モテ男とデキ女の奥手な恋

「よーし。マーシー、行くぞ」
 終業時間になるや否や、阿久津に強引に肩を組まれた俺は、既視感に襲われながらその手をはぎ取ろうとした。
「行くって、どこに」
「そりゃ、決まってるだろ。もう予約しといたから」
 俺は深々と嘆息して、阿久津に向き直る。が、阿久津は号令一番、さっさと他の二人と連れ立ってオフィスから出て行ってしまった。
 まさか、さっきいなかったのってこういうことか?
 思いながら他のメンバーに目をやると、上家さんが苦笑いしながら肩を叩いた。
「全員での歓迎会は、今週中に企画しようか。とりあえず、行ってきたら」
 もともと、歓送迎会というような日本的な風習はあまりない社風だ。俺は嘆息して、阿久津の去ったドアの向こうを見た。
「歓迎会は、いいですよ」
 もし叶うなら、飲みに行きたいのはむしろ織物組合の会長や会員だ。社員と深める交流は最低限でいいーー
「少しずつ、馴染んで行ければと思ってますから」
 冷たく取られないようにそう補足して出ようとする俺を、江原さんが呼び止めた。
「私も行きます」
「へ?」
「私、何にも教えてもらえないんで。神崎さんも一緒なら、何か聞けるかもしれない」
 その目はやる気に満ち満ちている。よほど本人の意思に反して干されていたのか。
 阿久津のことだから一軒目は普通の居酒屋で、二軒目で女の子のいる飲み屋だろう。
 ーーだが。
「いいの?結構下世話なこと言うよ、あいつ」
「知ってます。何度か一緒に飲みに行ってますから」
 声を潜めた忠告にも、江原さんは動じない。俺は嘆息した。
 ーー入社二年目ってことは、23、4だよな。
 ついつい、弟の婚約者を思い出す。江原さんはちょうど、香子ちゃんをもう少し地味にして、少しクールさを和らげーーいや、むしろアツくした感じだ。
「……そこまで言うなら」
 俺は渋々頷いて、江原さんの前を歩いた。

「アキも来るの?珍しいじゃん。マーシー狙い?」
「そういうんじゃありません。たまにはいいですよね?」
「まあ……とりあえずはね」
 会社の玄関口で合流した阿久津は、他の二人と顔を見合わせながら、気乗りしなそうに応じた。
「でもさぁ、気をつけなよ」
 にやりと笑って阿久津は江原さんの耳元に口を寄せる。
「マーシー、今まで何人の女食ったかわかんないくらいだから、食われないように気をつけろよ。ま、そういう男と経験してみたいなら止めないけど」
 人を肉食獣のように言いやがって。俺は女を自分からベッドに連れ込んだことはないぞ。
 俺は嘆息しながら、歩き出した阿久津たちについて歩き出した。
「さっきの、信じてませんから」
 江原さんが小声で言うが、俺は苦笑した。 あまり美化されてもありがたくない。俺はそんなに立派な男じゃない。
「何人と寝たかわかんないのは確かだな。幻滅したなら今日は帰りなよ。無理することはない」
 江原さんは生真面目な顔のまま首を振った。
「そこはそれ、経験が多いのは見ればわかります」
「え、分かっちゃうの?」
 なに、女ってどういうセンサーついてんの。お兄さん怖いよ。
 わずかに歪んだ俺の顔を見て、江原さんは笑った。
「だって、女の人の方が放っとかないでしょう。でも、神崎さんはそれを断れそうにないから、わかります、ってことです。だって今日のこれも断らないくらいだもの」
 指摘されて、俺は肩を竦めた。
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