「女は男よりも馬鹿」と言った婚約者を生態観察していたら、私への溺愛を拗らせていただけでした
ニーア・ファミリアン伯爵令嬢が、デアトロ・ギルジストン伯爵子息と婚約をしたのは7歳の頃だった。

7歳というと、既に物心もしっかりと付いている頃で、その頃には婚約するということが家同士の政略的な繋がりであるということも十分理解していた。
しかし如何せん、男の子の方は女の子よりも成長が遅く、婚約者となったデアトロはまだまだクソガキだった。
この物語は、婚約者の少年よりも少しだけ成長の早いニーア・ファミリアンがひっそりと婚約者の成長を見守り続ける観察記録である。



「おい!お前。こんやくしゃの意味分かってんのか?」

「と、言いますと?」

「ハッ!女は男よりも馬鹿ってことだ!だから俺の言う通りにしていれば────」

(なるほどなるほど。まだ何か仰ってはいるようですが、彼の言いたいことはよく理解致しました)


✤


ニーア・ファミリアンは一月前に紹介されたばかりの『婚約者』と王宮の中庭を散歩していた。

一ヶ月ぶりの再会ではあるが、特に話すことはなく、まずは婚約者の生体を知らなければいけないと脳内メモを片手に思考していた。

それというのも、初対面の時のデアトロ・ギルジストンは、顔を真赤にして頬を膨らませその上終始視線の合わない、明らかに「この縁談に全く乗り気がありません」というのを全面に、それこそ惜しみなくその態度で周囲に知らしめていたからである。

ニーアの両親は困った顔をし、デアトロの両親は「この子ったら、こんなに可愛らしいご令嬢との婚約だから恥ずかしくて仕方がないようですわ」と気の毒なほど取り繕っていた。
色々とデアトロの両親が私に話を振ってくれていたようだが、ニーアは勿論、この不貞腐れた顔をした同い年だと言うのに遥かに年下の幼児のような態度をする小僧に、視線をそらすことなく見つめ続け、頭の中での観察が始まった。

そういった経緯で、お互い、一言も発することなく婚約が成立した。



そして今が2度目の再会。これが少なくとも毎月婚約者同士のお茶会という名目で無事結婚するその日まで続くそうだ。

ニーアとデアトロは領地が隣り合っており、領地と領地の間には大きな川が流れている。その川に架けられた橋が数十年に一度は老朽化のため、修繕工事が入るのだ。
しかし、曽祖父の代でその費用で揉めに揉めたことで、この橋の行き来には通行税が課せられるようになる。加えて修繕は互いの領地側の半分までしかしないと、まるで子供の喧嘩の様な分け方となってしまった。
流石に曽祖父の代が終わり、祖父の代、そして現在、父の代となり、このままいつまでも禍根を残していては領民の為にならないと領主同士が思い至ったようだ。息子たちの代までには、この負の遺産を終わらせようと手を取り合う事となった。
その結果が、この婚約である。

ニーアはそれをよく理解していた。
ニーアの兄は既に貴族院に入学しており、王都で寮に入っているのだが、そちらで婚約者候補として山のように届く釣り書の中から、一人の子爵令嬢と特に交流を深めているらしい。
更にデアトロが嫡男として次期伯爵となるのだが、この時点ではデアトロは一人息子である。つまり、ニーアがデアトロへ嫁ぐ形を取るのが一番綺麗に収まるのだ。

自領の為に避けられない婚約であるならば、目の前の不貞腐れたクソガキと幸せになる未来を考えるべきだと、縁談のその日にそこまで考えた若干7歳の少し大人びた考えを持つニーアだった。



王宮の庭園で薔薇を見ようと手紙が届いたのは、それから2週間後の事だ。

ニーアはその手紙の宛名の字を穴が開くほど見つめてから、銀盆の上に乗せられたレターオープナーをそっと握り、封を切った。
その手紙の文章にさっと目を通し、そしてもう一度上から順にじっくりと読む。三度目は読むというより、字を分析した。

「これは、『婚約者へのお誘い第7巻』24ページ目の”初めてのお誘い~無難編~”での文言ね」

侍女を書庫に向かわせ、『婚約者へのお誘い第7巻』を急ぎ持って来てもらった。そして、24ページを開くと。

(やはり)

