モテ男とデキ女の奥手な恋
阿久津の宣言通り、終業後拉致されるように会社を出た俺は、芦田さんも交えた3人で居酒屋にいた。
乾杯のビールを飲み、適当につまみを頼む。いつものことだが、2、3杯目には阿久津と芦田さんが店員の女の子に絡んでいった。
「君、学生?」
「若いねー。若さっていよねぇ」
「30越えた俺たちなんてオッサンみたいに見えるでしょ」
そういう絡み方するのがオッサンだよ。
と、心中で毒づきながら、ハイボールを口にする。
と、ぐいと芦田さんに引っ張られた。
「コイツはどう?一応イケメンで売ってるんだけど」
俺は商品じゃねぇよ。
思いながら、芦田さんが声をかけた店員に苦笑を向ける。
「ごめんね。そんなこと言われても困るよね」
女の子は俺の顔を見て、少し照れたようだった。わずかに頬を染め、にこりと笑って、いえ、大丈夫です、と答える。
20歳そこそこの女子にもまだ有効か。
わずかに喜びを感じた途端、そんな自分が虚しく感じた。
「お前らの同期も、だいぶ差がついてきただろ」
店員がいなくなると、芦田さんが話し始めた。
「出世頭の筆頭、女だってな。橘だろ」
俺はあまり話に乗る気になれず、控えめに相槌を打つ。
「知ってるんすか、橘のこと」
「まだ新人のときにな。一回飲みに行ったよ。俺の同期と一緒に」
阿久津の問いに芦田さんが答えた。
「あいつ、見た目は悪くないけど、女としてはちょっとな。仕事に生きるつもりなんだろうな、男を馬鹿にしてる感じあるし」
「あー、そういうタイプっすよね。可愛いげないっていうか」
あいつの何を知ってるっていうんだ?
俺は喉元まで出かかった言葉を飲み込む。
別に弁解してやるような仲じゃない。今、たまたまフロアが一緒なだけの、ただの同期だ。
ふと、化粧の鎧が剥がれた橘の横顔を思い出す。
心細げな。少女のような。
男のひがみはまだ続く。聞くに堪えず、俺はハイボールを一気にあおった。
胸くそが悪い。
「おっ、マーシー、今日は行くねぇ」
こんなときは、酒に強い我が身が恨めしい。
酔ってしまえば楽なのに。
「焼酎、ロックで」
曖昧に笑って、近くにいた店員に声をかけた。
「まりあちゃん、またねぇ」
足のふらつく阿久津の腕を支えながら、俺は嘆息した。
もう日付は変わっている。阿久津と芦田さんをタクシーに放り込んだ。タクシーのドアが閉まる。
「マーシー、お前俺たちを先に帰して、まりあちゃん連れ込む気か」
「馬鹿言うな。帰るに決まってんだろ」
いちゃもんを付け始める阿久津に言い放って、タクシーの運転手に声をかけた。車が動き出し、曲がって見えなくなる。
ようやく解放された。
思って一息ついたとき、まりあという源氏名の女が豊満な胸を俺の腕に押し付けてきた。店で着ていたナイトドレスのまま出てきていて、見るだに寒い。
「風邪引かないの、そんな格好で見送りして」
「少しの間だけだもん、大丈夫」
まりあは俺の肩に頬を寄せた。髪につけた香水のにおいが鼻につく。
「私は、いいけど。神崎さんにお持ち帰りされても」
頬を寄せられた肩に化粧がついていないことを祈りながら、俺は苦笑した。
「やめとくよ。今日はずいぶん飲んだから」
「そう言って、いっつも何にもしないくせにー」
君みたいな子には興味がないんだ。
出かけた言葉を飲み込んで、ほどほどの笑顔を浮かべながら、タクシーに乗るか歩いて帰るか考えていたとき、人の気配を感じた。
「……橘」
振り向くと、立っていたのは橘だった。
残業していたのだろう。会社用の化粧とヘアセットで武装した姿には、さすがに疲れが見えた。
しかし、その表情は、会社で被る仮面を忘れたかのようにぼんやりしていた。
疲れすぎて頭が動いてねぇのかな。
思って、近づきながら眼前で手を振る。
「オーイ。大丈夫か?」
橘は、急にファイティングポーズを取った。膝が内側に入った、いかにも弱そうなものだったが。
「あんたも、やっぱりそういうお店に行くのね」
きりりとした目線は会社で見るものよりも鋭い。
「阿久津に連行されたんだよ」
言いながら、まりあが絡めてきた腕をそろりと解く。
「鼻の下伸ばしながら、よく言うわ」
いつ伸ばしたよ。
俺は脱力感に抗えず、嘆息した。
「神崎さん、また来てね」
まりあはにこりと笑って言うと、店に戻って行った。その後ろ姿を追い、改めて橘に目をやる。
橘の目が、段々と潤んできた。
おいおい。仕事しすぎて精神的に壊れかけてんじゃねぇの。
俺は焦って、柄にもなくオロオロした。
「橘。一人で抱えんなよ。話聞くくらいなら俺にもーー」
言いかけたとき、橘の目がぎらりと光った。
「奢るわ」
「……は?」
「ウィスキーでも、ブランデーでも」
ぽかんとする俺をそのままに、橘は身を翻す。
