眉間にシワ令嬢の婚約破棄までの72時間――策士王子に搦め捕られるまで
1 72時間前(前編)
――この眉間のシワは、今まで我慢してきた涙の歴史が刻まれたものだ。
三年間、ずっと我慢した。あなたたちのお陰で、こんな立派なシワができるまで。
「アルベール様、三日後の卒業パーティーのことですが……」
王立学園の廊下で、足早に歩く婚約者のアルベール・ヨークに声をかけた。
三日後に学園の卒業パーティーがあるというのに、パートナーを務める彼と何も話し合いができていなかった。
「あぁ、ローゼか。今日は忙しいんだ、また今度……」
こちらにチラリと視線を送ったアルベール様は、鬱陶しそうに手を振り、立ち去ろうとする。
「また……って、もう三日後ですわよ!? ドレスの色合わせの相談だってしたかったのに、何もおっしゃらないから、こちらで勝手に手配しましたのよ!」
私が声を荒げると、アルベール様はうんざりしたように大きく溜息をついた。
「はぁ、当日は迎えに行く。……これからカトリーヌの主治医が来るんだ、もういいだろ?」
「カトリーヌ様の診察には、毎回アルベール様も立ち会わないとならないんですの!?」
私が問い詰めると、アルベール様はあからさまに顔を歪める。
「……君はいつもそうだな。学園を卒業したら、君はヨーク家に嫁入りするんだ。カトリーヌと仲良くしてくれないと困るよ。君にも、彼女の世話をしてもらわないとならないんだからな。……もう行くぞ」
アルベール様は話を切り上げて、さっさと行ってしまう。
私は遠ざかっていく背中を、見送ることしかできなかった。
(な……、私がカトリーヌ様の世話を!? そ、それって妻じゃなくて使用人なのでは!?)
カトリーヌ様は、アルベール様の二つ下の義妹だ。ヨーク公爵の後妻の連れ子なのだという。
彼女は元々病弱で、私が三年前に婚約者になった時には、すでに彼の一番はカトリーヌ様だった。
(最初は、家族思いの優しい人なのだと、思っていたのだけど……)
月一度の茶会の時だって、カトリーヌ様の体調が悪いとすっぽかされるのも茶飯事。さっきのように主治医が来る日だと、途中で当たり前のように帰っていく。
私への誕生日プレゼントは、カトリーヌ様が気に入ったという物ばかり。
前回いただいたのは、ピンク色のレースのショールだった。メッセージカードには、“彼女が好きな物だから、君も気に入るはずだ”と書かれていて、たしかにカトリーヌ様にはとても似合いだと思う。
彼は、私の好きな物なんて知らない。私のことなど、端から眼中にないのだろう。
それでも一度だけ、彼に助けられたことがある。三年前、まだ婚約者になったばかりの頃だ。
体調が悪かった私に気づいて、救護室まで連れていってくれた。
『君は俺の婚約者なのだから、これくらい当然だろう』
そう言ってくれて、心が温かくなった。
この優しい彼とは、うまくやっていけるかもしれない――そう思っていたのだけど。
夕日が差し込む窓辺から外を覗くと、寄り添って歩く二人の後ろ姿を見つけた。
カトリーヌ様がよろけると、すぐさま背中を支えるアルベール様。顔を見合わせ、微笑み合う。
まるで恋人同士のような二人の姿。
今年、カトリーヌ様が学園に入学してきてから、こんな仲睦まじい光景を私は幾度となく見てきた。
その度に目頭がツンと痛くなって、私は必死に涙を堪えた。
この眉間にできたシワは、今まで我慢してきた涙の歴史が刻まれたもの。
(……私はこれから、妻とは名だけの、義妹の世話係として、あの二人に尽くさないといけないんですの……?)