間違いなかった。

そう、実のところ予測していたのだ。あの2週間前の縁談当日に穴が開くほどデアトロを見つめて、ついぞ最後まで視線が合うことのなかった彼が次にする行動を。

この本は4年前に兄の部屋を散策中に見つけた代物だった。非常に人気があった為、特に第7巻は何度も重版しているという。
当時、8つ離れた兄の生体を分析していたニーアは、兄の部屋に忍び込みベッドの下で見つけた本を、箒を伸ばして確保した。
紺色にゴールドの美しい詩集のようなカバーに隠されたその中身は、こじらした男子のデートのお誘い文句集というわけだ。

その本を熟読したニーアは、当時既に兄達の参加するお茶会で『氷の貴公子』なんて呼ばれている兄の仮面の中身をようやく理解した。

「男の羞恥の仮面の裏を見てこそ、初めて男女として分かりあえる」

ニーア・ファミリアン 若干4歳で気づいた事だった。



回想を終えると、中庭でデアトロがまた何かごにょごにょ話していた。

「デアトロ様。前回お会いした時のお話の答え合わせを致しましょう。女が男より馬鹿だ、と仰った貴方様の真意が今はっきりと分かりました」

「⋯⋯⋯⋯へっ?」

(おそらくですが、デアトロ様には女が男(自分)より、馬鹿であって欲しい。つまり御しやすい方がいい。そういう意味で仰ったのですわよね)

男は誰もが女よりも理想を掲げて生きたい生物なのだ。これは本能と言ってもいい。今ここで一人の女との将来を決められてしまってはいるが、本来ならば貴族院に入った頃にはもっとモテるはずなのに。
下級生から告白されたり、ひょっとしたら上級生のお姉様から言い寄られることもあるかもしれない。
そんな『可能性』を、幼いうちに全て棄ててしまわねばならない事への言葉に出来ない苛立ちをぶつけるには、本来お門違いな目の前の婚約者が丁度いいのだ。
政略的な問題も、この話を持ってきた両親も、ひとまず横に置いておいて。
目の前にいる会ったばかりの女に分からせてやるほうが、遥かに簡単で、都合がいい。

「でも、それって。 おモテにならなかったら、ただ目の前の、未来の奥さんとの確執を生むだけの発言ですわね」

「⋯⋯⋯⋯あっ、えっ?」

そうなのだ。目の前の少年は、モテなかった時の事を全くと言っていいほど考えず発言してしまった。
誰もが場所を変えれば綺麗な蝶が、当たり前のように自分の周りに集まってくる。という妄想を抱いている。 幼さ故の甘い妄想。しかしながら、そんな都合よく物事は進まない。早合点もいいところだ。
皆が皆貴族院に入っただけで婚約者以外の令嬢から粉をかけられる、なんてことはそうない。
まあ、妄想はいくらでもしていい。しかし、そんなピンク色の妄想を漏れ出すのだけはいけない。後で現実を見た時に恥ずかしくて布団を頭まで被って出てこれなくなってしまうのは、妄想を撒き散らした当の本人なのだ。

「未来のことは誰にも分かりえません。ただ、妄想だけに留めておかれるのが、デアトロ様にとって布団から出てこれなくなる事態を食い止められる唯一だと思いますわ」

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯あ⋯⋯⋯⋯ああ⋯⋯⋯⋯わかった⋯⋯⋯⋯?」

「では、お茶の用意が整ったようですので。サロンへ向かいましょう」

「そ、そうだな」

その後は一言もお話にならず、お茶とお菓子を楽しんで御暇した。



それからも同じ様な事は、度々あった。

「おい、こ、今度、街の図書館に行くつもりだ! お前も、連れて行くから────」

「それはおやめになったほうが良いと思いますわ。本来、自室の本棚は自分の思考が丸見えですもの。どんな本を読むかでも、恥ずかしいその思考がダダ漏れております。親と婚約者には絶対に見られてはいけませんわ」

「ん?」

「ですので、詮索するつもりは御座いませんが、お一人で。人払いをして。こっそりと。夜中に読むのが最善だと思います」

「────っ???⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯そ、そうなのか?」


✤


「お、おい!ニーア!貴族院に入ったらタウンハウスから貴族院に通うのかっ? だ、だったら迎えに行ってやっても────」

「デアトロ様。是非とも寮にお入り下さいませ。男子寮でしか知り得ない貴重な仲間と知り合えるチャンスです。タウンハウスですと、どうしてもご両親のお耳に入れたくないことも入ってしまうことでしょう。
折角の機会ですから思う存分、御学友と痛い話をご披露下さいまし。後に黒歴史となっても、今は光り輝く青春の1ページです。恥ずかしさに身悶えするのは、せいぜい10年後ですし、なんでしたら、同士も同じ轍を踏む仲間となります。
きっと、お互いなかったことにしてふわっと避けてくださるでしょう」

