが、俺は他人事のように見ていた。茶化すつもりでも、言い訳でもないことは理解していた。
「分かってる。ただ……、一人にしてほしい」
深く頭を下げて、歌音は個室を静かに去っていった。
手にしていた煙草の箱は歪んでいて、一本取り出してみれば、同じように曲がっていた。
そのまま火を点けて、呼吸をするように吐き出すと、白い煙が立ち上っていった。
不意に開かれてしまった昔の思い出が、朧気に浮かんできた。
反抗期を迎えた俺は遊び歩いて、家に帰らない日のほうが増えていた。それでも毎日のように母は食事を作り、テーブルの上に置いていた。だが、俺はそれを疎ましく見ていた。そして、ある日、母は俺に「食べていきなさい」と言ったが、俺は咄嗟に「うるせぇよ、くそばばぁ」と毒づいた。その瞬間、頬が熱くなって、母の声が響いた。
『何を言ってもいい。食べなくてもいい。でも、帰ってきなさい』
俺はその言葉を耳にしながら家を出た。その次の日に帰ると、家は跡形もなく、黒い煤だらけの瓦礫が幾重にも重なっていた。そこに袈裟を着た父が、呆然と立っていたのが、未だに目に焼き付いていた。