Lino Eesea ー結ぶ つなぐ―
Chapter.3
ゴムの塊のようになった肩と腕をだらんと振り回しながら、ARと騎炉区に向かう検問ゲートの前にきた。
ARは疲れなど感じさせない勢いで、靴ひもについて話している。
「結び方変えたらさ、なんかすっげー走りやすいんだよね!」
「へぇ」
話より、話し方が面白くて好きだ。
いちいちアクション付きで話すその姿は、まるでコメディアンだ。
ただ目立ちすぎるからか、どこのグループにも混ざれないでいる。
そしてずっと情報を垂れ流すので、一緒にいると疲れる。
性格は最高にいい奴なんだけど。
「AR、疲れるときないの?」
「え……?」
放心したようなARも新鮮だ。
久しぶりに空を見ると、いつの間にか曇り空になっている。
仕事のおかげで、頭を上げるのもしんどい。
検問ゲートではさっきと同じ沿岸警備隊のおじさんが行き来する人の確認を、相変わらずかったるそうにやっている。
タッタッタッと足音が聞こえたので、顔を向けるとホベタンだった。
「やあ、お疲れホベタン」
無表情だけど、機嫌は良さそうだ。
そしてそこへ。
「わりい、待たせた」
エドも来た。
3人で相談する。
「どこいこっか? また――」
「トランプ……」
ホベタンに遮られた。
彼はいつも、『やりたいこと』を口にする。
『いつ』とか『どこ』は関係ない。
「カード持ってんの?」
エドが聞くと、ホベタンはズボンのポケットを軽く叩いた。
もちろん、『いつ』でも『どこ』でも持っている。
流れは見えた。後はどこでやるかだ。
「エド、灯台広場の焼きそば食って、ドミトリーでトランプするのはどうかな?」
「お前、はまったろ。俺がすすめた激安焼きそば」
少しだけ笑った。
3人で。
「あ、俺はやめとくわ。ドミトリー、帰るわ」
察してくれたAR。心配は杞憂ですんだ。
検問を通ると、そこは騎炉区の4番街。
カフェだのバーだの、お高く留まった店が多い。
灯台広場がある7番街へ、3人でコワキ通りを西へと歩く。
腐ったゴミの臭いがしてきて、帰ってきたなって思う。
まだ大人のお店はオープンしてない。
お兄さんやお姉さんが、店の前を掃除をしている以外、人通りもほとんどない。
見下ろせば、吸い殻や缶がいくらでも転がってる。
見上げれば電線がクモの巣のように張っている。
港湾地区の広い空の方が好きだ。
「あ、やってる」
エドの声に前を見ると、20代ぐらいのお兄さんが、地面に転がっていた。
スリでもしたのか、ギャングのおじさんに繰り返し蹴られている。
俺達が通りがかると、おじさんは黙ったまま睨みつけてきたが、特に何も起こらなかった。
そして通り過ぎた俺達の後ろで、また蹴る音が微かに聞こえてきた。
「お姉さんに、おいたしたのかもな」
エドの言っている意味が良くわからない。
「おいた?」
振り返ってたずねると、エドは肩をすくめて言った。
「いつかわかるよ」
3人で灯台広場に着くと、目当ての激安屋台に向かった。
すでに4、5人が並んでいる。
やはり人気だ。
急に大事なことを思い出した。
「ホベタン、お金持ってる?」
俺の質問にホベタンが下を向くと、エドがすかさず言う。
「いいよ、おごるよ」
「あ……」
ホベタンがエドを見ると、エドは表情を変えずにサムアップだけ見せた。
彼なりに礼を言おうとしているのは、俺達ならすぐわかる。
「エザキ、お前は払えよ」
「俺も『金ない』って言えばよかった」
「言い出しっぺじゃんか」
楽しく待っていたら、すぐに順番が来て、でき立てを受け取った。
それぞれに焼きそばを持って、誰が言い出すでもなく、広場の真ん中に。
そこにはパンケーキのような丸いコンクリの台があり、俺達はそこに座って食い始めた。
小学校の先生の話では、昔ここにあった灯台の土台部分らしい。
騎炉に住んでる人は、全員座ったことがあるんじゃないかと思う。
居酒屋、食料品店、バー、レストランが並ぶにぎやかな広場。
俺達みたいな貧乏人ばっかりじゃない。
日本人や、その他の外国人もいる。
ギャングもいるけど、そんなに危なくない広場だ。
他の中高生もよく来る。
ギャングより、むしろそっちのほうがリスクだ。
エドが箸を持った手を膝に置き、モグモグしながら言った。
「日本の焼きそばだと、なんか赤い野菜が付いてるんだよな」
「赤い野菜? パプリカ?」
「いや、なんか細長いやつ。テレビで見た」
日本の焼きそばか。
『日系人』の島国、『俺達は、どこのなに人なんだろうか』と、よく思う。