「行くわよ」
断る余地のない調子で言って、橘は歩き出した。
乾杯のビールを飲み、適当につまみを頼む。いつものことだが、2、3杯目には阿久津と芦田さんが店員の女の子に絡んでいった。
「君、学生?」
「若いねー。若さっていよねぇ」
「30越えた俺たちなんてオッサンみたいに見えるでしょ」
そういう絡み方するのがオッサンだよ。
と、心中で毒づきながら、ハイボールを口にする。
と、ぐいと芦田さんに引っ張られた。
「コイツはどう?一応イケメンで売ってるんだけど」
俺は商品じゃねぇよ。
思いながら、芦田さんが声をかけた店員に苦笑を向ける。
「ごめんね。そんなこと言われても困るよね」
女の子は俺の顔を見て、少し照れたようだった。わずかに頬を染め、にこりと笑って、いえ、大丈夫です、と答える。
20歳そこそこの女子にもまだ有効か。
わずかに喜びを感じた途端、そんな自分が虚しく感じた。
「お前らの同期も、だいぶ差がついてきただろ」
店員がいなくなると、芦田さんが話し始めた。
「出世頭の筆頭、女だってな。橘だろ」
俺はあまり話に乗る気になれず、控えめに相槌を打つ。
「知ってるんすか、橘のこと」
「まだ新人のときにな。一回飲みに行ったよ。俺の同期と一緒に」
阿久津の問いに芦田さんが答えた。
「あいつ、見た目は悪くないけど、女としてはちょっとな。仕事に生きるつもりなんだろうな、男を馬鹿にしてる感じあるし」
「あー、そういうタイプっすよね。可愛いげないっていうか」
あいつの何を知ってるっていうんだ?
俺は喉元まで出かかった言葉を飲み込む。
別に弁解してやるような仲じゃない。今、たまたまフロアが一緒なだけの、ただの同期だ。
ふと、化粧の鎧が剥がれた橘の横顔を思い出す。
心細げな。少女のような。
男のひがみはまだ続く。聞くに堪えず、俺はハイボールを一気にあおった。
胸くそが悪い。
「おっ、マーシー、今日は行くねぇ」
こんなときは、酒に強い我が身が恨めしい。
酔ってしまえば楽なのに。
「焼酎、ロックで」
曖昧に笑って、近くにいた店員に声をかけた。
「まりあちゃん、またねぇ」
足のふらつく阿久津の腕を支えながら、俺は嘆息した。
もう日付は変わっている。阿久津と芦田さんをタクシーに放り込んだ。タクシーのドアが閉まる。
「マーシー、お前俺たちを先に帰して、まりあちゃん連れ込む気か」
「馬鹿言うな。帰るに決まってんだろ」
いちゃもんを付け始める阿久津に言い放って、タクシーの運転手に声をかけた。車が動き出し、曲がって見えなくなる。
ようやく解放された。
思って一息ついたとき、まりあという源氏名の女が豊満な胸を俺の腕に押し付けてきた。店で着ていたナイトドレスのまま出てきていて、見るだに寒い。
「風邪引かないの、そんな格好で見送りして」
「少しの間だけだもん、大丈夫」
まりあは俺の肩に頬を寄せた。髪につけた香水のにおいが鼻につく。
「私は、いいけど。神崎さんにお持ち帰りされても」
頬を寄せられた肩に化粧がついていないことを祈りながら、俺は苦笑した。
「やめとくよ。今日はずいぶん飲んだから」
「そう言って、いっつも何にもしないくせにー」
君みたいな子には興味がないんだ。
出かけた言葉を飲み込んで、ほどほどの笑顔を浮かべながら、タクシーに乗るか歩いて帰るか考えていたとき、人の気配を感じた。
「……橘」
振り向くと、立っていたのは橘だった。
残業していたのだろう。会社用の化粧とヘアセットで武装した姿には、さすがに疲れが見えた。
しかし、その表情は、会社で被る仮面を忘れたかのようにぼんやりしていた。
疲れすぎて頭が動いてねぇのかな。
思って、近づきながら眼前で手を振る。
「オーイ。大丈夫か?」
橘は、急にファイティングポーズを取った。膝が内側に入った、いかにも弱そうなものだったが。
「あんたも、やっぱりそういうお店に行くのね」
きりりとした目線は会社で見るものよりも鋭い。
「阿久津に連行されたんだよ」
言いながら、まりあが絡めてきた腕をそろりと解く。
「鼻の下伸ばしながら、よく言うわ」
いつ伸ばしたよ。
俺は脱力感に抗えず、嘆息した。
「神崎さん、また来てね」
まりあはにこりと笑って言うと、店に戻って行った。その後ろ姿を追い、改めて橘に目をやる。
橘の目が、段々と潤んできた。
おいおい。仕事しすぎて精神的に壊れかけてんじゃねぇの。
俺は焦って、柄にもなくオロオロした。
「橘。一人で抱えんなよ。話聞くくらいなら俺にもーー」
言いかけたとき、橘の目がぎらりと光った。
「奢るわ」
「……は?」
「ウィスキーでも、ブランデーでも」
ぽかんとする俺をそのままに、橘は身を翻す。
「行くわよ」
断る余地のない調子で言って、橘は歩き出した。