平成ポップ旋風
体の芯に電流が走り、指先までが痺れた。
男子にしては長めの髪が、木漏れ日を受けて柔らかく透けている。
ひょろりと細身で、背は平均より高そうだった。
何より、振り返りかけたその側顔が、言葉を失うほど整っていた。透き通るような淡い色の瞳に、影を落とす長い睫毛。
血色の良い唇が、硬く引き結ばれている。
原宿のタレントショップの写真でも、こんなにかっこいい男の子は見たことがない。言葉より先に、胸が大きく跳ねた。
────うそ……超かっこいい……!
一瞬で、頭の中がまっ白になる。東京から着いて早々溜まっていたストレスも、嫌な空気も、全部鉛の空へと吹き飛んだ。完全に一目惚れだった。
少年────神崎翔は、足元に群がる数匹の野良猫を見つめていた。
「……うるさい」
低い声が、静けさを切った。猫の一匹が『ニャア』と低く鳴いた。翔は眉をひそめる。
「嫌ならあっち行けば。僕は頼んでない」
猫がまた鳴く。翔は心底鬱陶しそうに溜息をつき、長い脚を組んだ。
「ダメ。おにぎりは持ってない。……しつこい」
まるで本当に猫と会話しているかのような間だった。けれど唯一の目には、そんな異様さすら「ミステリアスでカッコいい!」としか映らなかった。
落ち葉を踏む音がカシャッと鳴った。唯一の足元で枝が折れたのだ。冷ややかな澄んだ眼差しが、一直線に唯一を射抜く。
「誰」
翔の声は丹後の冷気よりも容赦がなかった。だが、その冷たさにすら唯一の鼓動が早まった。唯一は一歩踏み出し、全開の笑顔を張り付けた。
「私、村上唯一! 今日から隣に引っ越してきたの! パパの……あ、村上賢治の娘! 中一!」
翔はぴくりとも動かなかった。
「何しに来たの」
「神崎さんに頼まれたの! おにぎり持ってきたから、一緒に食べようと思って!」
唯一は手にした竹の皮の包みを差し出し、そのまま軽やかな足取りで倒木へ近づいた。翔は項まで伸びた毛先を揺らし、露骨にそっぽを向いた。
「いらない」
「えー! なんで!? お腹空いてないの? 神崎さんが握ってくれたんだよ!」
「帰って」
翔はすっと立ち上がり、倒木から距離を取った。猫たちも耳を後ろへ倒して、草むらへ逃げていく。だが、唯一の足は止まらなかった。
それどころか、翔が距離を取れば取るほど、ぐいぐいと距離を詰めた。
「えー、冷たいなあ! 翔くんって、男子にしては髪長いね! すごい綺麗! ハーフなの? ねぇ、ハーフでしょ!?」
唯一が手を伸ばそうとすると、翔はあからさまに嫌そうに身を引いた。
「勝手に触らないで」
「減るもんじゃないじゃん! 私、東京から来たんだよ? 新宿とか原宿とか超近かったの! 翔くん、原宿行ったことある!?」
「ない」
「やっぱりー! 田舎だもんね! でも翔くん、めちゃくちゃかっこいいから東京行ったら絶対スカウトされるよ! 私ね、見た瞬間びっくりしちゃった!」
「うるさい」
翔は短く吐き捨てた。
「ひどーい! でもかっこいいから許す!」
しかし唯一は、「うるさい」と言われても一向に傷つく気配がない。それどころか、目を輝かせて翔の顔を覗き込む。
「ほら、おにぎり食べようよ! 立ち食いでもいいからさ!」
竹の皮を強引に解き、大きな昆布のおにぎりをひとつ、翔の目の前に突き出した。翔は視線をおにぎりに落とし、それから不機嫌そうに唯一を睨みつけた。
「……いらない」
「美味しいよ? 温かいし! はい!」
「いらないって言ってるでしょ。僕、知らない人とご飯食べないから」
翔は手すら出さなかった。
「えー、もう隣同士なんだから知らない人じゃないじゃん! 翔くんって何組? 部活何やってるの?好きな食べ物は!?」
質問の嵐に、翔の顔からいよいよ余裕が消えた。薄い唇を引き結んだまま、言葉を失っている。
「……もう帰る」
「あ、逃げた! 待ってよ翔くん! 一緒に下りようよ!」
「ついて来ないで」
翔は素早い足取りで山道の奥へ歩き出した。
「ついて行く! 私、翔くんのことすごーく気に入っちゃったもんね! これから毎日話しに来る!」
唯一が後ろから大声で叫ぶと、翔の背中がびくっと強張った。翔は一度も振り返ることなく、まるで恐ろしいものから逃げるかのように、杉の木立の向こうへ消えていった。
残された唯一は、両手におにぎりを持ちながら、翔が消えた方向を見つめた。胸が、まだ高鳴っていた。
────かっこよかったなあ……! 絶対、仲良くなってやるんだから!
