公爵様に、「父親と歳が近い男は嫌だろう?」と言われましたが、私そんなに若くないですけど。
◇

アディラ伯爵邸に馬で乗り付けたので、門番たちは動揺した。

「ノ、ノルマン公爵閣下?どうされました?」

「伯爵夫人に昔のよしみで用があるんだ」
「そ、そうでしたか。お取次ぎ致します」
「いや、結構だ。私が行こう。ティーパーティーが開かれていると聞いたが?」
「でしたら中庭の方へ」

伯爵邸の使用人がそう言うなり、ルークスは馬を預けて小走りで中庭へ急いだ。アディラ伯爵邸には公爵邸のような広大さはなく、中庭からの声が漏れているのですぐに場所が分かった。


「きゃあああ」
中庭から悲鳴が上がった。

「な、なんだ?」
ルークスの後ろを着いて来た門番が言った。

見ると、シエナがカップを持って立っている。カップの中身は空だ。そしてその目の前に、ドレスが濡れて呆然と立ちすくむアディラ伯爵夫人。

「あ、貴方、伯爵夫人に何てこと」
「謝りなさい!今すぐに!」

アディラ伯爵夫人を取り巻くように周りの令嬢達がシエナに叫ぶ。シエナはゆっくりと口を開いた。

「何てこと?先日、伯爵夫人がした事よりはマシだと思いますが」
その声はいつもと同じトーンだったか、冷たくその場に響いた。

「私がかけたのはただの水です。伯爵夫人のように、淹れたてのお茶ではありませんのでご心配なく」

シエナの言葉に、ルークスの頭のネジがひとつ飛んだ。

「――淹れたて?」

ぴりぴりと冷ややかな冷気を纏い、ルークスはシエナに歩み寄った。

「閣下?」
ラベンダーの瞳が見開く。すぐにでもドレスを破き、先日濡れていた腹部を確かめたかったがルークスは我慢した。そのいら立ちのままアディラ伯爵夫人を見据えた。

「ルークス……!」
伯爵夫人は熱の籠った瞳でルークスを見上げたが、冷ややかな視線と目が合うと引きつったような顔をした。

「夫人。シエナ嬢の言ったことは本当か?」
低く重くルークスの声が庭園に響く。

「そ、それは……」
「事実かと言っている」
震える夫人の声を遮る。夫人は奥歯を噛み締めて言った。

「い、いいえ!そのようなことしていません!彼女の虚言です!」

「ふむ……」
ルークスの瞳がさらに冷たくなったことに、伯爵夫人以外は気付いた。

「ではここにいる参加者にも聞こう、調べればわかることだが……どちらが虚言を言っている」

恐がらせてはいけないと、最近は常に気を付けている。怒りに満ちているが、口元だけは歪ませた。一部から悲鳴が上がった。

悲鳴を上げた幼い令嬢が伯爵夫人を見た。すると、ほかの令嬢達も伯爵夫人に軽蔑の目を向けている。

「なっ……!貴方たち!誰に向かってそんな目を向けているか分かっているの!」
甲高い声でアディラ夫人が叫んだ。

「ル、ルークス。誤解です。私は何も……」
夫人は膝を付いたまま、縋るようにルークスに手を伸ばした。

嫌悪感が走った。しかしその途端、目の前に藍色の髪がふわりと広がった。

ルークスの前に、庇うようにシエナが立った。

「な、なによ貴方!そこをどきなさい!」

アディラ夫人が叫ぶ。


「――夫人、これ以上この方に執着するのは止めてください」

凛とした声だった。華奢な肩が少し震えている。抱きすくめてしまいたいのをルークスはもう一度耐えた。
(何の苦行だ……!)

「なっ……!私とルークスは……」
「――夫人」

もう一度アディラ夫人の言葉を遮る。

「ファーストネームで呼ぶのは今後おやめください。夫人の私を気遣う気持ちは理解致しました。だが我々もいい歳だ。これからはその熱意を自分の家族に向けて欲しい」

淡々と言った。ルークスは一刻も早く二人きりになりたかった。

シエナの腰に慎重に手を回し、エスコートするように促す。後ろに控えていたオルドに言う。
「馬車を回せ」
「準備しております」

そのまま立ち去ろうとしたが、ルークスは振り返り吐き捨てるように言った。

「それと、彼女の身体に傷が残ろうものならば、それ相応の対応を我が公爵家から要求する。通達を待つように」



◇



ルークスはエスコートをしながらゆっくりと馬車へ向かう。

「閣下、お歳はいくつなんですか?」
「え?」
「いい歳と言ってらしたので……」
「ああ。私は32だ」

「えええ。見えませんでした。てっきり十……いえ、二十代前半かと」
「そのように若くては公爵位はまだ継げないだろう。ノルマンの血筋は童顔だからな」
「いえ、童顔で済まされる範囲内ではないような……」
シエナは納得できない顔をしている。

ルークスははたと気付いて、エスコートの手を外した。
「すまない、近すぎたな。君にとって父親に近い歳だろう?そのような男に言い寄られても気味が悪いと思うんだが……」

思わずうつむいてしまう。言っておきながら虚しくなる。それでもルークスは伝えようと勇気を出した。
前を向くと、シエナはぽかんと口を開けている。

「え……?いえそんなに私のお父様は若くないですし……え?言い寄る?誰が…誰に……」
混乱しているシエナに、人差し指で指ながら説明した。

「私が、君にだ」

「へっ」
可愛らしい声を出したと思うと、シエナの頬はみるみる夕焼け色に染まった。

「ちょ、ちょっと待ってください!状況を整理しましょう?」

顔を真っ赤にして慌てるシエナの可愛さに動揺しながら、ルークスも頷く。

「あ、ああ」

シエナは深呼吸して言った。

「まず、閣下は私を幾つとお思いで?私は32の父がいるような歳ではありません!」

シエナの迫力に押されながらしどろもどろにルークスが答える。
「十五、十六くらいでは?」

今度はシエナの顔が怒りで赤くなった。

「わ、私のどこを見てそのような?」
声が震えている。母の逆鱗に触れた時と同じ感覚になり、ルークスの肝は冷えた。
「ち、違うんだな?すまない。社交デビューしたばかりと聞いたから」

そうは言っても、ルークスに女性の年齢など分からない。二十~四十辺りまでの女性は皆、年齢不詳だと思っている。

シエナは短く息を吐いた。
「なるほど。確かに言いましたね。閣下と出会った夜会が私の社交デビューの場でした」

シエナの怒りが落ち着いたようで、ルークスはほっとして大きく頷いた。
「そうだろう?」

「で、す、が!私はどうみても成人前の女性ではないはずです!」
帝国の成人は17歳だ。多くの貴族は成人する一年前に社交界デビューを果たす。シエナにじろりと睨まれ、ルークスは口を閉じた。

「わ、私は今年で25になります。社交界デビューが遅くなったのは、隣国へ魔術勉強で留学していたからなのです」
恥ずかしそうに口を尖らせている姿に、ルークスは悶えそうになるのを押さえた。シエナは「淑女の口から年齢を言わすなんて……」と呟いている。


ルークスはシエナの左手にキスをした。シエナが固まる。
「では堂々と交際を申し込めるな」
「16歳だったら申し込まなかったのですか?」
真っ赤な顔で、睨むように見据えられ、シエナを持つ手に力が入る。
「こんな往来でそのような顔をしないでくれ」
「……?!ご、ごまかさないでください」

ごまかす気などないのだが。
「もちろん申し込むつもりだった。成人するのを待ってな」


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