壊れそうな心を抱きしめて
プロローグ
――カランカラン。
「いらっしゃいませ」
扉を開けると、ふわりとコーヒーの香りが漂ってくる。
そして、マスターの声。
「こんにちは。いつもの席、空いてますか?」
マスターに尋ねると、奥の窓側の席を手で示しながら、
「空いてますよ」
と案内してくれる。
窓際の席。
木の香りとコーヒーの香りが漂うこのお店で、一番日当たりのいい席。
「ご注文はどうされますか?」
「……今日もおすすめでお願いします」
そう答える。
「かしこまりました」
マスターはカウンターへ向かうと、カウンターの奥でカップを拭いていた男性に声をかけた。
「奥の席のお客さん、今日のおすすめで」
「わかりました」
そう答えながら、ちらっと私を見る。
視線が合った気がした。
しばらくして、コトン、とテーブルにカップが置かれる。
「お待たせしました。今日のおすすめのモカブレンドになります」
さっきの男性が、コーヒーを持ってきてくれた。
「ありがとうございます!」
お礼を言うと、彼は伏し目がちに軽くお辞儀をして、カウンターへ戻っていった。
カップを手に取り、一口飲む。
口の中に、ほのかなコーヒーの苦味がすーっと染み渡っていく。
「ふぅ……」
思わず息を吐く。
一息つくと、いつものようにカバンから小説を取り出し、ページをパラパラとめくり始めた。
ここに来ると、不思議と心が落ち着く。
誰とも話さなくていい。
何も頑張らなくていい。
ただコーヒーを飲みながら、本を読んでいればいい。
それだけでよかった。
***
コーヒーを飲み終えると、本を閉じて立ち上がる。
「……んんーーっ!!」
軽く背伸びをして、
「よしっ!」
と気合を入れる。
すると、マスターが声をかけてきた。
「今日のおすすめはどうでした?」
「今日は、昨日までの仕事の疲れが溜まっていたので、すっきりしました!」
「それはよかったです。ありがとうございます」
会計を済ませ、店を出ようとすると、
「またのお越しをお待ちしております」
とマスターの声が聞こえた。
――カランカラン。
扉を開け、外へ出る。
そして、扉を振り返る。
「……今日も、ごちそうさまでした」
心の中で、そっと呟いた。
私の休日の充電時間は、静かに終わりを告げた。
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