恋と焦燥のロードマップ
「もっと雫の近くにいたいです。今までみたいに会って、話して、笑って……そういう時間を、これからも続けたい」
雫は黙って俺を見ていた。
「だから……」
喉が渇いている。もう一度だけ息を吸った。
「わがままかもしれないけど」
そこまで言って、少しだけ笑ってしまった。
「俺、雫の隣にいたいです」
雫の目が、ほんの少しだけ揺れた。
「……これからも、俺と一緒にいて欲しいです」
そこまで言ったところで、最後の一言がどうしても出てこなかった。言わなくても、もう分かっているような気もした。それでも、ちゃんと言わなければならない。
「だから……」
俺はちゃんと雫の目をまっすぐに見た。
「俺と付き合って欲しい…です」
言い切った瞬間に、自分の顔が熱くなるのが分かった。
俳優としてなら、どんな台詞でも言える。何度だって言い直せる。でも、今の言葉だけは、台本なんてどこにもない。雫がどう答えるのかを、俺は何も知らないまま待つしかなかった。
雫はしばらく何も言わなかった。ただ、俺の顔を見ている。その時間がやけに長く感じられて、俺は思わず視線を逸らしかけた。その時、雫が小さく息を吐いた。
「……うん」
顔を上げる。
「私も、湊の隣にいたい」
雫はそう言って、少し照れたように笑った。
「だから、よろしくお願いします」
「……こちらこそ」
俺も笑った。さっきまであれだけ緊張していたのに、雫のその一言を聞いた途端、ようやくちゃんと息ができたような気がした。
駅へ向かう人の流れは、相変わらず途切れない。電車が到着したことを知らせるアナウンスも聞こえてくる。
街は何も変わってない。それなのに、俺たちの間には、確かに一つ新しいものが生まれていた。
「じゃあ……次、いつ会います?」
俺が聞くと、雫が笑った。
「もう次の予定?」
「だって…付き合ったばっかりなので」
「ふふ。じゃあ、考えよっか」
そう言って並んで歩き始める。
今までも何度も歩いた帰り道だった。でもその夜だけは、少しだけ足取りが軽かった。

< 67 / 105 >

この作品をシェア

pagetop