放課後ロック・クラッカー!〜校内の開かずの扉、すべて開けてみせます〜
「はぁ……はぁ……本当に、止まったんだな……」

中央制御室の冷たい床の上で、神臣先輩が大きく肩を上下させながら倒れ込んでいた。
普段の隙のない凛とした姿からは想像もつかないほど制服は乱れ、額にはうっすらと汗が浮かんでいる。

「神臣先輩……大丈夫ですか?」

私が声をかけると、先輩はゆっくりと体を起こし、力無く苦笑いを浮かべた。

「ああ……なんとか生き延びたな。だが、僕よりもお前の方だ。手を見せてみろ」

「え? あ、大丈夫ですよ! これくらい――」

隠そうとした私の右手を、神臣先輩が強引に、けれど壊れ物を扱うようにそっと引き寄せた。

『あ……』

五〇ミリ秒の隙間を突くために無茶なピッキングを繰り返し、最後にスライドダイヤルを強引に回した私の指先は、皮膚が擦り切れて真っ赤な血が滲んでいた。アドレナリンが切れたせいか、急にジンジンとした激痛が手全体を襲ってくる。

「バカ者が……これで『大丈夫』なわけがあるか。こんなになるまで指先を痛めつけて……」

神臣先輩の瞳に、激しい怒りと、それ以上に深い痛ましさが走った。
先輩はポケットから再び清潔なハンカチと消毒用のシート、そして包帯を取り出すと、私の前に片膝をついた。

「痛むぞ。少し我慢しろ」

「はい……っ」

消毒シートが傷口に触れた瞬間、思わず身悶えするような激痛が走る。
だが、神臣先輩の手つきは驚くほど優しかった。滲む血を丁寧に拭い、指先一本一本に細い包帯をくるくると巻き付けていく。

『うう……神臣先輩の長くて綺麗な指が、私の指に触れてる……。消毒の痛みより、先輩の顔が近すぎる方が心臓に悪くて死にそう……!』

包帯を巻き終えると、神臣先輩は最後に私の傷ついた指先に、そっと自分の唇を近づけるような仕草で見つめ、深く息を吐き出した。

「申し訳ない、鈴宮。僕が生徒会長でありながら、お前ひとりにこんな無茶をさせてしまった……」

「そんなことありません! 神臣先輩の完璧なサポートがなかったら、あの四つの鍵穴とダイヤルは絶対に破れませんでした! 先輩と私、ふたりだったから開いたんです!」

私が必死に叫ぶと、神臣先輩は一瞬ポカンと目を見開き、それからフッと柔らかく微笑んだ。

「……そうだな。僕とお前の……ふたりの勝利だ」

『ふたりともー! 無事かい!? 応答して!』

インカムから、待ちきれなくなったカイ先輩の大声が飛び込んできた。

「ああ、カイ。こちらは二人とも無事だ。ガスシステムも完全に停止させた」

『よかったぁぁぁ! 中等部の生徒たちも校庭で待機してて、全員無事だよ! 保健医の先生たちが念のため診察してるけど、誰一人異常なし! 完璧な救出劇だよ!』

インカムの向こうで、カイ先輩がバタバタと跳びはねて喜んでいる気配が伝わってくる。

「よし。では僕たちも一度地上へ上がり、事態の収拾を図るとしよう。……鈴宮、立てるか?」

「はいっ!」

神臣先輩が差し出してくれた手を握り、私は力強く立ち上がった。

事件から一時間後。
夕闇が完全に校舎を包み込み、街灯がポツポツと灯り始める頃、私たちは生徒会室へと戻ってきていた。

救助された中等部生たちは全員保護者への引き渡しが完了し、校舎のセキュリティもカイ先輩の手によって完璧に復旧された。

「ふい〜……生きた心地がしなかったよ〜!」

生徒会室のソファーに深々と沈み込みながら、カイ先輩がジュースの缶を傾ける。

「でも本当にすごかったよ、鈴宮ちゃん! あの可変ピッキング防止錠を五〇ミリ秒の隙間で突破して、最後は二人で同期解錠なんて、完全に伝説レベルだよ!」

「えへへ……カイ先輩が作ってくれた特注ツールのおかげですよ! あれがなかったら指が持ちませんでした」

私が照れながら笑っていると、カチャンと上品な陶器の音が響いた。

「約束の品だ。食え、鈴宮」

目の前のテーブルに置かれたのは、高級洋菓子店のブランドロゴが入った箱と、そこに鎮座する極上の『特選あまおうショートケーキ』だった。
大粒のイチゴがこれでもかと乗せられ、雪のように白い生クリームが眩しく輝いている。

