恋と焦燥のロードマップ
第一章【交差点のシグナル】

【過去の影】

スマートフォンが手のひらの中で短く震えるたびに、胃のあたりがチリリと焼けるような感覚がした。
金曜日の午後八時。居酒屋の喧騒と換気扇の油臭い風が通りに噴き出す駅前を、俺は早足に通り過ぎる。同期の結婚祝いの三次会。主役の男が「拓也も早くこっち側に来いよ」と、悪気のない笑顔で俺の肩を叩いたあの瞬間の、あの妙に冷めた空気感が耳の奥に残っていた。
今年で二十九歳のなる。
メーカーの営業職としてそれなりの数字を任されるようになり、仕事は充実していると聞こえはいい。だが、平日は終電間際までデスクに齧り付き、土日は泥のように寝るように眠るだけの生活を繰り返すうちに、気がつけば二十代の終わりがすぐそこまで迫っていた。周囲を見渡せば、SNSのタイムラインは結婚報告や赤ん坊の写真で埋め尽くされている。『そろそろ誰かいないと、人間として何か欠陥があるように思われるんじゃないか』。そんな得体の知れない焦燥感に背中を押されるようにして、一ヶ月前、俺はスマートフォンの画面にあのアプリをダウンロードした。
『真面目にお付き合いでき方を探しています。趣味は映画鑑賞と、休日に美味しい店を開拓することです。よろしくお願いします。』
自分で読み返しても、反吐が出るほぢ退屈で、無難なプロフィールだと思う。
それでも、何人かの女性とマッチングし、メッセージをやり取りをして、実際に二人ほどと会ってみた。だが、結果はどれも著しくなかった。
画面越しの写真より幾分か疲れた顔をした同世代の女性と、お互いの年収や休日の過ごし方を探り合うような、値踏みじみた会話。減点法で相手を審査するようなあの独特の空気に、俺の心はすっかり摩耗していた。誰と会っても、どこか違うと思ってしまうのだ。
わかっている。悪いのは相手じゃない。俺の側だ。
誰かと新しく関係を築こうとするたびに、俺の記憶の底から、どうしても比較対象として浮かび上がってしまう『影』があった。
――美月。
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