「ソンファさんが、日本は食べ物がうまいって言ってたぜ。しっかしあの赤いやつ、なんだったんだろう」
「ソンファさんに聞いて見たら?」
ソンファさんはドミトリーで小学生の面倒を見ているおばさんだ。
初めてドミトリーに来た俺を、明るく迎えてくれたのもソンファさん。
母さん以外の人で、初めてハグしたのもソンファさん。
捨て子ばっかりのここでは、ソンファさんこそみんなの母さんだ。
「知ってっか? ソンファさんの息子って、俺らと同級生らしいぞ」
「うそ? 誰だろ?」
ホベタンと、俺が驚いて顔を上げると、エドは続けた。
「会ったことないよ。東中行ってんだって。超エリート」
「へぇー」
ARへのそれとは違う、マジなへぇだった。
そのへぇが途切れると同時に、感じの悪い声がした。
「おう! お前ら病気野郎のお友だちかよ?」
ああ、またか、そういうの。
向き直ると、ちょいロンゲの濃ゆい顔。
名前は知らないけど、オウガ君の後輩だ。
バカにしてるのはわかるけど、目的がわからない。
「なに? 一緒に食べる?」
後輩君は俺を無視して、ホベタンの顔を覗き込んだ。
ホベタンが怯えた顔でまっすぐに見返している。
「マジ病気だろこいつ。目つきヤベぇな……」
エドが後輩君の肩に手を置いた。
「やめとけよ」
後輩君は置かれた手をジロリと見て、エドに言った。
「何触ってんの?」
「わりい、気に障ったか?」
後輩君はエドに手を置かせたまま、エドの方に一歩近づいた。
せっかくの焼きそばも台無しだ。
「ねえ、オウガ君の友達でしょ? なにか用なの?」
後輩君はまたも俺を無視して、エドに言う。
「お前、オウガさんとタメはれるって言いふらしてるらしいな?」
エドはジョークでも聞いたような笑顔で、答えた。
「俺が? 『どけ』って言われたら、素直にどいてるぜ?」
エド、それは怒らせちゃうんじゃないの?
「マジでなめてんだろ? その態度なくね?」
あーあ……。
「いいじゃん。オウガも、俺も、ホベタンも、エザキも、みんな同級生なんだから」
「オウガさんが、ナカサワダさんのお気に入りって知らねえの?」
「わりい、知らないな。誰それ?」
「川倉の幹部だよ」
川倉。
この街を仕切ってるギャングの集まりだ。
さっきお兄さんを蹴っていた、あのおじさんもそうだ。
ARは疲れなど感じさせない勢いで、靴ひもについて話している。
「結び方変えたらさ、なんかすっげー走りやすいんだよね!」
「へぇ」
話より、話し方が面白くて好きだ。
いちいちアクション付きで話すその姿は、まるでコメディアンだ。
ただ目立ちすぎるからか、どこのグループにも混ざれないでいる。
そしてずっと情報を垂れ流すので、一緒にいると疲れる。
性格は最高にいい奴なんだけど。
「AR、疲れるときないの?」
「え……?」
放心したようなARも新鮮だ。
久しぶりに空を見ると、いつの間にか曇り空になっている。
仕事のおかげで、頭を上げるのもしんどい。
検問ゲートではさっきと同じ沿岸警備隊のおじさんが行き来する人の確認を、相変わらずかったるそうにやっている。
タッタッタッと足音が聞こえたので、顔を向けるとホベタンだった。
「やあ、お疲れホベタン」
無表情だけど、機嫌は良さそうだ。
そしてそこへ。
「わりい、待たせた」
エドも来た。
3人で相談する。
「どこいこっか? また――」
「トランプ……」
ホベタンに遮られた。
彼はいつも、『やりたいこと』を口にする。
『いつ』とか『どこ』は関係ない。
「カード持ってんの?」
エドが聞くと、ホベタンはズボンのポケットを軽く叩いた。
もちろん、『いつ』でも『どこ』でも持っている。
流れは見えた。後はどこでやるかだ。
「エド、灯台広場の焼きそば食って、ドミトリーでトランプするのはどうかな?」
「お前、はまったろ。俺がすすめた激安焼きそば」
少しだけ笑った。
3人で。
「あ、俺はやめとくわ。ドミトリー、帰るわ」
察してくれたAR。心配は杞憂ですんだ。
検問を通ると、そこは騎炉区の4番街。
カフェだのバーだの、お高く留まった店が多い。
灯台広場がある7番街へ、3人でコワキ通りを西へと歩く。
腐ったゴミの臭いがしてきて、帰ってきたなって思う。
まだ大人のお店はオープンしてない。
お兄さんやお姉さんが、店の前を掃除をしている以外、人通りもほとんどない。
見下ろせば、吸い殻や缶がいくらでも転がってる。
見上げれば電線がクモの巣のように張っている。
