恋愛結婚したいだけなのに。
俺たちってまだ若いよな?
「俺たち、30歳までに結婚してなかったら結婚しちゃう?(笑)」
電話越しに聞こえた優斗の声は、半分冗談で半分本気だった。
映画やドラマならロマンチックな場面なのかもしれないが、私の胸に込み上げたのは、救いようのない惨めさだった。
そもそも、30歳までには、いや、遅くても20代後半までには、2、3年付き合った彼氏と結婚しているはずだった。
世の中の大多数の人間がそうであるように、自分も当たり前にその道を歩むものだと思っていた。
*
私には同じ高校、同じ大学に通う優斗という男友達がいた。仲は良かったが、お互い恋愛感情はなかった。
優斗は私の友人と付き合ったことがあったし、これまで私にアプローチしてきたことは一度もない。もちろん、私も彼を恋愛対象として見たことはなかった。
優斗は話が面白く、見た目も悪くなかったので、学生時代には何人かと交際していた。少しチャラい一面もあったが、学業は優秀で、就活では誰もが知る大手インフラ企業から内定を得ていた。
一方の私はというと、どこか理想が高く、人を好きになりにくい性格だった。大学時代に唯一本気で好きになった相手と付き合ったものの、交際から半年ほどで振られた。
その後は恋人ができることはなく、そのまま学生時代を終えた。
当時の私は、囲みアイメイクに茶色く染めた巻き髪、デニムのショートパンツにニーハイブーツを合わせた、いわゆる平成ギャルだったため、彼氏がいないと愚痴ると決まって周囲から驚かれた。
それでも焦りはなかった。
見た目は悪くないと思うし、そこそこの企業から内定をもらっている。巷では街コンという名の大規模な合コンが流行り始めていたし、社会人になれば腐るほど出会いがあるだろう。
そう信じて疑わなかった22歳の私たちは
「社会人になったらめちゃくちゃ合コンしよう!」と固く約束を交わし、社会人への第一歩を踏み出した。
入社後、同期たちと研修を終えた後、地元の支社に配属された。同期とは入社前から交流していたが、恋愛に発展しそうな相手はいなかった。加えて、配属先の部署には女性と年配の男性しかいなかったため、少し期待していた社内恋愛を早々に諦めた。
仕事に少しずつ余裕が出始めた頃、優斗から短いLINEが届いた。
『クラブ行こう!!!』
手慣れた優斗に連れられ、私は都心にある有名なクラブへ足を踏み入れた。そこには非日常空間が広がっていた。地方にあるこじんまりとした箱よりも、ずっと華やかでオシャレな人が多かった。
EDMの重低音が床から身体の奥まで響き渡り、高揚感で胸が躍った。フロアでは若い男女がお酒を片手に狂ったように身体を揺らしている。早速、優斗はナンパに出かけていった。私も何人かの男性から声をかけられたが、どれも軽そうな男ばかりでタイプではなかった。
夜が更けるにつれ、アルコールと眠気で意識がぼんやりとしてきた頃、優斗がふいに口を開いた。
「朱音、俺たちってまだ若いよな?」
「若いでしょ」
あの言葉の裏には、社会という大海原に放り出されたことへの漠然とした不安と、老いへの恐怖が滲んでいた。
そんなとき、フロアにAviciiの『Wake Me Up』が流れ始める。熱気が最高潮に達し、地鳴りのような歓声が湧き上がる。
「前行こう」
私と優斗は最前列で、意識朦朧としたまま音に身を委ねていた。これからきっと、楽しくてキラキラした社会人生活が始まる。
そう信じていた。
気がつくと、私と優斗は手を繋いでいた。
そこに恋愛の高揚感は一切ない。
けれど、友達同士とも少し違う、不思議な一体感があった。
翌日、優斗からいつも通りのLINEが届いた。昨夜の件には一切触れていない。
私も触れなかった。
俺たちの間に恋愛感情なんてない。
あれはそう互いに確認し合うための儀式だったのだろう。
「合コンしよ!4対4で!」
数週間後、優斗からの提案で、彼の会社の同期たちと合コンをすることになった。優斗の会社名を出すと、女子たちの食いつきは良かった。
今度こそと期待して臨んだが、結果は惨敗。ありかもと思った男性は私に興味を示さず、翌日連絡をくれたのは全く好みではない男性だった。
さらに数週間後、合コンに参加していた中学時代の友人から、コンパの参加者と交際することになったと報告を受けた。
『おめでとう♡また話聞かせて!』
LINEの返信を送ると、もう彼女を飲み会に誘えなくなるという強烈な寂しさに襲われた。
だが、その合コンには1つ収穫があった。
