モテ男とデキ女の奥手な恋
【仕事、終わらなければ今日はやめるから。無理すんなよ。スマホに待ち合わせ場所送る】
終業時間になろうという頃、橘に社内メッセージを送る。
【了解。少し残ってく】
橘の返事を見てからパソコンを閉じ、鞄とコートを持って部屋を出た。
会社を出て駅の方へ向かう。よく立ち寄る本屋併設のカフェに入ると、少し迷ってからダージリンティーを頼んだ。
どうせコーヒーは後で飲むんだし。
思いながら、一番奥の窓際席に腰掛け、スマホを取り出す。
【このカフェで待ってる】
地図のURLと共に、スマホにメッセージを送ると、テーブルの上に置いた。
窓の外には、足早に帰宅する人、ギター片手に歌う人、スマホを手に人を待つ人ーーそれらを含んだ雑踏が広がっている。
そういう人の流れを、窓越しにただ見ているのは、嫌いではなかった。それぞれの人に、それぞれの生活があり、世界がある。そのごく一瞬を切り取ったのが、今俺が見ているものなんだろう。
そんなことを考えていると、スマホにメッセージの着信があった。
【ごめん、あと2時間くらいかかりそう。大丈夫?】
了解、と返事を送る。少しそっけなかったかと思って、追加で送った。
【窓越しに人間観察、楽しんでるから気にせずどーぞ】
ティーカップを口に運びながら、俺はぼんやりと外を見ていた。
「……なに、考え、てんのよ、ごほっ、窓際、……はあっ、なんて」
肩で息をしながら橘がやって来たのは、それから1時間後だった。
思いのほか早い登場に驚きながら、俺は机に手を着き息をする橘を見る。
長めのピーコートは膝まで覆い、ショートブーツと同じグレー。スカートの丈が短いので、裾までコートに隠れている。
「ずいぶん早かったな」
ティーカップから最後の一口を口にする俺を、橘は睨みつけているーーつもりだろう。残念ながら、すっかりオフィス用の仮面がはがれていて、全く迫力がないが。
「自分が、目立つ、容姿だって、ちゃんと、分かってる?」
まだ息が整わないらしい。息継ぎ息継ぎ言う姿が面白いーーいや。
今感じたことを表現する言葉に気づいて、俺は頬をかきながら目を背けた。何とも言えない気恥ずかしさが込み上げたからだ。
一度自覚すると、こうも変わるものか。
橘はそれを訝しむ余裕もなく、ひとまず俺の前の椅子に座った。
「……大丈夫か?」
一応聞いてやると、また迫力のない目で睨まれる。
だから、ーー可愛いだけだって。それ。
思うが口にしない。言ったら互いに身動きできなくなりそうだ。
「あんたが窓際にいるなんて言うから」
橘は頬を膨らませるようにしながら言った。
「超高速で仕事片付けて、走って来たのよ。運動苦手なのに」
運動が得意でないのは、走って来る姿を見て分かった。が、怒りそうなのでこれもまた口にしない。
「お茶、飲んでく?もう出る?」
「出るに決まってるでしょう」
橘は呆れたように言った。
「あんたがカフェでお茶してる光景なんて、絵になりすぎて危険よ。分かってないでしょ」
女の言うことはときどき訳がわからない。俺は首を傾げつつ、鞄を手に立ち上がった。
「……ま、いいか」
店を出ながら呟く。
「そのおかげで、仕事早めに切り上げてくれたんなら、窓際席も悪くない選択だったってことだな」
にやりと笑って隣を見やると、橘が顔を真っ赤に染めていた。