港湾地区の広い空の方が好きだ。
「あ、やってる」
エドの声に前を見ると、20代ぐらいのお兄さんが、地面に転がっていた。
スリでもしたのか、ギャングのおじさんに繰り返し蹴られている。
俺達が通りがかると、おじさんは黙ったまま睨みつけてきたが、特に何も起こらなかった。
そして通り過ぎた俺達の後ろで、また蹴る音が微かに聞こえてきた。
「お姉さんに、おいたしたのかもな」
エドの言っている意味が良くわからない。
「おいた?」
振り返ってたずねると、エドは肩をすくめて言った。
「いつかわかるよ」
3人で灯台広場に着くと、目当ての激安屋台に向かった。
すでに4、5人が並んでいる。
やはり人気だ。
急に大事なことを思い出した。
「ホベタン、お金持ってる?」
俺の質問にホベタンが下を向くと、エドがすかさず言う。
「いいよ、おごるよ」
「あ……」
ホベタンがエドを見ると、エドは表情を変えずにサムアップだけ見せた。
彼なりに礼を言おうとしているのは、俺達ならすぐわかる。
「エザキ、お前は払えよ」
「俺も『金ない』って言えばよかった」
「言い出しっぺじゃんか」
楽しく待っていたら、すぐに順番が来て、でき立てを受け取った。
それぞれに焼きそばを持って、誰が言い出すでもなく、広場の真ん中に。
そこにはパンケーキのような丸いコンクリの台があり、俺達はそこに座って食い始めた。
小学校の先生の話では、昔ここにあった灯台の土台部分らしい。
騎炉に住んでる人は、全員座ったことがあるんじゃないかと思う。
居酒屋、食料品店、バー、レストランが並ぶにぎやかな広場。
俺達みたいな貧乏人ばっかりじゃない。
日本人や、その他の外国人もいる。
ギャングもいるけど、そんなに危なくない広場だ。
他の中高生もよく来る。
ギャングより、むしろそっちのほうがリスクだ。
エドが箸を持った手を膝に置き、モグモグしながら言った。
「日本の焼きそばだと、なんか赤い野菜が付いてるんだよな」
「赤い野菜? パプリカ?」
「いや、なんか細長いやつ。テレビで見た」
日本の焼きそばか。
『日系人』の島国、『俺達は、どこのなに人なんだろうか』と、よく思う。
「ソンファさんが、日本は食べ物がうまいって言ってたぜ。しっかしあの赤いやつ、なんだったんだろう」
「ソンファさんに聞いて見たら?」
ソンファさんはドミトリーで小学生の面倒を見ているおばさんだ。
初めてドミトリーに来た俺を、明るく迎えてくれたのもソンファさん。
母さん以外の人で、初めてハグしたのもソンファさん。
捨て子ばっかりのここでは、ソンファさんこそみんなの母さんだ。
「知ってっか? ソンファさんの息子って、俺らと同級生らしいぞ」
「うそ? 誰だろ?」
ホベタンと、俺が驚いて顔を上げると、エドは続けた。
「会ったことないよ。東中行ってんだって。超エリート」
「へぇー」
ARへのそれとは違う、マジなへぇだった。
そのへぇが途切れると同時に、感じの悪い声がした。
「おう! お前ら病気野郎のお友だちかよ?」
ああ、またか、そういうの。
向き直ると、ちょいロンゲの濃ゆい顔。
名前は知らないけど、オウガ君の後輩だ。
バカにしてるのはわかるけど、目的がわからない。
「なに? 一緒に食べる?」
後輩君は俺を無視して、ホベタンの顔を覗き込んだ。
ホベタンが怯えた顔でまっすぐに見返している。
「マジ病気だろこいつ。目つきヤベぇな……」
エドが後輩君の肩に手を置いた。
「やめとけよ」
後輩君は置かれた手をジロリと見て、エドに言った。
「何触ってんの?」
「わりい、気に障ったか?」
後輩君はエドに手を置かせたまま、エドの方に一歩近づいた。
せっかくの焼きそばも台無しだ。
「ねえ、オウガ君の友達でしょ? なにか用なの?」
後輩君はまたも俺を無視して、エドに言う。
「お前、オウガさんとタメはれるって言いふらしてるらしいな?」
エドはジョークでも聞いたような笑顔で、答えた。
「俺が? 『どけ』って言われたら、素直にどいてるぜ?」
エド、それは怒らせちゃうんじゃないの?
「マジでなめてんだろ? その態度なくね?」
あーあ……。
「いいじゃん。オウガも、俺も、ホベタンも、エザキも、みんな同級生なんだから」
「オウガさんが、ナカサワダさんのお気に入りって知らねえの?」
「わりい、知らないな。誰それ?」
「川倉の幹部だよ」
川倉。
この街を仕切ってるギャングの集まりだ。
さっきお兄さんを蹴っていた、あのおじさんもそうだ。