「────んんん??? ⋯⋯⋯⋯わ、かった?」



あれからも交流という名の分析を続けた。

貴族院に入り、初めて会った時から既に8年が経っていた。

婚約者同士は同じクラスになることがないニーアの元へ、ちょこちょこと顔を出しにくるデアトロへのニーアの観察はまだ続いていた。

(色々と分かってきたこともありますが────)

わざわざ2階も上へ上がらないといけないニーアの教室に休憩の度にやって来ては、何故かニーアに近づいてくる男子生徒を睨みつけて怖がられている。

(そっち方面でしたか)

おそらくは、やんちゃな俺方面へ方向転換したと思われる。アウトローがカッコいいと思うお年頃というわけか。

「デアトロ様」

「んんっ?なんだ、ニーア♪」

「そっちもそっちで、数年後には髪を毟りたくなる程込み上げて来ますわよ」

「うん、いつも通り意味不明だな。ニーアは♪」

どちらにしても、婚約者として支えていくことには変わりない。
10代はまだまだこじらし続けるのだ。そっと観察していこう、とニーアは改めて心に誓うのだった。



✤デアトロside

その女の子を見たのは、7歳を過ぎた頃だった。

俺が産まれた時、産後の肥立ちの悪かった母を気遣って、7歳になるまで王都にあるタウンハウスで過ごしていた。
勿論、定期的に領地のある邸には戻っていたが、正直な所、華やかな王都に比べると別段刺激のある土地ではなかったし、そこには友人もいなかったので早く王都に帰りたいとさえ思っていた。

田舎の空気が合ったのか、母はすっかり健康を取り戻し、俺にも早く戻ってきてほしいと懇願されていた。

そんな折、領地にも楽しい場所があると、母が街に連れて行ってくれた。

通りを歩いていると、侍女らしき女性を連れて焼き菓子の屋台の側でベンチに腰を掛ける女の子に、目が釘付けになった。

決して都会の女の子たちの様に洗練された華やかさがあるわけではない。
しかし、白に近いブロンドの髪に、色素の薄い薄緑色の瞳。ほんのり赤みのある頬。透き通るように白い肌のその女の子を見た瞬間、心臓を太い杭で打ち込まれたように大きく跳ねた。

その女の子こそ、ニーア・ファミリアン伯爵令嬢。その人だった。

彼女は、今まで出会ったどんな人よりも、纏う雰囲気が儚げで、そして美しかった。
まるで森を抜けた先に広がった花畑の様に、そこだけ違う空気が流れていた。

ニーア・ファミリアンは手に持った紙に包まれた焼き菓子を食べるでもなく、隣で菓子を注文する若い男女をじっと見つめていた。
しばらくして、菓子を受け取った男女がはにかみながら去っていくのを目を細めて見送る。
そしてゆっくりと口を開いて、彼女はこう言ったのだ。

「あの男性はきっと、第2巻を熟読しておりますわ」

何の事かは分からないが、とにかく声までも可愛かった。

ニーア・ファミリアンに釘付けになった俺の様子に気づいた母が、ふと声を漏らした。

「あら。ニーア・ファミリアン伯爵令嬢だわ。彼女はお隣の領地の領主様のご令嬢よ」

今にして思えば、俺の表情を見て母が察していたのだろう。あれよあれよと、ニーア・ファミリアンとの縁談が纏められた。

だが、当然彼女は俺の事を知らない。

顔合わせ前日から、極度の緊張で、思考がおかしな方向へと振り切っていた俺は、最悪な形で再会を果たした。
彼女に気に入られたいと必死に取り繕って失敗した、あの頃の俺を殴りたい。

「おい!お前。こんやくしゃの意味分かってんのか?」

今日は婚約の顔合わせだと分かってて、この場に来てくれたのか?

