恋と焦燥のロードマップ
第二章【偽造されたチェックイン】
【『丁寧な暮らし』の作り方】
日曜日、午後四時。西日が容赦なく差し込む六畳一間のワンルームは、文字通り足の踏み場もなかった。
床に散らばった一昨日のコンビニ弁当の空き容器、脱ぎ捨てたジェラートピケの毛玉だらけの部屋着、そして、一週間分の洗濯物の山。私はその混沌の中心で、ヨレヨレのTシャツ姿でベッドに寝転び、スマートフォンの画面を虚な目でスクロールしていた。
画面に映し出されているのは、大学時代の友人・亜希の結婚式の写真だ。
『最高のパートナーと出会えて幸せです!』というキャプションとともに、青参道のオシャレなチャペルで微笑む彼女の薬指には、眩いハリー・ウィンストンが光っていた。
「はいはい、おめでとうございます」
声に出して呟きながら、いいねボタンを親指でタップする。心臓の奥が、冷たい針でチクリと刺されたように痛んだ。
二十八歳。この年齢になると、タイムラインは定期的に結婚と出産の報告で埋め尽くされる。まるで自分だけが、終電のなくなった駅のホームに取り残されているかのような、形容しがたい焦燥感が押し寄せてくる。
「私も、そろそろちゃんとしないと」
そう思って三ヶ月前に始めたのが、国内最大手と言われるマッチングアプリ『Link』だった。
最初は馬鹿正直にやっていたのだ。
趣味の欄には『居酒屋巡り、ビール、おつまみ作り』と書き、写真は会社の飲み会でジョッキを片手に爆笑しているスナップを使った。自己紹介文にも「休日は家でネットフリックスを見ながらダラダラ過ごすのが好きです。気が合う方と楽しく飲めれば嬉しいです!」と、ありのままの自分を登録した。
結果は、惨敗だった。
来るのは、プロフィールをロクに読んでいないような体目的の男か、明らかに会話のキャッチボールが成立しないタイプばかり。まともそうなスペックの男性からは、驚くほど「いいね」が来ない。
そこで私は気づいてしまった。このアプリは『市場』なのだ。生身の人間性なんて最初から見てもらえない。画面という狭いディスプレイの中で、いかに『男ウケする商品』として自分をパッケージできるか。その戦略が全てなのだと。
「ありのままの私なんて、誰も求めてない」
そう悟った日から、私の『偽造』が始まった。
まず、プロフィールの趣味から「おつまみ作り」「ビール」を徹底的に削除した。代わりに並べたのは、『観劇』『美術館巡り』『丁寧な暮らし』。観劇なんて人生で劇団四季を一度観たきりだし、美術館だって涼みに入ったことがある程度だ。でも、それでいい。文字面から漂う「教養と上品さ」が重要なのだから。
一番苦労したのは写真だった。
ある土曜日の朝、私はわざわざ早起きをして、近くのスーパーで色鮮やかなパプリカやスナップエンドウを買い込んだ。普段は包丁すら滅多に握らないくせに、クックパットを血眼になって検索し、「彩り豊かな曲げわっぱ弁当」を作り上げた。
そこから作業が本番だ。
部屋のゴミや脱ぎ散らかした服を、全て画角の外へと文字通り蹴飛ばす。窓際のわずかな自然光が当たるスポットにローテーブルを移動させ、観葉植物の葉をチラリと見切れさせながら、スマートフォンのカメラを構える。何十枚もシャッターを切り、アプリで絶妙に彩度を落として「淡く、優しい世界観」を演出した。
『最近は弁当作りにハマっています。毎朝早起きするの大変だけど、心が穏やかになりますね。得意料理は肉じゃがとだし巻き卵です』
そんなキャプションと共にその写真をアップした時、自分の背筋が少し寒くなった。毎朝早起きどころか、平日の朝はいつも家を出る十分前に飛び起き、コンビニのランチパックを口に詰め込みながら駅へと走っているのが現実なのに。
床に散らばった一昨日のコンビニ弁当の空き容器、脱ぎ捨てたジェラートピケの毛玉だらけの部屋着、そして、一週間分の洗濯物の山。私はその混沌の中心で、ヨレヨレのTシャツ姿でベッドに寝転び、スマートフォンの画面を虚な目でスクロールしていた。
画面に映し出されているのは、大学時代の友人・亜希の結婚式の写真だ。
『最高のパートナーと出会えて幸せです!』というキャプションとともに、青参道のオシャレなチャペルで微笑む彼女の薬指には、眩いハリー・ウィンストンが光っていた。
「はいはい、おめでとうございます」
声に出して呟きながら、いいねボタンを親指でタップする。心臓の奥が、冷たい針でチクリと刺されたように痛んだ。
二十八歳。この年齢になると、タイムラインは定期的に結婚と出産の報告で埋め尽くされる。まるで自分だけが、終電のなくなった駅のホームに取り残されているかのような、形容しがたい焦燥感が押し寄せてくる。
「私も、そろそろちゃんとしないと」
そう思って三ヶ月前に始めたのが、国内最大手と言われるマッチングアプリ『Link』だった。
最初は馬鹿正直にやっていたのだ。
趣味の欄には『居酒屋巡り、ビール、おつまみ作り』と書き、写真は会社の飲み会でジョッキを片手に爆笑しているスナップを使った。自己紹介文にも「休日は家でネットフリックスを見ながらダラダラ過ごすのが好きです。気が合う方と楽しく飲めれば嬉しいです!」と、ありのままの自分を登録した。
結果は、惨敗だった。
来るのは、プロフィールをロクに読んでいないような体目的の男か、明らかに会話のキャッチボールが成立しないタイプばかり。まともそうなスペックの男性からは、驚くほど「いいね」が来ない。
そこで私は気づいてしまった。このアプリは『市場』なのだ。生身の人間性なんて最初から見てもらえない。画面という狭いディスプレイの中で、いかに『男ウケする商品』として自分をパッケージできるか。その戦略が全てなのだと。
「ありのままの私なんて、誰も求めてない」
そう悟った日から、私の『偽造』が始まった。
まず、プロフィールの趣味から「おつまみ作り」「ビール」を徹底的に削除した。代わりに並べたのは、『観劇』『美術館巡り』『丁寧な暮らし』。観劇なんて人生で劇団四季を一度観たきりだし、美術館だって涼みに入ったことがある程度だ。でも、それでいい。文字面から漂う「教養と上品さ」が重要なのだから。
一番苦労したのは写真だった。
ある土曜日の朝、私はわざわざ早起きをして、近くのスーパーで色鮮やかなパプリカやスナップエンドウを買い込んだ。普段は包丁すら滅多に握らないくせに、クックパットを血眼になって検索し、「彩り豊かな曲げわっぱ弁当」を作り上げた。
そこから作業が本番だ。
部屋のゴミや脱ぎ散らかした服を、全て画角の外へと文字通り蹴飛ばす。窓際のわずかな自然光が当たるスポットにローテーブルを移動させ、観葉植物の葉をチラリと見切れさせながら、スマートフォンのカメラを構える。何十枚もシャッターを切り、アプリで絶妙に彩度を落として「淡く、優しい世界観」を演出した。
『最近は弁当作りにハマっています。毎朝早起きするの大変だけど、心が穏やかになりますね。得意料理は肉じゃがとだし巻き卵です』
そんなキャプションと共にその写真をアップした時、自分の背筋が少し寒くなった。毎朝早起きどころか、平日の朝はいつも家を出る十分前に飛び起き、コンビニのランチパックを口に詰め込みながら駅へと走っているのが現実なのに。