嗚呼、愛しのアフロディーテ
「最期の思い出に、抱き締めてくれませんか?」

「…………はい?」


たっぷり十秒は固まったと思う。

待って、坂本くんはなんて言った?


さいごの思い出に、抱き締めてくれませんか?


「え、坂本くん引っ越しするの?」
「いいえ」
「じゃあ、なんでさいごって……」


それは、私を好きでいることを諦めるとか……。

そういう意味での『さいご』?


「帰ったら死のうと思っているので」


まるで、コンビニでお菓子を買う、それくらいの軽さで言う坂本くん。

長い前髪で表情はよくわからないけど、静かで、穏やかで。決して冗談なんかじゃなくて。


言っていることが本気だって、伝わってきた。


「だ、だめだよそんなの……!」


私は思わず叫ぶように言ってしまった。

それでも坂本くんは驚くくらい落ち着いていて、ゆっくりと首を振る。


「もう、決めたことなので」
「そ、そんな……」
「お願いします。僕のことを思ってくれるのなら、止めずに一度だけ抱き締めてください」

「むっ、無理!そんなの出来ない!」


私も首を思いっきり振って拒否する。

当たり前だ。
だって、私が坂本くんを抱き締めたら──。


それを思い出にして死んでしまうんだから。
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