放課後ロック・クラッカー!〜校内の開かずの扉、すべて開けてみせます〜
「……おい、鈴宮。正気か?」
呆れと困惑の混じった神臣先輩の声が聞こえる。
けれど、私の耳にはもう、先輩の声なんて一パーセントも入っていなかった。
『二番目のダイヤルは、錆びついた内部アームに干渉している。下手に力任せに回せば、摩擦のショックでデッドロックのトリガーが落ちる……!』
額から一筋の汗が伝い、顎の先からポトリと落ちた。
私は呼吸を整え、両目を静かに閉じた。
視界を遮断することで、指先と耳の感度を限界まで研ぎ澄ます。
聴診器を通じて聞こえてくるのは、金庫の奥底で目覚めようとしている『トラップの鼓動』だ。
『ギギ……ギ……』
錆びた金属同士が擦れ合い、悲鳴を上げている。
まるで、侵入者を拒む猛犬が低く唸っているみたいだ。
「よしよし……怖くないよ、ルシファーちゃん。大丈夫、痛くしないからね……」
「金庫に話しかけるのをやめろ! 見ていて心臓に悪い!」
「しーっ! 先輩、息を止めてください! 肺の膨らむ音でダイヤルのノッチ音が掻き消されます!」
「なっ……僕の呼吸音までダメなのか!?」
抗議しながらも、神臣先輩はピタリと息を止めてくれた。律儀な人だ。
私の指先が、ダイヤルを「千分の一ミリ」単位で慎重に動かしていく。
右へ、ほんの少し。ほんの、ほんの少しだけ。
――カサリ。
『捉えた!』
金属が噛み合う「音」ではない。
ダイヤルを通じて、指の腹の細胞ひとつひとつに伝わってきたのは、超微細な『金属の摩擦抵抗の変化』だ。
アームが錆びついて引っかかっているなら、逆の発想をすればいい。
ダイヤルを回すのではなく、ダイヤル軸にほんのわずかな『斜め方向のテンション』をかけながら、錆の隙間をすり抜けるように滑らせる!
「フッ……!」
私は息を吐き出すと同時に、指先でダイヤルをコンマ数ミリだけ奥へ押し込みながら、左へ一気に滑らせた。
――カチ、カチリッ!
重苦しい唸り音が消え、軽やかな金属音が響く。
デッドロックのトリガーを回避し、二番目のディスクが正しい位置に落ちた瞬間だった。
『二番目の数字は「三」!』
「よし……!」
「おい、鈴宮! 今の音はなんだ!? 壊れたのか!?」
「壊れてません! ルシファーちゃんが心を開いてくれたんです!」
残り時間はあと三分。
私は休む間もなく、三番目と四番目の数字へ向かって全神経を集中させた。
カチ……カチカチ……カチリ!
一度コツを掴めば、私の独壇場だ。
指先の触覚と超感覚が、内部の構造を脳内に完璧な三次元CADデータのように描き出していく。
三番目の数字は『二』。
そして、運命の四番目の数字――。
右へ三回転半。
微小なノッチ音を捉える。
――カチリ……ポンッ。
最後に、金庫の内部から重厚で心地よい「解除音」が響き渡った。
それと同時に、かたく閉ざされていた鉄の扉が、プシューとわずかに浮き上がる。
「開いた……っ!」
神臣先輩が目を見開き、息をのんだ。
「う、嘘だろ……? 三十年間、誰も開けられなかった前理事長の金庫だぞ……!? それを、道具と聴診器だけで、たった七分で……!?」
「言ったでしょう? 私に開けられない鍵はありません!」
私は胸を張り、ニッとドヤ顔を作ってみせた。
けれど、神臣先輩は感心している場合ではないと思い出したように、慌てて金庫の扉を押し開けた。
「急がないと! 総会が始まってしまう!」
重い鉄扉がギギギと音を立てて開く。
金庫の内部には、ベルベットの赤い布に包まれた小箱が鎮座していた。神臣先輩が素早くそれを取り出し、中身を確認する。
眩いばかりの光を放つ、純金製の『七星の黄金エンブレム』。
傷ひとつなく、無事だった。
「よかった……! これなら総会に間に合う……!」
氷の王子様と呼ばれ、いつも冷静沈着な神臣先輩が、深く胸を撫でおろして安堵の息をついている。
そのギャップに、ちょっとだけキュンとしそうになった……けれど。
『ん……? 待って、何かおかしい』
私の鋭い「鍵オタクの第六感」が、妙な違和感を察知した。
エンブレムが取り出されたあとの、金庫の奥底。
ベルベットの布の端が、わずかに持ち上がっている。
「鈴宮? どうした、早く行くぞ」
「神臣先輩、ちょっと待ってください」
私は金庫の中に手を突っ込み、敷かれていたベルベットの布を引っぺがした。
