嫌われ公女が継母になった結果

6.公女、満たされる。

晩餐の時間も、パトリスはソワソワを隠せていなかった。

やがて、皆が食事を終え、武骨な給仕役がお茶を出してくれると、パトリスが伏し目がちに口を開いた。


「養父上……」


控え目な消え入るような声。だけど、その奥にしっかりと意志を感じ取れる声。

カトランが目をほそめた。

わたしがこの城に来てから、パトリスから会話を切り出したのは初めてだった。


「なんだ?」

「……今日、なんで……、養父上の城は落ちなかったのですか……?」


実戦をはるかに簡素化した攻城戦ゲーム。

誤解から罵倒した詫びのように、カトランは何度も付き合ってくれた。

カトランの〈メソメソ軍〉が守る城は、5人がかりでも、一度も落とすことが出来なかった。


「……え? そんなに前から……?」

「先の先を読む。そして、備える。ならば、勝てなくとも負けはしない」


カトランの淡々とした解説に、パトリスが目を輝かせる。

この親子の間に、いまは共通の話題が戦争しかない。

パトリスはまだ6歳だというのに。

ゲームを終え、カトランが先に部屋を出た後のこと。

マルクが感慨深げに語りだした様子を察し、ザザはパトリスを連れて先に食堂に向かった。教授役の兵士も席を外した。

世知に長けたとは、こういうふる舞いを言うのだろう。

姉や兄がわたしを嘲笑って貶すとき、ニタニタと遠巻きに見ていた使用人たちとは大違いだ。

マルクは苦笑いし、話を続けてくれた。


「……先代子爵、つまりカトラン様の兄君です。そのご夫人は、最初カトラン様に言い寄っておられたのです」

「えっ……」

「いや、むしろ兄君に近付くために、カトラン様を利用したのでしょう」


恋心を利用する。

王都で、嫌というほど目にし、耳にした。

思わず眉根を寄せてしまう。


「……城でも一部の者しか知らなかったこと。兄君はそうとは知らず、ご結婚されてしまいました」

「……そうですか」

「カトラン様は……、兄君に挑戦しなかったことを悔いておられる」

「え?」

「私から見れば、夫人がいかがなものかと思ってしまいますが、カトラン様は黙って身を引いた自分が正しかったのかと……」

「……それで」

「ハッキリとは仰いませんがね。……どんな下らない挑戦でも、真正面からお受けになられる」


圧勝に圧勝を重ねても、カトランの〈メソメソ軍〉は大人げないほどに、手を抜いてくれなかった。


「がはははははっ!」


と、マルクが笑った。


「私は何でも笑い飛ばしてしまう」

「ええ、とても気持ちを明るくしてもらえますわ」

「私の性分では、カトラン様を鼓舞はできても……、なんと言うのですかな、……ツラいお気持ちを、ごまかしてしまう」


眉を掻くマルクの表情は、言葉とは裏腹に、カトランと一緒に悩み苦しんでいるかのように堅い苦笑いを浮かべていた。


「戦の間は、それで良かったんですがね」

「……はい」

「……パトリス様は、先代夫人にそっくりです。瓜二つです」

「そうですか……」

「アデール様に抱き付く姿に、思わずカッとなられたのでしょうな……。お気持ちが複雑すぎて、私では思わず笑い飛ばしてしまいますがね」

「いえ……」

「がははははっ! ……カトラン様に、悪気はなかったと、言いたかったのですな。どうやら、私は。がははっ!」


と、マルクは深々と頭をさげた。

主君を想うマルクの忠義の心に、衝撃を受け、胸を打たれた。

阿諛追従もなく、不器用に、ただカトランのために大きな身体を畳んで、わたしに頭をさげていた。

この城は、なにもかもが王都とは違うのだと思い知らされた。

わたしは母に城を追い出され、最初、怒っていた。なんで自分がこんな目に遭わされなくてはいけないのかとプンプンした。

その怒りが、母に会えない寂しさ、母に解かってもらえない悲しさから来ているのだと気付くのに、時がかかった。

怒りの前には、必ず悲しみがある。

そう気が付いた時には、もう大公家はバラバラで、乱れ切っていた。


『お父様と仲良くしてほしい』


わたしのひと言は、なにか母の悲しみを踏みにじっていたのかもしれない。

幼いわたしの言葉でも、勘気を抑えることが出来ないほどに。


――このように幼い者にまで……、大公家は見境なしか。乱倫の極みだな


カトランの言葉には、傷付いた。

悲しかった。

だけど、激しい怒りに染まるカトランの瞳に、母の姿が重なった。

部屋の片隅に、カトランの使った〈メソメソ軍〉の駒が几帳面にちいさく片付けて置いてあった。

泣き顔を描いた駒を手に取る。

