モテ男とデキ女の奥手な恋

 仕事初めの日。デスクに行ってみると、少し値の張りそうなコーヒー粉が、味気ない無地の紙袋に入って置かれていた。
 中には名刺大のメモがあり、思いの外きれいな字で一言書いてある。
【先日はありがとう。少しですがお礼に。お気に召せばよいですが。橘】
 俺はメモを元通り袋にしまった。脳裏に和服姿の橘が蘇る。
 気を使わせてしまったようだ。メッセージを送るべきか、たまたま会ったときに声をかければいいか。
 考えていたとき、上司のマイクから声をかけられた。
「マーシー。ちょっと話があるんだけど。11時から、ちょっといいかな」
 俺は首を傾げながら頷いた。

 11時、マイクについて別室の会議室に行くと、そこには知らない男性が一人。
「九州支部事業課の上家です」
「神崎です」
 名乗られて、会釈しながらこちらも名乗る。
 嫌な予感がしながら、勧められるまま椅子に座った。
 俺が勤める会社は元々インテリアメーカー。その後、空間作りという観点で事業展開してきた。
 どちらかといえば家庭ではなく、ホテルなど事業者を中心に販売しているため、直営店は都内に一社あるのみ。
 古きよき物を大切に、というスタンスから、外資系とはいえ、日本限定品として、伝統工芸品やその職人とのコラボレーションも行う。
 東京にあるこの本社の他、大阪に関西支社、福岡に九州支社があった。
 その九州支社から来た人が、俺に何の用があるというのか。
「今、九州支社の発案で、九州の伝統工芸品とのコラボレーション企画があるんですが、提携先の確保に難航してまして」
 上家さんは机上で手を組みながら話し始めた。
「その交渉役に、本社から一人連れて来いという話で」
「……俺は今、プロモーション担当ですけど」
 話の方向性がなんとなく分かったところで、俺は静かに言った。
 俺は今、広報課で、主にプロモーションイベントの企画や実施をしている。
「マーシーは、新人時代、アメリカで契約取りつけてきたらしいね。営業でもないのに」
 マイクが微笑んで言った。彼はアメリカ人と日本人のハーフで、生まれ育ちはアメリカだが、日本語も話せる。
「それは……たまたま、話の流れで」
「プロモーションの会場確保でも、マーシーがいたから、昨年初めて大手ホテルが協力してくれた」
「……運がよかっただけです」
 謙遜している訳ではない。本当に売り込む気はなかったのに、たまたまうまくいっただけの話だ。
 が、ふと姉の言葉が蘇る。
 ーー相変わらず、無自覚に人をひきつけるのね。ーー
 ……まさかな。ビジネスはまた別だろ。
「まあ、物は試しだ。ダメで元々、君にとっても、悪くない話だと思うよ」
「いや、あの……」
「気乗りしない理由があるのかな?」
 マイクが色素の薄い瞳で俺の目を覗き込んで来る。
 弟の結婚式がーー関係ないか。
 家の契約がーーこれも関係ないな。むしろちょうど更新時期だ。
 後はーー
 橘の横顔が、ふと脳裏に浮かぶ。
 それを振り払うように、首を振った。
「いえ。驚いただけです」
 上家さんとマイクはほっとしたように顔を見合わせて笑った。
「ちなみに、いつからいつまで?」
「できるだけはやく行ってほしいが、帰りは状況による。先方が納得すれば一週間でも。そうでないならプロジェクトの終わりまで。とりあえずはこちら付きのままで向こうに行って、必要に応じて異動扱いにする」
 俺は自分の顔が歪み、複雑な表情になったのを感じた。思わず目がさまよう。
「急なことで驚くのも分かる。少し落ち着いて考えて。明日また話そう。いいかな」
 俺は神妙な顔のまま頷いた。
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