恋と焦燥のロードマップ
ドキドキしていないわけじゃない。ただそれは、大好きな親友とこれから面白い映画を観るという、純粋なエンターテインメントへの期待のそれによく似ていた。
「じゃあ、中に入ろうか。パンフレット、買う?」
「もちろん! 批評部の元部員として、そこは義務でしょ」
クスクスと笑い合いながら、俺たちは売店でパンフレットと、シアター用のブレンドコーヒーを二つ買った。
開場を告げるアナウンスが流れ、薄暗いシアター内へと足を踏み入れる。
傾斜の急な座席の、中央より少し後ろの席に、俺たちは並んで腰を下ろした。
館内の照明がゆっくりと落ち、シアターが完全に暗闇に包まれる。
やがて、スクリーンに鮮やかな光が走り、静かなピアノの旋律がスピーカーから流れ出した。高校時代、雨の部室で有線のイヤホンを分け合って聴いた、あの懐かしいサントラだ。デジタルリマスターされた音響は驚くほどクリアで、まるで当時の埃っぽい部室の空気までが、この広いシアターに再現されていくような錯覚を覚えた。
上映が始まってすぐ、俺は隣の気配に意識を向けた。
高校時代の美月は、映画を観ている間、とにかくよく喋るやつだった。
当時は部員が俺と二人の私的な空間だったからというのもあるが、彼女は少しでも心が動いたシーンがあると、「いまのカット、最高じゃない?」とか「この伏線、絶対あとで回収されるよ」と、嬉しそうに俺の袖を引っ張ってきたものだ。暗闇の中で、モニターの光に照らされてくるくると変わる彼女の瞳を、俺は映画そのものよりも熱心に盗み見ていた。
だから俺は、今日も美月が、あの頃のように「ねえ、拓也」と耳元で囁いてくるのではないかと、どこかで身構えていた。もしそうなったら、映画館のルール違反だぞ、と苦笑いしながら窘めてやろう――そんなセリフまで用意していたのだ。
けれど、上映開始から三十分が過ぎ、一時間が経っても、隣の美月が声を上げてくることはなかった。
ふと横顔を盗み見ると、美月は背筋をまっすぐに伸ばし、静かにスクリーンを見つめていた。
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