怒ったり、感情的にぶつかり合うこともあるだろう。でも、その奥にある悲しみを見詰め合ってこそ、本当の家族なんじゃないかと……、わたしは思う。

食堂で目を輝かせるパトリスに、カトランは淡々と講義を続けている。

かつて自分を傷付けた女の人によく似た甥っ子。顔を見るたびに思い出すだろう。

ふとした瞬間、心を締め付けられているのかもしれない。

だけど、カトランは家族になろうとしているのだと思う。

だから、わたしに怒りが向いてしまった。

そして、自分の過ちだったと、丁寧に謝ってくれた。わたしの悲しみに向き合ってくれた。

いまは、それだけで満たされる。

だけど……。

こんな繊細で、優しい、労わり合う気持ちを、理不尽に侵す者たちがいる。無粋と嘲笑い、享楽こそが正義だと、誠意と誠実を貶める者たちがいる。

わたしが彼らから、カトランとパトリスを守りたいと思うのは傲慢だろうか。


  Ψ


王都からの突然の先触れが届き、城はてんやわんやの大騒ぎになった。

貴人が視察に来るという。

ザザがわたしにドレスを着せてくれる。


「アデール。ほんとに、コレでいいの? ……ちょっと、地味じゃない?」

「ううん、いいの。カトランの夫人、パトリスの継母には、これが相応しいし……、これも充分高価なドレスよ?」

「ま。そりゃそうなんだけどね」


出迎えに、城のエントランスに出る。

冬の始まり。城を囲む背の高い樹々は葉を落とし、一面が焦げ茶色の世界。

その景色にそぐわない、騒々しい音楽が遠くから聞こえてくる。

わたしは立ったまま軽く頭をさげ、カトランは片膝を突いた。

わたしが公女位を保持し続けるからこそ、カトランや子爵家、そして大公家にとって意味のある政略結婚だ。当主であるカトランより礼遇は上の扱いとなる。

やがて、大勢の楽団を引き連れ、悪趣味で倒錯的な意匠でケバケバしく飾り立てられた馬車が現われる。

扉が開き、退廃的な深紅のドレスが翻った。


「ほんと、殺風景なところね」


姉のファネットが、鮮血のように赤い髪を厭わしそうにかき上げた。

わたしの身体が固まる。

続いて馬車を降りたライムグリーンのベルベットスーツをまとう男性が、姉の肩にもたれかかるようにして腕を回した。

その指先は、姉のドレスの大きく開いた胸元の深い谷間に差し込まれている。

わたしに見覚えのないその男性は、きっと、姉の新しい恋人のひとりなのだろう。

馴れ馴れしく姉の髪を弄って、ニヤニヤとこちらを見ていた。


「ああ、あれが……」


と、姉の耳元で囁く。


「そ。私の可愛い妹よ」

「クククッ……、あれが、かの名高い〈嫌われ公女〉か。クフッ。地味で無粋なドレスがよく似合って……」


と、男性が姉に、わたしを嘲笑う話を終える前に、男性の身長が……、伸びた。

いや、カトランが胸倉をつかんで、腕をいっぱいに伸ばしていた。


「な、何をする! 離せ! 離さないか!?」

「……わざわざ他人の城まで来て、開口一番、夫人を侮辱する。王都から随分な命知らずが来たものだと、感心している」

「な、なにぃ~、離せ! 離さないとどうなるか分かってるのか!?」


と、胸倉をつかみ上げられたまま、男性は中空で足をバタバタさせている。

その足に蹴られても、カトランの体躯はビクともしない。

あまりの展開に、呆気にとられる。

馬車のまわりでは、護衛の騎士たちがカトランを囲もうと動き出す前に、マルクたち城の兵士が立ちはだかった。


「がはははははっ! 援軍の一兵も送ってこなかった王都の騎士が、どれほどのものか、ようやく知ることができますな!?」

「ボ、ボクにこんな無粋なマネをして、どうなるか分かってるのか!? ボクは侯爵家の……」


と、男性が言い終わる前に、今度は地面に落ちた。カトランの腕は天に伸びたままで、手を放しただけなのだと分かった。

なのに、男性は無様に転がった。


「それでは、粋に決闘と洒落込もう」

「け、決闘だとぉ~?」

「家族を侮辱され、そのままにするのが王都の粋か?」


と、カトランは男性の肩を踏み付け、剣を顔の横に突き刺した。

いつ抜いたのか、わたしの目では捕えられなかった。


「あら……、強いのねぇ? 私の妹婿は」


甘ったるい声を響かせ、姉がカトランに歩み寄った。

そして、しなだれかかるようにして、カトランの背中と胸元に手を回す。


「ゆっくり、話を聞きたいわぁ~」


と、姉はカトランの肩越しに、わたしを見た。

その下品な笑いに、姉がわたしの夫を汚しに、わざわざ北の辺地にまで足を運んだのだと悟らされる。

カトランの肩がピクリと動いた。
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