「と、言いますと?」

「ハッ!女は男よりも馬鹿ってことだ!だから俺の言う通りにしていれば⋯⋯⋯⋯俺がお前を誰よりも幸せにしてやる⋯⋯⋯⋯」

俺の婚約者になれば、幸せになる。と言いたかっただけなのに、余計な一言を言ってしまった。

決して、女は男よりも劣ると言いたかったわけではない。ただ、俺には特に誇れるものがない。爵位を継いで伯爵になると言ったって、ただ幸運にも、俺が嫡男だったってだけだ。
俺の持っているものと言えば、王都での暮らしが長かった事で多少流行りに詳しいと言うくらいだ。

けど、俺を選んでくれたら絶対に、誰よりも幸せにする。

それだけは自信を持って言えた。

が、悪手だったのだと、その後の両親の慌てた言動で思い知った。

互いの両親は困惑した表情だったが、ニーア・ファミリアンは、明らかにやらかして彼女から顔を背けてしまった俺を、無言のまま見つめ続けていた。

しかし、今回の縁談は俺のたっての希望だったので、彼女の御両親は帰宅後、デアトロの言動はただの照れ隠しだとフォローをしてくれたようで、なんとか纏った。


そうして二度目でデートをすることとなる。

これまた一週間、何度も何度も書き直して出した手紙だったのだが、彼女からの返事はあっさりしたものだった。

『承知いたしました。当日、王宮の中庭でお待ちしております。』

本意とも不本意とも言えない、そっけない返事に少し落ち込んだ。
王都には詳しい自信があったので、迎えに行って、馬車の中では王都の名所を色々話してあげようと。出来ることならその流れで、次のデートを決めてしまおうとまで考えていたのだ。

しかし、隣の領地だと言うのに、お互い別々の馬車で王都まで行き、わざわざ王宮で待ち合わせするとは。やはり警戒されているのか。やっぱり少し落ち込んだ。

当日、王宮の美しく咲き誇る薔薇の中でニーア・ファミリアンを見つけた俺は、不整脈を起こした。
贅沢に植えられた真紅の薔薇に囲まれた彼女は、まるで薔薇を侍らす妖精の姫のようで、もう一度惚れてしまった。一体何度惚れ直せば良いのだ。

何か話さねばと、全体的に色素の薄い彼女によく似合う菫色のドレスを「それ、良いのではないか?」と褒めてみたり、今日、俺に会うために結い上げた髪が陽の光に透けて美しかったので「光ってるな」と言ってみたのだが、彼女はあの縁談の席の時のように、ただじっと俺の目を見つめていた。

そんな彼女の口から、あの時の俺の失言が飛び出してきて、狭い壁と壁の間に挟まって身動きが取れないようで、思わず息を呑んだ。きっと許してくれていないのだ、と。

「デアトロ様。前回お会いした時のお話の答え合わせを致しましょう。女が男より馬鹿だ、と仰った貴方様の真意が今はっきりと分かりました」

「⋯⋯⋯⋯へっ?」

真意────。あの時の言葉の意味は純粋に、君を幸せに出来るのは俺だけだと。

「でも、それって。 おモテにならなかったら、ただ目の前の、未来の奥さんとの確執を生むだけの発言ですわね」

「⋯⋯⋯⋯あっ、えっ?」

モテ?そういう話だったか?

「未来のことは誰にも分かりえません。ただ、妄想だけに留めておかれるのが、デアトロ様にとって布団から出てこれなくなる事態を食い止められる唯一だと思いますわ」

ん?俺の事を案じてくれているようだが、一体────?

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯あ⋯⋯⋯⋯ああ⋯⋯⋯⋯わかった⋯⋯⋯⋯?」

全く言っている意味が分からない。しかし、そのまま答えてしまうと余計に拗れるような気がしたので、無難な返事を返しておいた。もしかしたら俺は、あの時の『やらかし』の衝撃のせいで、一部記憶が書き換えられているのだろうか?

その後はお茶の席で、フルーツティーとチョコレートを食べたのだが全く味がしなかった。

再び別々の馬車に乗り込んで領地へと戻った俺は、考えても仕方がないと思考を放棄し、次の茶会でデートの約束を取ろうと気合を入れ直した。

「おい、こ、今度、街の図書館に行くつもりだ! お前も、連れて行くから、その、デ、デートをするぞっ」

街の図書館は王都のそれには劣るものの、小さな個室も有り、二人で本を読みながら意見を交わすのも良いのではと考えた。ニーアと二人、静かな空間で肩を並べる。想像するだけで、悪くない誘いのはずだった。

「それはおやめになったほうが良いと思いますわ。本来、自室の本棚は自分の思考が丸見えですもの。どんな本を読むかでも、恥ずかしいその思考がダダ漏れております。親と婚約者には絶対に見られてはいけませんわ」

本棚? 思考? 誘ったのは図書館であって、俺の部屋ではないのだが。

「ん?」

「ですので、詮索するつもりは御座いませんが、お一人で。人払いをして。こっそりと。夜中に読むのが最善だと思います」

夜中に、一人で、人払いをして────まるで密談の手口だ。俺は一体何を読まされようとしているんだ。

「────っ???⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯そ、そうなのか?」

またしても俺は何かを間違えたのか?