「おい、鈴宮!?」
「やっぱり……! 二重底だ!」
金庫の底板の隅に、極小の鍵穴(キーホール)が隠されていたのだ。
それは一見するとただのネジ頭に見えるけれど、精巧に偽装された「第二の鍵」だった。
「二重底……!? そんなものが隠されていたのか!?」
「ええ。しかもこれ……ただの鍵穴じゃありません。見てください、この六角形の特殊な形状。現代の技術で作られた最新型のディンプルキー用ですよ」
「……なにい?」
神臣先輩の顔から、再び余裕が消え去った。
「三十年前に寄贈された金庫の二重底に、なぜ現代の最新型の鍵穴があるんだ……?」
「わかりません。でも……ルシファーちゃんは、本当は『この奥のもの』を隠すために、ここに置かれていたんだと思います」
私が鍵穴の周りを指で探ると、カチリと音がして、二重底の蓋がわずかに浮き上がった。
どうやら、上のダイヤル錠を解除したことで、底板のロックシステムも一部解除されたらしい。
そっと底板を持ち上げると、そこには――。
古い羊皮紙で包まれた、一冊の小冊子。
そして、鈍く黒く光る『真鍮製の異形なキーホルダー』が転がり出してきた。
そのキーホルダーのデザインは、なんとも気味が悪いものだった。
二本の鍵が交差し、その中央に「目玉」のレリーフが刻まれている。
「これは……?」
神臣先輩が眉をひそめ、そっと羊皮紙を開いた。
そこには、流麗な毛筆でこう記されていた。
『私立七星学園の「開かずの扉」をすべて解き明かした者へ。
汝に、学園の地下に眠る「裏の生徒会」への招待状を贈る』
「裏の生徒会……!?」
私と神臣先輩の声が重なった。
「な、なんですかこれ! 都市伝説ですか!? それとも誰かのイタズラ!?」
「いや……イタズラにしては、仕掛けが凝りすぎている。それに、この筆跡は……創立者のものだ」
神臣先輩の瞳が、見たこともないほど鋭く光った。
先輩はその小冊子と異形な鍵を手に取り、まじまじと見つめたあと、ゆっくりと私の方へ視線を向けた。
その瞳には、先ほどまでの焦りはなく、圧倒的な知性とカリスマ性が戻っていた。
「鈴宮リオ」
「は、はいっ!?」
突然、名前をフルネームで呼ばれて跳ね上がる。
「お前……自分の才能が、ただの『趣味』で済むと思っているのか?」
「え? いや、趣味というか、鍵が好きで好きでたまらなくて……」
「お前のその指先と耳は、間違いなく規格外の「天才」だ。……そして今、お前は開けてはならない学園の最大の秘密を開けてしまった」
神臣先輩が、一歩私に近づいてくる。
長身の影が私を覆い、甘い柑橘系の香りがフワッと鼻腔をくすぐった。
『う、うわ……顔が近い! 顔面国宝すぎる……!』
ドキドキと心臓がうるさく鳴り響く。
だけど、神臣先輩が口にした言葉は、甘いセリフなんかじゃなかった。
「今日からお前を、生徒会直属の「極秘捜査員」に任命する」
「……はい? ごくひ……そうさいん?」
「そうだ。この学園には、表の生徒会では解決できない「秘密の事件」や、仕掛けられた「謎」が山ほど眠っている。お前のそのロック・クラッキングの才能……僕のために使ってもらうぞ」
「ええええええっ〜〜〜〜!?!?」
旧資料室に、私の絶叫が響き渡った。
「ちょっと待ってください! 私はただの平和な中一女子です! 放課後は美味しいスイーツを食べたり、珍しい南京錠のカタログを眺めたりして平穏に暮らしたいんです!」
「拒否権はない。断るなら……今日の「無許可での金庫解錠」および「生徒会備品の器物破損未遂」で、お前を停学処分にする」
「悪魔! ドS! 氷の王子様なんて嘘っぱちだ、このド黒王子!!」
「フッ……なんとでも言え。さあ、総会へ行くぞ。遅刻したらお前のせいだからな」
神臣先輩はニヤリと悪魔のような美笑を浮かべると、黄金のエンブレムと謎の鍵をポケットに突っこみ、颯爽と旧資料室を後にした。
残された私は、ガックリと肩を落とした。
『ううう……平穏な私の学園生活が、ガラガラと崩れていく音がする……!』
けれど――。
ツールポーチの中でカチリと音を立てた相棒たち(ピッキングツール)に触れた瞬間。
私の胸の奥で、またあの「ゾクゾクする高揚感」が湧き上がってくるのを止められなかった。
『裏の生徒会……学園の地下迷宮……。……ふふ、どんな頑丈な鍵が待っているのかな?』
