Lino Eesea ー結ぶ つなぐ―
Chapter.1
殴られるのが怖い。
なんて思ったことはなかった。
中も外も、コンクリむき出しのドミトリー(寄宿舎)。
食堂から廊下に出た俺の襟を誰かが掴んだ。
スポーツ刈りマッチョのオウガ君だった。
「よお、エザキ! お前、そのパンどうすんだよ!?」
彼は自分の顔に俺の顔を近づけた。
息がひどく臭った。
他の生徒たちは俺たちを見ないように、そそくさと自分たちの部屋へと帰っていく。
「後で食べてもいいって言われたから、自分の部屋に持っていこうかなって」
冗談だろ? とでも言いたそうな顔で、ストレートに言われた。
「食えねえならくれよ」
動物並みの知能だ。
「ごめん、俺のだから」
オウガ君に限らず、この街の男は奪えるものをなんでも奪う。
「ボンボンのくせに、ケチなこと言うなよ?」
「ごめん。ボンボンて何?」
襟をガクンと揺さぶられ、急にまくしたてられた。
「シリウスから来たんだろ? 金持ちだったんだろ? ボンボンじゃねえか!」
オウガ君が右の拳を振りかぶる。
本気で殴る気だと感じ取れたので、一歩前に出た。
そして胸で彼の体を押すと、タイミングが合い過ぎたのか、オウガ君は尻もちをついてしまった。
廊下にいた他の中学生たちが一斉にこちらを見る。
「てめえ!」
「あ、ごめん」
立ち上がったオウガ君は俺を鬼の形相で睨みつける。
「殺す」
「ごめんて――」
また『力の発生』を感じた。
懲りずにもう一度、右の拳で殴りかかってくるのか。
やむを得ず、頭突きした。
と言っても、優しく丁寧に。
額と額とをくっ付けて、ちょっと苦手な笑顔を作った。
「やめようよ」
「お、お前……」
驚いているオウガ君から、攻撃の意思が失せるのを感じた。
そして俺は自分の部屋に戻った。
電気を点けると、ゴキブリがサッとベッドの下に隠れた。
ベッドと机しかない、3畳の部屋。
机に向かって、今日習ったことを見直す。
イーシア。
太平洋に浮かぶ日系人の島国。
父さんと母さんをなくした日。
俺は育英局の車で、このドミトリーに連れてこられた。
初めて見る騎炉区。
色の無い建物。
舗装されていない道路。
何かを諦めたような表情で歩く人々。
母さん父さんと暮らしていたころ、騎炉区は猛獣だらけのサバンナのようなところだと聞いていた。
だけど俺には、どんな攻撃もかわす自信がある。
何も怖くなかった。
「おい、キュー君。着いたぞ」
運転していた育英局員のオッサンに言われて、モタモタと降りた。
『ドミトリー・ナンバー2』と書かれた、ボロボロの3階建て。
少し綺麗なおばさんが門を開けながら、出迎えてくれた。
「えっと……キュー? あ、キュー・エザキ君ね?」
「はい」
おばさんは一瞬だけ驚いたような顔をしたが、すぐに明るく教えてくれた。
「今日から、ここで一緒に暮らすんだよ。みんなが家族だからね!」
俺を傷つける意思がないことは間違いないと感じた。
だから笑顔らしいものを作り返した。
小学校の生徒数は全学年合わせて60人足らず。
転校してきた俺に、担任はホルスターにしまった回転式拳銃を見せながら言った。
「なんでこんなもん腰に付けてるか、わかるか?」
「わかりません」
「じゃあ、後で教えてやるよ」
坊主頭をガシガシ搔きながら立ち上がった担任の後に続き、ボロボロの教室に入った。
ごちゃごちゃに置かれた机と椅子。
空いている好きなとこに座れと言われ、後ろの方に座った。
ホームルームで自己紹介を済ませるが、誰も反応しない。
そして授業が始まると担任は黒板に、イーシアの簡単な地図を描いた。
西から順に書いていく。
シリウス区:金持ち、頭いい
砂利州区:全部ちゅうくらい
「そしてここが……き、ろ、く」
チョークを置くと担任は簡単に説明してくれた。
「ムショ上がりは、この街から出られねえ。勉強がダメな奴は、この街から出られねえ。つまり……?」
担任が俺の方を嘲るような顔で見る。
他の生徒たちを見ても、みんなニヤニヤしているだけで答えない。
担任は、騎炉区の文字をバンと叩いて、愉快そうに言った。
「要するに、お前らみんなバカってことだよ! お前らを捨てちまった、親どももな!」
みんなで笑った。
何かのギャグなんだと思い、一緒に笑っているふりをした。
我に返ると、お腹がすいていた。
持ってきたコーヒーパンをかじりながら、ノートを見る。
・騎炉区は人口1000人程度(推定)。
・隣の港湾地区に行く労働者が住んでいる。
日雇い港湾労働者の街、騎炉区。
ここに来てもう5年も経つのか。
強い奴が弱い奴を、脅しと暴力で黙らせる街、騎炉区。
最高じゃないか。
他人が俺を傷つけようとする瞬間。
それを感じ取ることが出来る俺にとっては、最高の街だった。