しかし毎月の婚約者としての茶会を通して、少しずつだが会話が増えていった。

「お、おい!ニーア!貴族院に入ったらタウンハウスから貴族院に通うのかっ? だ、だったら迎えに行ってやってもいいのだが、よければ一緒にどうだっ」

送り迎えぐらい、婚約者としては当然の権利のはずだ。そう思っていたのだが。

「デアトロ様。是非とも寮にお入り下さいませ。男子寮でしか知り得ない貴重な仲間と知り合えるチャンスです。タウンハウスですと、どうしてもご両親のお耳に入れたくないことも入ってしまうことでしょう」

────待て、俺は寮になど入りたくない。お前と過ごす時間の話をしていたはずだ。

「折角の機会ですから思う存分、御学友と痛い話をご披露下さいまし。後に黒歴史となっても、今は光り輝く青春の1ページです。恥ずかしさに身悶えするのは、せいぜい10年後ですし、なんでしたら、同士も同じ轍を踏む仲間となります。
きっと、お互いなかったことにしてふわっと避けてくださるでしょう」

何故もう、黒歴史になる前提で話が進んでいるんだ────。いや、そもそも何の話をしているんだ?

「────んんん??? ⋯⋯⋯⋯わ、かった?」

相変わらずニーア・ファミリアンの思考は読めないが、ともあれこうして過ごすうちに、俺の言い方では何も伝わらないのだと学んだ。




────それから数年後。

お互い貴族院の寮から貴族院へ通うようになったのだが、学舎では学業も当然だが学生のうちから貴族間の交流も大切とのおかしな方針によって、婚約者同士は同じクラスにはなれないという。
お陰でニーア・ファミリアンとは18の成人となって卒業するまで、同じ講義を受ける時以外は、共に授業を受けることが出来ない。全くもって腹立たしい。むしろ卒業して直ぐにでも結婚するつもりなのだから、それまでにもっと婚約者の事を知る機会を増やすべきだろう。

そんな俺の想いとは裏腹に、貴族院に入ってからの俺は、何故かその他の令嬢達から秋波を送られるようになっていた。

少しでもニーア・ファミリアンに良いところを見せたいとの想いから騎士科に進んだのだが、これがどうやら性に合っていたらしく、鍛えれば鍛えるほど筋力はつき、背は伸びた。
元々顔は悪くないと思っていたのだが、剣技の方も上級生に打ち勝つほど腕を上げていった。

しかし、他の令嬢を喜ばせるために鍛えたのではない。全てニーア・ファミリアンに俺だけを見てもらう為にやったことなのだ。

そんな彼女は、特進クラスに進んでいる。
騎士科の馬鹿な男共は、あまり表情を変えないのに時々微笑んでいる彼女を「淑女の中の淑女」だとか「白薔薇の君」だとか俺のニーアに勝手な二つ名を付けは騒いでいやがる。

騎士科はまだいい。時々見かける程度で騒いでいるのだから。
だが、同じ特進クラスの男共は、毎日俺のニーアを側で見ているのが腹立たしくて仕方がない。

案の定毎時間休憩の度に彼女のクラスを尋ねると、鼻の下を伸ばした男共が彼女に話しかけようとしているので牽制しておこう。

「デアトロ様」

「んんっ?なんだ、ニーア♪」

ああ、今日も俺のニーアは可愛い。

「そっちもそっちで、数年後には髪を毟りたくなる程込み上げて来ますわよ」

「うん、いつも通り意味不明だな。ニーアは♪」

相変わらずニーア・ファミリアンの思考は読めないが、俺のことを思って言ってくれていることだけはわかる。

それに、無表情でいつも何かを考えているような彼女が時々微笑んでいる先には、いつも俺がいる事を俺だけは知っている。
いつか彼女に聞いてみようか。少しだけでも君の考えがわかるように。

────その願いが叶った時、自分がどれほどの衝撃と共に布団の住人となるか。この時のデアトロは、まだ知らない。

FIN
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