冷たくされても、拒絶されても、今の唯一には関係なかった。あの整った顔と、涼やかな目元。それだけで、この田舎暮らしが一気に輝いて見え始めていた。唯一は自分のおにぎりをがぶりと噛みついた。
「ん! 神崎さんのおにぎり、超おいしい!」
そのまま、弾むような足取りで山を下り始めた。
◇
男子にしては長めの髪が、木漏れ日を受けて柔らかく透けている。
ひょろりと細身で、背は平均より高そうだった。
何より、振り返りかけたその側顔が、言葉を失うほど整っていた。透き通るような淡い色の瞳に、影を落とす長い睫毛。
血色の良い唇が、硬く引き結ばれている。
原宿のタレントショップの写真でも、こんなにかっこいい男の子は見たことがない。言葉より先に、胸が大きく跳ねた。
────うそ……超かっこいい……!
一瞬で、頭の中がまっ白になる。東京から着いて早々溜まっていたストレスも、嫌な空気も、全部鉛の空へと吹き飛んだ。完全に一目惚れだった。
少年────神崎翔は、足元に群がる数匹の野良猫を見つめていた。
「……うるさい」
低い声が、静けさを切った。猫の一匹が『ニャア』と低く鳴いた。翔は眉をひそめる。
「嫌ならあっち行けば。僕は頼んでない」
猫がまた鳴く。翔は心底鬱陶しそうに溜息をつき、長い脚を組んだ。
「ダメ。おにぎりは持ってない。……しつこい」
まるで本当に猫と会話しているかのような間だった。けれど唯一の目には、そんな異様さすら「ミステリアスでカッコいい!」としか映らなかった。
落ち葉を踏む音がカシャッと鳴った。唯一の足元で枝が折れたのだ。冷ややかな澄んだ眼差しが、一直線に唯一を射抜く。
「誰」
翔の声は丹後の冷気よりも容赦がなかった。だが、その冷たさにすら唯一の鼓動が早まった。唯一は一歩踏み出し、全開の笑顔を張り付けた。
「私、村上唯一! 今日から隣に引っ越してきたの! パパの……あ、村上賢治の娘! 中一!」
翔はぴくりとも動かなかった。
「何しに来たの」
「神崎さんに頼まれたの! おにぎり持ってきたから、一緒に食べようと思って!」
唯一は手にした竹の皮の包みを差し出し、そのまま軽やかな足取りで倒木へ近づいた。翔は項まで伸びた毛先を揺らし、露骨にそっぽを向いた。
「いらない」
「えー! なんで!? お腹空いてないの? 神崎さんが握ってくれたんだよ!」
「帰って」
翔はすっと立ち上がり、倒木から距離を取った。猫たちも耳を後ろへ倒して、草むらへ逃げていく。だが、唯一の足は止まらなかった。
それどころか、翔が距離を取れば取るほど、ぐいぐいと距離を詰めた。
「えー、冷たいなあ! 翔くんって、男子にしては髪長いね! すごい綺麗! ハーフなの? ねぇ、ハーフでしょ!?」
唯一が手を伸ばそうとすると、翔はあからさまに嫌そうに身を引いた。
「勝手に触らないで」
「減るもんじゃないじゃん! 私、東京から来たんだよ? 新宿とか原宿とか超近かったの! 翔くん、原宿行ったことある!?」
「ない」
「やっぱりー! 田舎だもんね! でも翔くん、めちゃくちゃかっこいいから東京行ったら絶対スカウトされるよ! 私ね、見た瞬間びっくりしちゃった!」
「うるさい」
翔は短く吐き捨てた。
「ひどーい! でもかっこいいから許す!」
しかし唯一は、「うるさい」と言われても一向に傷つく気配がない。それどころか、目を輝かせて翔の顔を覗き込む。
「ほら、おにぎり食べようよ! 立ち食いでもいいからさ!」
竹の皮を強引に解き、大きな昆布のおにぎりをひとつ、翔の目の前に突き出した。翔は視線をおにぎりに落とし、それから不機嫌そうに唯一を睨みつけた。
「……いらない」
「美味しいよ? 温かいし! はい!」
「いらないって言ってるでしょ。僕、知らない人とご飯食べないから」
翔は手すら出さなかった。
「えー、もう隣同士なんだから知らない人じゃないじゃん! 翔くんって何組? 部活何やってるの?好きな食べ物は!?」
質問の嵐に、翔の顔からいよいよ余裕が消えた。薄い唇を引き結んだまま、言葉を失っている。
「……もう帰る」
「あ、逃げた! 待ってよ翔くん! 一緒に下りようよ!」
「ついて来ないで」
翔は素早い足取りで山道の奥へ歩き出した。
「ついて行く! 私、翔くんのことすごーく気に入っちゃったもんね! これから毎日話しに来る!」
唯一が後ろから大声で叫ぶと、翔の背中がびくっと強張った。翔は一度も振り返ることなく、まるで恐ろしいものから逃げるかのように、杉の木立の向こうへ消えていった。
残された唯一は、両手におにぎりを持ちながら、翔が消えた方向を見つめた。胸が、まだ高鳴っていた。
────かっこよかったなあ……! 絶対、仲良くなってやるんだから!
冷たくされても、拒絶されても、今の唯一には関係なかった。あの整った顔と、涼やかな目元。それだけで、この田舎暮らしが一気に輝いて見え始めていた。唯一は自分のおにぎりをがぶりと噛みついた。
「ん! 神崎さんのおにぎり、超おいしい!」
そのまま、弾むような足取りで山を下り始めた。
◇