政略結婚なのだから、愛が欲しいなどとは言わない。けれど、妻としての尊厳くらいは必要だ。
私は下唇を噛みしめ、ぐっと眉間に力を入れた、その時――。
「そんなに眉間にシワを寄せたら、美人が台無しだよ? ローゼ嬢」
三年間、ずっと我慢した。あなたたちのお陰で、こんな立派なシワができるまで。
「アルベール様、三日後の卒業パーティーのことですが……」
王立学園の廊下で、足早に歩く婚約者のアルベール・ヨークに声をかけた。
三日後に学園の卒業パーティーがあるというのに、パートナーを務める彼と何も話し合いができていなかった。
「あぁ、ローゼか。今日は忙しいんだ、また今度……」
こちらにチラリと視線を送ったアルベール様は、鬱陶しそうに手を振り、立ち去ろうとする。
「また……って、もう三日後ですわよ!? ドレスの色合わせの相談だってしたかったのに、何もおっしゃらないから、こちらで勝手に手配しましたのよ!」
私が声を荒げると、アルベール様はうんざりしたように大きく溜息をついた。
「はぁ、当日は迎えに行く。……これからカトリーヌの主治医が来るんだ、もういいだろ?」
「カトリーヌ様の診察には、毎回アルベール様も立ち会わないとならないんですの!?」
私が問い詰めると、アルベール様はあからさまに顔を歪める。
「……君はいつもそうだな。学園を卒業したら、君はヨーク家に嫁入りするんだ。カトリーヌと仲良くしてくれないと困るよ。君にも、彼女の世話をしてもらわないとならないんだからな。……もう行くぞ」
アルベール様は話を切り上げて、さっさと行ってしまう。
私は遠ざかっていく背中を、見送ることしかできなかった。
(な……、私がカトリーヌ様の世話を!? そ、それって妻じゃなくて使用人なのでは!?)
カトリーヌ様は、アルベール様の二つ下の義妹だ。ヨーク公爵の後妻の連れ子なのだという。
彼女は元々病弱で、私が三年前に婚約者になった時には、すでに彼の一番はカトリーヌ様だった。
(最初は、家族思いの優しい人なのだと、思っていたのだけど……)
月一度の茶会の時だって、カトリーヌ様の体調が悪いとすっぽかされるのも茶飯事。さっきのように主治医が来る日だと、途中で当たり前のように帰っていく。
私への誕生日プレゼントは、カトリーヌ様が気に入ったという物ばかり。
前回いただいたのは、ピンク色のレースのショールだった。メッセージカードには、“彼女が好きな物だから、君も気に入るはずだ”と書かれていて、たしかにカトリーヌ様にはとても似合いだと思う。
彼は、私の好きな物なんて知らない。私のことなど、端から眼中にないのだろう。
それでも一度だけ、彼に助けられたことがある。三年前、まだ婚約者になったばかりの頃だ。
体調が悪かった私に気づいて、救護室まで連れていってくれた。
『君は俺の婚約者なのだから、これくらい当然だろう』
そう言ってくれて、心が温かくなった。
この優しい彼とは、うまくやっていけるかもしれない――そう思っていたのだけど。
夕日が差し込む窓辺から外を覗くと、寄り添って歩く二人の後ろ姿を見つけた。
カトリーヌ様がよろけると、すぐさま背中を支えるアルベール様。顔を見合わせ、微笑み合う。
まるで恋人同士のような二人の姿。
今年、カトリーヌ様が学園に入学してきてから、こんな仲睦まじい光景を私は幾度となく見てきた。
その度に目頭がツンと痛くなって、私は必死に涙を堪えた。
この眉間にできたシワは、今まで我慢してきた涙の歴史が刻まれたもの。
(……私はこれから、妻とは名だけの、義妹の世話係として、あの二人に尽くさないといけないんですの……?)
政略結婚なのだから、愛が欲しいなどとは言わない。けれど、妻としての尊厳くらいは必要だ。
私は下唇を噛みしめ、ぐっと眉間に力を入れた、その時――。
「そんなに眉間にシワを寄せたら、美人が台無しだよ? ローゼ嬢」