中学時代の友人が連れてきた麻美と親しくなったことだ。中学生の頃、麻美とは同じ学校に通っていたが、友人グループは違っていた。当時は話しかけてもどこか素っ気なく、私に興味がなさそうだった。
そのため、こうして大人になってから親しくなれたことが素直に嬉しく、私は麻美を熱心に飲み会に誘い交流を深めた。
そんなある日、彼女から「実は優斗君のことが気になっている」と打ち明けられた。人をすぐ好きになれる彼女の才能が羨ましかった。
後日、優斗と2人きりになる機会があったので、探りを入れてみた。
「麻美のことどう思う?」
「いや、無理」
迷いもなく即答された。
「え?なんで?」
「品がない」
そう冷たく言い放った。
私は「そっか」と答え、その事実を麻美に伝えることはできなかった。
それから、麻美と食事に行くたびに、彼女の口からはデート相手の愚痴が溢れた。
「この前、合コンでLINE交換した男とデートしたんだけど、迎えに来た車がダサくて無理だった」
「どんな車?」
「白のプリウス」
「全然いいじゃん!」
「無理無理。ださすぎ。あとさ、先月の飲み会にいたマッシュ男いたじゃん。話は楽しいんだけど、服がキモくてさ」
最初は楽しく聞いていたが、ふと気がついた。そういえば、彼女は私がどんな日々を過ごしているのかを尋ねてこない。
自分が聞き役ばかりになっていると気づいた時、彼女が私と親しくするようになった理由が分かった。私の周りにいる「スペックの良い男たち」に興味があるのだろう。中学生の頃と何も変わっていない。
そうして、私は彼女と距離を置いた。LINEの返信を素っ気なくすると、次第に彼女からの連絡も途絶え自然と疎遠になった。
20代半ばの週末は、クラブ、合コン、相席屋、街コンで埋め尽くされた。
毎週のように初対面の男性と出会い、LINEの連絡先は顔も名前も思い出せない男性たちのアイコンで埋め尽くされていった。そのほとんどが好みではない人たちで、中にはほんの数人だけ好きになれそうな人がいたが、結局うまくいかなかった。
あれ、これ、無理ゲーでは?
薄々そう感じるようになった。
ただでさえ人を好きになることが珍しい自分にとって、社会人の形式化された出会いは相性が悪かった。
飲み会や街コンで出会う男性の数は確かに多い。だが、限られた時間の中で好きになれる相手がいる確率は驚くほど低く、その低い確率を突破したとしても、今度は相手も自分を好きになってくれるとは限らない。そこへさらに、自分の譲れない結婚の条件まで加わるのだ。
そう考えると、恋愛結婚が成立することは天文学的な確率のような気がした。
世の中にいる両想いの夫婦が奇跡の賜物に見える。それでも、刻一刻と若さを消耗していく中で、立ち止まっている時間などなかった。
20代半ばに、焦りから付き合った男性がいた。彼とは街コンで出会い、何度かデートを重ねた後に交際することとなった。
身長が高く、大企業勤務。
条件は悪くないが、好きにはなれなかった。
顔、服装、言葉遣い、ノリ、気遣い、音楽の趣味、好きなお笑い。
何か違う。何か好きになれない。
交際中、私は最低なことを考えていた。
「この人と付き合いながら、もっと本気で好きになれる人が現れたら乗り換えよう」と。
しかし数ヶ月後、彼から「他に好きな人ができた」とあっさり振られた。キープしていたつもりで、キープされていたのは自分だった。
そんなある日、友人からある噂を耳にする。
優斗と麻美が頻繁に会っているらしい。
彼はあれほど「無理」と言い切っていたのに、と驚き戸惑った。
後日、高校の友人グループで飲む機会があった。久しぶりに見る優斗の左手首には、高級時計が鈍い光を放っている。
「最近どう?麻美と会ってるみたいだけど」
「ああ、あいつはセフレ」
優斗は電子タバコをふかしながら、悪びれる様子もなく答えた。
「俺、今、彼女5人いるから」
「え?」
「前、婚活で出会った女と付き合ったけど、好きになれなくてすぐ別れた。また一から探し直し。時間の無駄なんだよ」
彼はこう続けた。
「婚活は就活と一緒だろ。保険をかけておかないとな」
学生時代の優斗は彼女ができると一途だったため、その変貌ぶりに驚いた。淡々と語る彼の姿に得体の知れない不気味さを覚える。
しかし、それが残酷なまでに合理的であることにも気がついてしまった。自分だって、かつて恋人がいながら他の男を探そうとしていたではないか。
保険をかける優斗、友人を利用する麻美。
私も彼らと同類だ。
この戦争を生き残るためには、優斗の合理性、麻美のような図太さが必要なのかもしれない。限られた時間の中で勝者になるためには、どんな手段も悪ではないように思われた。
