恋と焦燥のロードマップ
「じゃあ、俺も挨拶しておくか」
その言葉に、少しだけ意外な気持ちになった。
親父が自分から雫に会おうとしている。それが嬉しいのか、少し緊張するのか、自分でもよく分からなかった。ただ、さっきまで親父と向かい合っていたときとは違う、どこか柔らかな気持ちになっていた。
「……うん」
そう答えて、俺も立ち上がった。
親父と並んで部屋を出る。
廊下を歩いていると、少し先から母さんと雫の声が聞こえてきた。
その声を聞きながら、俺はこれから初めて顔を合わせる二人のことを、ぼんやりと考えていた。
母さんと雫が話しているところへ近づくと、二人ともこちらに気づいて顔を上げた。
「お父さん?」
母さんがそう言うと、親父は小さく頷いた。
「雫さん、だな」
「あ、はい」
雫が立ち上がる。
「初めまして。雫です。お邪魔してます」
少し緊張しているのが、声を聞けば分かった。
親父はそんな雫をしばらく見てから、静かに口を開いた。
「初めまして。遠いところ、わざわざ来てくれてありがとう」
「いえ……こちらこそ、ありがとうございます」
雫が頭を下げる。親父も軽く頭を下げて、それから俺のほうを見た。
「湊が世話になってるみたいだな」
「……そういう言い方やめてよ」
思わず苦笑すると、親父も少しだけ口元を緩めた。
「そうか?」
「うん」
そのやり取りを見ていた雫が、小さく笑う。
さっきまで少し張り詰めていた空気が、そこでようやく柔らかくなった気がした。
「まあ、ゆっくりしていきなさい」
親父はそれだけ言うと、母さんに何か確認するように二、三言葉を交わしてから、自分の仕事へ戻っていった。
その背中を見送ってから、雫が俺の隣に戻ってくる。
「……優しいお父さんだね」
「今日だけかもしれないよ」
「ふふ」
雫が笑う。その顔を見ていると、連れてきてよかったと思った。
母さんがそんな俺たちを見て、ふと思い出したように声をかける。
「そうだ、雫ちゃん。さっき見てたアルバム、もう少し見ていく?」
「いいんですか?」
「もちろん。湊の小さい頃、まだまだあるから」
「……そんなの見てたの?」
思わず聞くと、母さんが楽しそうに笑った。
「だって、雫ちゃんが見たいって言うから」
「俺、聞いてないんだけど」
「わざわざ言うことでもないでしょ」
< 92 / 105 >

この作品をシェア

pagetop