恋と焦燥のロードマップ

【恵比寿の冷や汗ビストロ】

金曜日の午後七時十五分。恵比寿駅の西口改札前は、週末の開放感に浮き足立つ人々でごった返していた。
その喧騒の片隅で、私は柱に背中を預け、引き攣りそうな笑顔を皮脂にキープしながらスマートフォンを見つめていた。
使い慣れた『Link』の画面。大輔からのメッセージの末尾には『改札を出たところにある、緑の窓口の近くにいます。ネイビーのジャケットを着ています』とある。
「……いた」
人混みの向こう、完璧な位置どりで佇む男の姿を捉えた瞬間、私の心臓はドクンと嫌な音を立てて跳ね上がった。
仕立ての良さそうなネイビーのジャケットに、ノーネクタイの白いシャツ。少し長めの前髪が、駅の冷たい蛍光灯の光に透けている。画面で見た通り、いや、実物の方が数倍スマートに見えるほどの完璧なハイスペック男子がそこにいた。
対する私はといえば、まさに満身創痍だった。
クローゼットの前で絶望した翌日、私は会社の昼休みを削ってルミネに駆け込み、店員に勧められるがままに淡いサックスブルーのニットワンピースを購入した。値札を見た時は目玉が飛び出るかと思ったけれど、すべては『代官山の微笑み』の辻褄を合わせるための必要経費だと自分に言い聞かせた。
さらに最悪なのは足元だ。
清楚系女子の鉄則に従って引っ張り出してきた、数年ぶりの七センチヒール。家を出てからわずか三十分で、私の両足のかかとは悲鳴を上げていた。一歩歩くたびに、鋭いガラスの破片を踏みつけているかのような激痛が走る。
(痛い、死ぬ、今すぐこの靴を脱ぎ捨てて、家にあるニューバランスに履き替えたい……!)
そんな血を吐くような本音を頭の隅へと力技で押し込み、私はワンピースの裾を軽く整えた。そして、鏡の前で何度も練習した、あの『真由』としての笑顔を顔面に張り付ける。
「大輔さん……ですか?」
声をかけると、彼がハッとしたように振り返った。その涼しげな瞳が私を捉え、次の瞬間、パッと柔らかい笑顔が咲く。
「あ、真由さん! はじめまして。よかった、すぐに見つけられて。写真通り、すごく素敵ですね」
「はじめまして。大輔さんも、お写真以上に素敵で緊張しちゃいます」
お互いに「完璧な第一声」を交わし合う。
大輔のエスコートは流石の一言だった。歩調が驚くほど遅い。私の痛々しい足取りを察してくれたのだろうか。そんな彼の優しさにキュンとしつつも、私の脳内は(早く店に着いて座らせて、マジでかかとが限界)という生存本能で埋め尽くされていた。
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