電話越しに聞こえた優斗の声は、半分冗談で半分本気だった。
映画やドラマならロマンチックな場面なのかもしれないが、私の胸に込み上げたのは、救いようのない惨めさだった。
そもそも、30歳までには、いや、遅くても20代後半までには、2、3年付き合った彼氏と結婚しているはずだった。
世の中の大多数の人間がそうであるように、自分も当たり前にその道を歩むものだと思っていた。
*
私には同じ高校、同じ大学に通う優斗という男友達がいた。仲は良かったが、お互い恋愛感情はなかった。
優斗は私の友人と付き合ったことがあったし、これまで私にアプローチしてきたことは一度もない。もちろん、私も彼を恋愛対象として見たことはなかった。
優斗は話が面白く、見た目も悪くなかったので、学生時代には何人かと交際していた。少しチャラい一面もあったが、学業は優秀で、就活では誰もが知る大手インフラ企業から内定を得ていた。
一方の私はというと、どこか理想が高く、人を好きになりにくい性格だった。大学時代に唯一本気で好きになった相手と付き合ったものの、交際から半年ほどで振られた。
その後は恋人ができることはなく、そのまま学生時代を終えた。
当時の私は、囲みアイメイクに茶色く染めた巻き髪、デニムのショートパンツにニーハイブーツを合わせた、いわゆる平成ギャルだったため、彼氏がいないと愚痴ると決まって周囲から驚かれた。
それでも焦りはなかった。
見た目は悪くないと思うし、そこそこの企業から内定をもらっている。巷では街コンという名の大規模な合コンが流行り始めていたし、社会人になれば腐るほど出会いがあるだろう。
そう信じて疑わなかった22歳の私たちは
「社会人になったらめちゃくちゃ合コンしよう!」と固く約束を交わし、社会人への第一歩を踏み出した。
入社後、同期たちと研修を終えた後、地元の支社に配属された。同期とは入社前から交流していたが、恋愛に発展しそうな相手はいなかった。加えて、配属先の部署には女性と年配の男性しかいなかったため、少し期待していた社内恋愛を早々に諦めた。
仕事に少しずつ余裕が出始めた頃、優斗から短いLINEが届いた。
『クラブ行こう!!!』
手慣れた優斗に連れられ、私は都心にある有名なクラブへ足を踏み入れた。そこには非日常空間が広がっていた。地方にあるこじんまりとした箱よりも、ずっと華やかでオシャレな人が多かった。
EDMの重低音が床から身体の奥まで響き渡り、高揚感で胸が躍った。フロアでは若い男女がお酒を片手に狂ったように身体を揺らしている。早速、優斗はナンパに出かけていった。私も何人かの男性から声をかけられたが、どれも軽そうな男ばかりでタイプではなかった。
夜が更けるにつれ、アルコールと眠気で意識がぼんやりとしてきた頃、優斗がふいに口を開いた。
「朱音、俺たちってまだ若いよな?」
「若いでしょ」
あの言葉の裏には、社会という大海原に放り出されたことへの漠然とした不安と、老いへの恐怖が滲んでいた。
そんなとき、フロアにAviciiの『Wake Me Up』が流れ始める。熱気が最高潮に達し、地鳴りのような歓声が湧き上がる。
「前行こう」
私と優斗は最前列で、意識朦朧としたまま音に身を委ねていた。これからきっと、楽しくてキラキラした社会人生活が始まる。
そう信じていた。
気がつくと、私と優斗は手を繋いでいた。
そこに恋愛の高揚感は一切ない。
けれど、友達同士とも少し違う、不思議な一体感があった。
翌日、優斗からいつも通りのLINEが届いた。昨夜の件には一切触れていない。
私も触れなかった。
俺たちの間に恋愛感情なんてない。
あれはそう互いに確認し合うための儀式だったのだろう。
「合コンしよ!4対4で!」
数週間後、優斗からの提案で、彼の会社の同期たちと合コンをすることになった。優斗の会社名を出すと、女子たちの食いつきは良かった。
今度こそと期待して臨んだが、結果は惨敗。ありかもと思った男性は私に興味を示さず、翌日連絡をくれたのは全く好みではない男性だった。
さらに数週間後、合コンに参加していた中学時代の友人から、コンパの参加者と交際することになったと報告を受けた。
『おめでとう♡また話聞かせて!』
LINEの返信を送ると、もう彼女を飲み会に誘えなくなるという強烈な寂しさに襲われた。
だが、その合コンには1つ収穫があった。
中学時代の友人が連れてきた麻美と親しくなったことだ。中学生の頃、麻美とは同じ学校に通っていたが、友人グループは違っていた。当時は話しかけてもどこか素っ気なく、私に興味がなさそうだった。