こうして、私の波乱に満ちた「解錠しまくり学園生活」が、幕を開けたのだった。
呆れと困惑の混じった神臣先輩の声が聞こえる。
けれど、私の耳にはもう、先輩の声なんて一パーセントも入っていなかった。
『二番目のダイヤルは、錆びついた内部アームに干渉している。下手に力任せに回せば、摩擦のショックでデッドロックのトリガーが落ちる……!』
額から一筋の汗が伝い、顎の先からポトリと落ちた。
私は呼吸を整え、両目を静かに閉じた。
視界を遮断することで、指先と耳の感度を限界まで研ぎ澄ます。
聴診器を通じて聞こえてくるのは、金庫の奥底で目覚めようとしている『トラップの鼓動』だ。
『ギギ……ギ……』
錆びた金属同士が擦れ合い、悲鳴を上げている。
まるで、侵入者を拒む猛犬が低く唸っているみたいだ。
「よしよし……怖くないよ、ルシファーちゃん。大丈夫、痛くしないからね……」
「金庫に話しかけるのをやめろ! 見ていて心臓に悪い!」
「しーっ! 先輩、息を止めてください! 肺の膨らむ音でダイヤルのノッチ音が掻き消されます!」
「なっ……僕の呼吸音までダメなのか!?」
抗議しながらも、神臣先輩はピタリと息を止めてくれた。律儀な人だ。
私の指先が、ダイヤルを「千分の一ミリ」単位で慎重に動かしていく。
右へ、ほんの少し。ほんの、ほんの少しだけ。
――カサリ。
『捉えた!』
金属が噛み合う「音」ではない。
ダイヤルを通じて、指の腹の細胞ひとつひとつに伝わってきたのは、超微細な『金属の摩擦抵抗の変化』だ。
アームが錆びついて引っかかっているなら、逆の発想をすればいい。
ダイヤルを回すのではなく、ダイヤル軸にほんのわずかな『斜め方向のテンション』をかけながら、錆の隙間をすり抜けるように滑らせる!
「フッ……!」
私は息を吐き出すと同時に、指先でダイヤルをコンマ数ミリだけ奥へ押し込みながら、左へ一気に滑らせた。
――カチ、カチリッ!
重苦しい唸り音が消え、軽やかな金属音が響く。
デッドロックのトリガーを回避し、二番目のディスクが正しい位置に落ちた瞬間だった。
『二番目の数字は「三」!』
「よし……!」
「おい、鈴宮! 今の音はなんだ!? 壊れたのか!?」
「壊れてません! ルシファーちゃんが心を開いてくれたんです!」
残り時間はあと三分。
私は休む間もなく、三番目と四番目の数字へ向かって全神経を集中させた。
カチ……カチカチ……カチリ!
一度コツを掴めば、私の独壇場だ。
指先の触覚と超感覚が、内部の構造を脳内に完璧な三次元CADデータのように描き出していく。
三番目の数字は『二』。
そして、運命の四番目の数字――。
右へ三回転半。
微小なノッチ音を捉える。
――カチリ……ポンッ。
最後に、金庫の内部から重厚で心地よい「解除音」が響き渡った。
それと同時に、かたく閉ざされていた鉄の扉が、プシューとわずかに浮き上がる。
「開いた……っ!」
神臣先輩が目を見開き、息をのんだ。
「う、嘘だろ……? 三十年間、誰も開けられなかった前理事長の金庫だぞ……!? それを、道具と聴診器だけで、たった七分で……!?」
「言ったでしょう? 私に開けられない鍵はありません!」
私は胸を張り、ニッとドヤ顔を作ってみせた。
けれど、神臣先輩は感心している場合ではないと思い出したように、慌てて金庫の扉を押し開けた。
「急がないと! 総会が始まってしまう!」
重い鉄扉がギギギと音を立てて開く。
金庫の内部には、ベルベットの赤い布に包まれた小箱が鎮座していた。神臣先輩が素早くそれを取り出し、中身を確認する。
眩いばかりの光を放つ、純金製の『七星の黄金エンブレム』。
傷ひとつなく、無事だった。
「よかった……! これなら総会に間に合う……!」
氷の王子様と呼ばれ、いつも冷静沈着な神臣先輩が、深く胸を撫でおろして安堵の息をついている。
そのギャップに、ちょっとだけキュンとしそうになった……けれど。
『ん……? 待って、何かおかしい』
私の鋭い「鍵オタクの第六感」が、妙な違和感を察知した。
エンブレムが取り出されたあとの、金庫の奥底。
ベルベットの布の端が、わずかに持ち上がっている。
「鈴宮? どうした、早く行くぞ」
「神臣先輩、ちょっと待ってください」
私は金庫の中に手を突っ込み、敷かれていたベルベットの布を引っぺがした。
「おい、鈴宮!?」
「やっぱり……! 二重底だ!」
