その青は還る 完結
 個室に入ると、テーブルの上に一枚の紙が置かれていた。それは、ほぼ完成されたものだったが、何箇所か気になるところがあった。すぐに万年筆を取り出し、斜線を引いたところで、人の気配を察したと同時に、声を掛けられた。

「遅い。こんな時間まで遊び歩いて、いいご身分ですね」
 あきれた口調に振り返ると、歌音は棒付きの飴を口にして、疲れた顔を浮かべていた。

「悪かった。先に連絡くらいしてこい」俺はそう言って、紙を差し出した。

「ごもっともです。やっぱり……、そうだと思った……」と歌音は紙を見て呟いた。

 俺は言葉の掛け違いがあったのかと口を開いたが、様子を窺って、口を閉じた。すると、歌音は紙を手にしたまま、ソファーに座った。そこで紙を置いて、ペンを持ってから、口を開いた。

「告白したけど、振られちゃった。就職で遠くに行くから、会えないのは辛いって……」

 そこで、俺は歌詞を思い浮かべて、静かに頷いてみせた。

「分かってたけどさ、実際言われると……、しんどいね」そう言って、歌音は軽く笑い、斜線の上に言葉を綴った。

 その一言が記されると、脳内で音が弾けて、言葉が斜線の上をペンが埋めていくのを目で追いながら、俺は口を開いた。

「まぁ、何事も経験だ」

 そこで、ふと歌音は手を止めて、「寂しいけど、歌詞を書けば紛れるし」と言って笑い、続けて「それに、少しは仕事してもいいかなぁって……、思って」と口にしながら、最後の斜線の上に言葉を綴った。

「……そいつは後悔することになる」軽く鼻息を吹いて俺が言うと、歌音は苦笑いを浮かべて、「佐伯さんらしいね……」と席を立った。

「明日の朝には仕上げる。覚悟しておけ」俺は煙草を口にして、火を点けると、歌音はテーブルの上に新品の飴を何本か置いた。

「じゃあ、木崎に言っておく」歌音はそう言うと、俺の顔を見てきた。

「なんだ」すぐに尋ねると、「その髭、おじさん度が増してるよ」と歌音はあきれた声で言って、「おつかれさまでしたー」と軽い態度で去っていった。

「余計なお世話だ」咄嗟に言ったが、届いてるのかすら分からなかった。

 ただ、残された紙の上には、完成されたものが確かにあった。

 それを手にした瞬間、脳内で音が流れ始めて、俺は席を立った。個室を抜け出し、早足でスタジオを出て、車に乗り込み、自宅に向かった。

 部屋に入ってから、椅子に座って、PCを前に音を落としていった。

 おそらく、これが始まりの合図だった。
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