そのため、こうして大人になってから親しくなれたことが素直に嬉しく、私は麻美を熱心に飲み会に誘い交流を深めた。
そんなある日、彼女から「実は優斗君のことが気になっている」と打ち明けられた。人をすぐ好きになれる彼女の才能が羨ましかった。
後日、優斗と2人きりになる機会があったので、探りを入れてみた。
「麻美のことどう思う?」
「いや、無理」
迷いもなく即答された。
「え?なんで?」
「品がない」
そう冷たく言い放った。
私は「そっか」と答え、その事実を麻美に伝えることはできなかった。
それから、麻美と食事に行くたびに、彼女の口からはデート相手の愚痴が溢れた。
「この前、合コンでLINE交換した男とデートしたんだけど、迎えに来た車がダサくて無理だった」
「どんな車?」
「白のプリウス」
「全然いいじゃん!」
「無理無理。ださすぎ。あとさ、先月の飲み会にいたマッシュ男いたじゃん。話は楽しいんだけど、服がキモくてさ」
最初は楽しく聞いていたが、ふと気がついた。そういえば、彼女は私がどんな日々を過ごしているのかを尋ねてこない。
自分が聞き役ばかりになっていると気づいた時、彼女が私と親しくするようになった理由が分かった。私の周りにいる「スペックの良い男たち」に興味があるのだろう。中学生の頃と何も変わっていない。
そうして、私は彼女と距離を置いた。LINEの返信を素っ気なくすると、次第に彼女からの連絡も途絶え自然と疎遠になった。
20代半ばの週末は、クラブ、合コン、相席屋、街コンで埋め尽くされた。
毎週のように初対面の男性と出会い、LINEの連絡先は顔も名前も思い出せない男性たちのアイコンで埋め尽くされていった。そのほとんどが好みではない人たちで、中にはほんの数人だけ好きになれそうな人がいたが、結局うまくいかなかった。
あれ、これ、無理ゲーでは?
薄々そう感じるようになった。
ただでさえ人を好きになることが珍しい自分にとって、社会人の形式化された出会いは相性が悪かった。
飲み会や街コンで出会う男性の数は確かに多い。だが、限られた時間の中で好きになれる相手がいる確率は驚くほど低く、その低い確率を突破したとしても、今度は相手も自分を好きになってくれるとは限らない。そこへさらに、自分の譲れない結婚の条件まで加わるのだ。
そう考えると、恋愛結婚が成立することは天文学的な確率のような気がした。
世の中にいる両想いの夫婦が奇跡の賜物に見える。それでも、刻一刻と若さを消耗していく中で、立ち止まっている時間などなかった。
20代半ばに、焦りから付き合った男性がいた。彼とは街コンで出会い、何度かデートを重ねた後に交際することとなった。
身長が高く、大企業勤務。
条件は悪くないが、好きにはなれなかった。
顔、服装、言葉遣い、ノリ、気遣い、音楽の趣味、好きなお笑い。
何か違う。何か好きになれない。
交際中、私は最低なことを考えていた。
「この人と付き合いながら、もっと本気で好きになれる人が現れたら乗り換えよう」と。
しかし数ヶ月後、彼から「他に好きな人ができた」とあっさり振られた。キープしていたつもりで、キープされていたのは自分だった。
そんなある日、友人からある噂を耳にする。
優斗と麻美が頻繁に会っているらしい。
彼はあれほど「無理」と言い切っていたのに、と驚き戸惑った。
後日、高校の友人グループで飲む機会があった。久しぶりに見る優斗の左手首には、高級時計が鈍い光を放っている。
「最近どう?麻美と会ってるみたいだけど」
「ああ、あいつはセフレ」
優斗は電子タバコをふかしながら、悪びれる様子もなく答えた。
「俺、今、彼女5人いるから」
「え?」
「前、婚活で出会った女と付き合ったけど、好きになれなくてすぐ別れた。また一から探し直し。時間の無駄なんだよ」
彼はこう続けた。
「婚活は就活と一緒だろ。保険をかけておかないとな」
学生時代の優斗は彼女ができると一途だったため、その変貌ぶりに驚いた。淡々と語る彼の姿に得体の知れない不気味さを覚える。
しかし、それが残酷なまでに合理的であることにも気がついてしまった。自分だって、かつて恋人がいながら他の男を探そうとしていたではないか。
保険をかける優斗、友人を利用する麻美。
私も彼らと同類だ。
この戦争を生き残るためには、優斗の合理性、麻美のような図太さが必要なのかもしれない。限られた時間の中で勝者になるためには、どんな手段も悪ではないように思われた。