なんて思ったことはなかった。
中も外も、コンクリむき出しのドミトリー(寄宿舎)。
食堂から廊下に出た俺の襟を誰かが掴んだ。
スポーツ刈りマッチョのオウガ君だった。
「よお、エザキ! お前、そのパンどうすんだよ!?」
彼は自分の顔に俺の顔を近づけた。
息がひどく臭った。
他の生徒たちは俺たちを見ないように、そそくさと自分たちの部屋へと帰っていく。
「後で食べてもいいって言われたから、自分の部屋に持っていこうかなって」
冗談だろ? とでも言いたそうな顔で、ストレートに言われた。
「食えねえならくれよ」
動物並みの知能だ。
「ごめん、俺のだから」
オウガ君に限らず、この街の男は奪えるものをなんでも奪う。
「ボンボンのくせに、ケチなこと言うなよ?」
「ごめん。ボンボンて何?」
襟をガクンと揺さぶられ、急にまくしたてられた。
「シリウスから来たんだろ? 金持ちだったんだろ? ボンボンじゃねえか!」
オウガ君が右の拳を振りかぶる。
本気で殴る気だと感じ取れたので、一歩前に出た。
そして胸で彼の体を押すと、タイミングが合い過ぎたのか、オウガ君は尻もちをついてしまった。
廊下にいた他の中学生たちが一斉にこちらを見る。
「てめえ!」
「あ、ごめん」
立ち上がったオウガ君は俺を鬼の形相で睨みつける。
「殺す」
「ごめんて――」
また『力の発生』を感じた。
懲りずにもう一度、右の拳で殴りかかってくるのか。
やむを得ず、頭突きした。
と言っても、優しく丁寧に。
額と額とをくっ付けて、ちょっと苦手な笑顔を作った。
「やめようよ」
「お、お前……」
驚いているオウガ君から、攻撃の意思が失せるのを感じた。
そして俺は自分の部屋に戻った。
電気を点けると、ゴキブリがサッとベッドの下に隠れた。
ベッドと机しかない、3畳の部屋。
机に向かって、今日習ったことを見直す。
イーシア。
太平洋に浮かぶ日系人の島国。
父さんと母さんをなくした日。
俺は育英局の車で、このドミトリーに連れてこられた。
初めて見る騎炉区。
色の無い建物。
舗装されていない道路。
何かを諦めたような表情で歩く人々。
母さん父さんと暮らしていたころ、騎炉区は猛獣だらけのサバンナのようなところだと聞いていた。
だけど俺には、どんな攻撃もかわす自信がある。
何も怖くなかった。
「おい、キュー君。着いたぞ」
運転していた育英局員のオッサンに言われて、モタモタと降りた。
『ドミトリー・ナンバー2』と書かれた、ボロボロの3階建て。
少し綺麗なおばさんが門を開けながら、出迎えてくれた。
「えっと……キュー? あ、キュー・エザキ君ね?」
「はい」
おばさんは一瞬だけ驚いたような顔をしたが、すぐに明るく教えてくれた。
「今日から、ここで一緒に暮らすんだよ。みんなが家族だからね!」
俺を傷つける意思がないことは間違いないと感じた。
だから笑顔らしいものを作り返した。
小学校の生徒数は全学年合わせて60人足らず。
転校してきた俺に、担任はホルスターにしまった回転式拳銃を見せながら言った。
「なんでこんなもん腰に付けてるか、わかるか?」
「わかりません」
「じゃあ、後で教えてやるよ」
坊主頭をガシガシ搔きながら立ち上がった担任の後に続き、ボロボロの教室に入った。
ごちゃごちゃに置かれた机と椅子。
空いている好きなとこに座れと言われ、後ろの方に座った。
ホームルームで自己紹介を済ませるが、誰も反応しない。
そして授業が始まると担任は黒板に、イーシアの簡単な地図を描いた。
西から順に書いていく。
シリウス区:金持ち、頭いい
砂利州区:全部ちゅうくらい
「そしてここが……き、ろ、く」
チョークを置くと担任は簡単に説明してくれた。
「ムショ上がりは、この街から出られねえ。勉強がダメな奴は、この街から出られねえ。つまり……?」
担任が俺の方を嘲るような顔で見る。
他の生徒たちを見ても、みんなニヤニヤしているだけで答えない。
担任は、騎炉区の文字をバンと叩いて、愉快そうに言った。
「要するに、お前らみんなバカってことだよ! お前らを捨てちまった、親どももな!」
みんなで笑った。
何かのギャグなんだと思い、一緒に笑っているふりをした。
我に返ると、お腹がすいていた。
持ってきたコーヒーパンをかじりながら、ノートを見る。
・騎炉区は人口1000人程度(推定)。
・隣の港湾地区に行く労働者が住んでいる。
日雇い港湾労働者の街、騎炉区。
ここに来てもう5年も経つのか。
強い奴が弱い奴を、脅しと暴力で黙らせる街、騎炉区。
最高じゃないか。
他人が俺を傷つけようとする瞬間。
それを感じ取ることが出来る俺にとっては、最高の街だった。
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