「ほ、本当に買ってきてくれたんですか!? 神臣先輩!」

「僕が約束を破ったことがあったか? お前の指先の功績に対する、ささやかな報酬だ」

腕を組んでフンと鼻を鳴らす神臣先輩。
私は目を輝かせ、フォークを手にとった。包帯が巻かれた手でぎこちなくフォークを握り、イチゴと生クリームを大きくすくって口へ運ぶ。

「ん〜〜〜〜っ!! おいしいぃぃぃぃっ! 甘い生クリームが、疲れ切った脳みそに染み渡る〜〜っ!」

「あはは、鈴宮ちゃん、口元にクリームついてるよ」

「ふふ、本当に旨そうに食うな、お前は」

呆れつつもどこか愛おしそうに私を見つめる神臣先輩の視線に気づき、急に顔が熱くなった。

『う、うわっ! 私ったら食べ物につられて、先輩の前でマヌケな顔を見せちゃった……!』

「コホン! で、でも神臣先輩、『ファントム・キー』の言っていたことが気になります。あいつら、学園の地下に眠る『創立者の七つの秘宝』を狙ってるんですよね?」

私が真面目な顔で尋ねると、神臣先輩の表情も一気に引き締まった。

「ああ。僕の曾祖父である創立者・神臣鏡三郎が遺した『七つの秘宝』。それらは単なる骨董品ではなく、この学園の広大な地下施設やセキュリティを完全に掌握するための『マスター・キー』なのだと思う」

「マスター・キー……」

カイ先輩がノートパソコンの画面をみんなに見せるように向けた。

『僕の方でも、中央制御室のサーバーに残されたファントム・キーのハッキングログを解析してみたんだ。そうしたら、第一の扉で手に入れたあの「水晶のキューブ」に反応して、隠されたデータファイルが一つだけ復元できたんだよ!』

「復元できたデータ……?」

カイ先輩がキーボードを叩くと、画面に立体的な学園全体の3Dマップが浮かび上がった。
本校舎、中等部校舎、体育館、そして広大な敷地の北端にそびえ立つ、古い『大時計塔』。

その大時計塔の最上階部分が、赤く点滅し始めている。

「これは……大時計塔か?」

『うん! 復元されたデータによると、そこに第二の秘宝が封印されている「第二の開かずの扉」があるみたいなんだ!』

大時計塔。
明治時代に建てられた学園のシンボルであり、現在は老朽化のため立入禁止となっている歴史的建築物だ。

「大時計塔か……。あそこは昔から『開かずのタワー』と呼ばれていて、内部の構造自体が巨大なカラクリ時計そのものになっているという噂だ」

神臣先輩が顎に手を当てて呟く。

「巨大なカラクリ時計……」

『なんだか聞くだけで、鍵開け師(クラッカー)としての血が騒ぐ……!』

私の指先が、包帯越しにうずき始めた。
コンマ一秒の狂いもなく動き続ける歯車とスプリングの嵐。そんな場所に仕掛けられた「第二の開かずの扉」……想像しただけでゾクゾクする!

「だが、敵も黙ってはいないだろう」

神臣先輩が立ち上がり、窓の外――暗闇の中に不気味にそびえ立つ大時計塔を見つめた。

「『ファントム・キー』と名乗るあの組織は、間違いなく大時計塔の秘宝をも狙っている。僕たちが先回りして秘宝を確保し、彼らの野望を打ち砕くぞ」

「はい、神臣先輩!」

私は包帯の巻かれた手をギュッと握りしめ、力強く頷いた。

「私の指先が治るまであと二日! 準備を整えて、大時計塔のカラクリ鍵もぜんぶ解き明かしてみせます!」

「頼もしいな。……だが無理は禁物だ。次からは僕がもっとお前を守る」

そう言って、神臣先輩は私の頭の上にポンと手を置いた。
その手の温もりが、包帯の巻きついた指先まで温かく包み込んでいく。

「カイ、大時計塔の内部構造のデータをできる限り集めろ。明後日の放課後、第二次探索作戦を開始する」

『了解! 任せてよ会長!』

姿なき敵「ファントム・キー」との壮絶な知恵比べ。
学園に隠された創立者の秘密と、次々と現れる難攻不落の「開かずの扉」。

そして、過酷な試練を乗り越えるたびに少しずつ深まっていく、神臣先輩との「絆」。

私たちの本当の戦いは、まだ始まったばかりだった――!
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