平成ポップ旋風

学校に、行こう

翌朝、目が覚めると部屋の中はまだ薄暗く、波の音が遠くで低く鳴り続けていた。
目覚まし時計の数字を見て唯一は深くため息をつく。

東京にいた頃なら、まだベッドの中でまどろんでいた時間だ。

学校まで徒歩一時間。

わざわざ山をひとつ越えて通わなければならないと聞いてはいたけれど、朝の六時前に起きるなんて冗談じゃない。

「ありえない……なんで私がこんな早起きしなきゃいけないの」

唯一は敷布団の上で大きく伸びをし、まだ開ききっていない瞼を無理矢理持ち上げ、一階の洗面所へ向かう。

顔を洗って歯を磨き、それからカバンに入れて持ってきた自分のヘアスプレーと化粧水を棚に置こうとして、ぴたりと手を止めた。

鏡の前の狭い棚には、見慣れないものがぎっしりと並んでいた。真知子のものと思われる基礎化粧品の瓶。茶色いプラスチックに入った地味な容器や、無香料の乳液。

その横には賢治の男性用整髪料とシェーバー、使い古された歯ブラシ立てがでんと居座っている。唯一は目を丸くした。世田谷の家を思い出す。

いつも洗面所に並んでいたママ・るりの化粧品。フランス製のピンク色の香水瓶、ガラスのカットがきれいな乳液のボトル、甘いローズの香りがするヘアミスト。

洗面所に行くだけで、なんだか特別な場所に来たような華やかさがあった。それに対して、この棚の光景はどうだろう。実用性しかない地味な容器ばかりがひしめき合い、隙間という隙間が埋め尽くされている。

唯一が東京から持ってきたイチゴの香りのヘアスプレーと、プラスチックのピンクの化粧水を置く余地なんて、どこにもなかった。

唯一は少し固まり、持っていたボトルを棚の端に置こうとした。けれど、真知子の乳液の瓶に当たって小さな音を立てた。

「ちょっと、パパ」

台所で朝食の準備をしていた賢治の背中に、唯一は声を張り上げた。

「洗面所の棚、真知子さんのとパパのでいっぱいなんだけど! 私のスプレー置く場所がないよ!」

賢治は新聞を広げたまま、生味噌を塗ったアジの干物を焼き網の上でひっくり返していた。煙が白く立ち上っている。

「ん? ああ、なんだそれくらい」

賢治は顔も上げずに答えた。

「唯一はまだ中学生じゃないか。そんな大層な化粧水なんか使わんだろ。自分の部屋の机の上にでも置いておけ」

「えっ、ひどくない!? 東京にいたときは、私のもちゃんと洗面所に並んでたじゃん! 朝顔洗ってすぐ使うんだから、洗面所にあるのが当たり前でしょ!」

「東京のときは東京だろ。ここは家が狭いんだよ。真知子も色々置くものがあるんだから、少しは譲り合え」

「譲り合えって、私だけ何も置けないのはおかしいじゃん!」

唯一の口調が思わず強くなった。台所の奥から、割烹着を着た真知子が静かに出てきた。手にはお味噌汁の鍋を持っている。

「ごめんなさいね、唯一ちゃん。私のものが多すぎたかしら」

真知子は申し訳なさそうに眉を下げて微笑んだ。その言い方が、かえって唯一の苛立ちを煽った。

「……いいよ、別に! 部屋に置けばいいんでしょ!」

唯一はバタバタと足音を立てて階段を駆け上がり、自分の部屋にボトルを放り投げた。

────なによそれ。私だけ新しい家に合わせろってこと?

パジャマを床に叩きつけるように脱ぎ捨て、首元に垂れていた髪をキュッと結び直す。鏡に映る自分の顔は、唇をへの字に曲げていた。

気を取り直して、カバンからコテを取り出してコンセントに差し込む。髪の毛をしっかり巻いて、前髪の立ち上がりをきっちり作らないと、一日が始まらない。

イチゴの香りのコロンを首元に吹きかけ、お気に入りのピンクのシャープペンをペンケースに押し込んだ。

東京で集めたお気に入りが隙間なく詰まったペンケースは、今にもはち切れそうだった。
強引にファスナーを走らせると、生地の縫い目がミチミチと悲鳴のような音を立てた。


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