金庫の底板の隅に、極小の鍵穴(キーホール)が隠されていたのだ。
それは一見するとただのネジ頭に見えるけれど、精巧に偽装された「第二の鍵」だった。
「二重底……!? そんなものが隠されていたのか!?」
「ええ。しかもこれ……ただの鍵穴じゃありません。見てください、この六角形の特殊な形状。現代の技術で作られた最新型のディンプルキー用ですよ」
「……なにい?」
神臣先輩の顔から、再び余裕が消え去った。
「三十年前に寄贈された金庫の二重底に、なぜ現代の最新型の鍵穴があるんだ……?」
「わかりません。でも……ルシファーちゃんは、本当は『この奥のもの』を隠すために、ここに置かれていたんだと思います」
私が鍵穴の周りを指で探ると、カチリと音がして、二重底の蓋がわずかに浮き上がった。
どうやら、上のダイヤル錠を解除したことで、底板のロックシステムも一部解除されたらしい。
そっと底板を持ち上げると、そこには――。
古い羊皮紙で包まれた、一冊の小冊子。
そして、鈍く黒く光る『真鍮製の異形なキーホルダー』が転がり出してきた。
そのキーホルダーのデザインは、なんとも気味が悪いものだった。
二本の鍵が交差し、その中央に「目玉」のレリーフが刻まれている。
「これは……?」
神臣先輩が眉をひそめ、そっと羊皮紙を開いた。
そこには、流麗な毛筆でこう記されていた。
『私立七星学園の「開かずの扉」をすべて解き明かした者へ。
汝に、学園の地下に眠る「裏の生徒会」への招待状を贈る』
「裏の生徒会……!?」
私と神臣先輩の声が重なった。
「な、なんですかこれ! 都市伝説ですか!? それとも誰かのイタズラ!?」
「いや……イタズラにしては、仕掛けが凝りすぎている。それに、この筆跡は……創立者のものだ」
神臣先輩の瞳が、見たこともないほど鋭く光った。
先輩はその小冊子と異形な鍵を手に取り、まじまじと見つめたあと、ゆっくりと私の方へ視線を向けた。
その瞳には、先ほどまでの焦りはなく、圧倒的な知性とカリスマ性が戻っていた。
「鈴宮リオ」
「は、はいっ!?」
突然、名前をフルネームで呼ばれて跳ね上がる。
「お前……自分の才能が、ただの『趣味』で済むと思っているのか?」
「え? いや、趣味というか、鍵が好きで好きでたまらなくて……」
「お前のその指先と耳は、間違いなく規格外の「天才」だ。……そして今、お前は開けてはならない学園の最大の秘密を開けてしまった」
神臣先輩が、一歩私に近づいてくる。
長身の影が私を覆い、甘い柑橘系の香りがフワッと鼻腔をくすぐった。
『う、うわ……顔が近い! 顔面国宝すぎる……!』
ドキドキと心臓がうるさく鳴り響く。
だけど、神臣先輩が口にした言葉は、甘いセリフなんかじゃなかった。
「今日からお前を、生徒会直属の「極秘捜査員」に任命する」
「……はい? ごくひ……そうさいん?」
「そうだ。この学園には、表の生徒会では解決できない「秘密の事件」や、仕掛けられた「謎」が山ほど眠っている。お前のそのロック・クラッキングの才能……僕のために使ってもらうぞ」
「ええええええっ〜〜〜〜!?!?」
旧資料室に、私の絶叫が響き渡った。
「ちょっと待ってください! 私はただの平和な中一女子です! 放課後は美味しいスイーツを食べたり、珍しい南京錠のカタログを眺めたりして平穏に暮らしたいんです!」
「拒否権はない。断るなら……今日の「無許可での金庫解錠」および「生徒会備品の器物破損未遂」で、お前を停学処分にする」
「悪魔! ドS! 氷の王子様なんて嘘っぱちだ、このド黒王子!!」
「フッ……なんとでも言え。さあ、総会へ行くぞ。遅刻したらお前のせいだからな」
神臣先輩はニヤリと悪魔のような美笑を浮かべると、黄金のエンブレムと謎の鍵をポケットに突っこみ、颯爽と旧資料室を後にした。
残された私は、ガックリと肩を落とした。
『ううう……平穏な私の学園生活が、ガラガラと崩れていく音がする……!』
けれど――。
ツールポーチの中でカチリと音を立てた相棒たち(ピッキングツール)に触れた瞬間。
私の胸の奥で、またあの「ゾクゾクする高揚感」が湧き上がってくるのを止められなかった。
『裏の生徒会……学園の地下迷宮……。……ふふ、どんな頑丈な鍵が待っているのかな?』
こうして、私の波乱に満ちた「解錠しまくり学園生活」が、幕を開けたのだった。