初恋人
初恋人
プロローグ
口が悪いのは分かってる。直したいとも思ってる。それでも直らないと思ってた。
そんな自分を変えてくれたのは君だった。
世界で一番好きです。その言葉はもう伝えられない。
初恋
出会いは約二年前の高校の受験日だった。前の席に座る彼女に目を奪われて仕方なかった。試験中も終わった後も、何度も彼女のことを考えた。…これが恋と知ったのは、もう少し後だった。
あの子は何て名前で、どの学校が第一志望で、今日受けた学校に受かっているのか、どこの中学校に通っていたのか、そして…彼氏もしくは、好きな人がいるのか。
声をかけてみたかったけど、自分にそんな勇気はない。そんなのただのナンパじゃん、って言われるのが怖い。明日になったらどうせ忘れてるんだろう、って僕は思ってた。
でも次の日になっても、そのまた次の日になっても、彼女の顔が鮮明に浮かんで全く消えない。
僕は第一志望の、この湊高校に合格して入学をした。あの時の彼女はいるかを楽しみに。
教室に入って、周りを見渡すが彼女はいない。トイレに行くために、教室を出てこれからの僕の教室である四組、隣のクラスの三組、二組、一組と順番に教室の中を覗きながら歩く。
三組もいない、二組もいない、一組も…。この学校じゃないのかと落胆していた、その時だった。僕の横を誰かがすれ違った。まさかと思って、振り返ると反対側に歩いていく…彼女の後ろ姿があった。ぼっと彼女の歩く姿を見ていると、彼女は三組に入って行った。隣のクラスだ…。
僕は胸が高鳴ったことを感じた。なぜか気になった彼女とこれから話す機会があるかもしれないからだ。
けれどそれから数日が経っても彼女と仲良くなることはなかった。
その代わりに彼女のことを色々と知った。
例えば名前。名前は山野朱理。見かけるたびに、たくさんの友達を囲んでいる明るい彼女にピッタリな名前だと思う。そして彼女と特によく話しているのは、橋本愛菜。どうやら二人は幼馴染らしい。盗み聞きや新しくなった友達から聞いたことだ。
どうすれば彼女と仲良くなれるんだろう。頭を悩ませる日々だ。
放課後。今日は掃除当番で、さらにじゃんけんで負けてしまったからゴミ捨てもすることになり、教室に帰ってくる頃には誰もいなかった。みんな部活で忙しいそうだ。
夕陽が差し込む教室を出て、鍵を閉め、職員室の鍵置き場に向かった。
新しく友達になった小西悠真はバスケ部に興味があるらしいから、僕もバスケ部入ろうかな。友達もそれほどできていないし、このまま三年間話せる友達は多い方が良いだろうし。
「あの。これさっき落としませんでした?」
ちょうど踊り場に着いた時だった。映画ならここで僕に光が当てられ、風が吹くのだろうか。
彼女は階段を走って僕のところに来た。山野だ...。いきなりのことで、顔が熱くなって、手に汗が滲む。まだ四月なのに...。
彼女が持っていたのは、僕の大切なニャコタコというキャラクターのキーホルダーだった。一体どこで落としていたんだろう。
「そ、うです。ありがとうございます。」
早口になっていないか、噛んだりしていなかったか数秒前の自分を思い出す。
僕が広げた手に、彼女がニャコタコのキーホルダーを置いてくれる。当たりそうで、当たらない彼女の手を意識して、また少しだけ体の体温が上がる。誰かと手が触れることなんて考えなかったし、触れた所で特に気にすることもなかった。どうして急にこんなことを、と自分に問いかける。
「良かった〜。てかこれって、ニャコタコですよね?」
「え!そうです!知ってるんですか?」
ニャコタコは白い猫と赤いタコがくっついたキャラクターのことだ。そこまで人気でもなく、知っている人もそれほど多くないと思う。そんなニャコタコを知ってるなんて。
「うん。私も好きなんだー。可愛いよねー!」
“好き”って言葉で胸がドキりと音がする。自分にじゃなくて、ニャコタコというキャラクターに言っているのに。
「あ、ごめんね。帰るとこ、だったよね?」
カバンを持った姿を見た彼女は僕にそう言った。何度か聞いた彼女の声は透き通るようで美しい。
「ううん。全然」
そう言った後に、自分が何かカッコイイこと言えたら良いのになってふと思った。君ともっと話したいとか、君と話してる時間が何よりも幸せだとか。いやそんなこと言ったって、気持ち悪いって思われるだけか。
「ほんとに?まあでも悪いからわたし教室戻るよ。また話そうね」
夕陽の光に照らされて、ツヤのある黒髪ポニーテールが反射する。その光で僕の赤くなった頰を誤魔化す。夕陽のせいで赤くなってるように見えてるだけだと、誰も聞いていないのに言い訳してみる
「うん。拾ってくれてありがとう」
「いえいえ。もう落とさないようにねー」
じゃあね〜、と手を振って教室に戻って行った。もっと話したかった...。
帰り道。僕は彼女と話せたことでニヤニヤが止まらなかった。
前にフワッとモンシロチョウが現れて手で払う。モンシロチョウは変な動きばかりだし、当たったら服が汚れるし、何よりも気持ち悪くて大嫌いだ。
上がった気持ちがなんだか台無しだ。
「しねよ」
言ってしまった。なんで自然と出るんだろう。
そんな自分に舌打ちをしようとした時、後ろから声が聞こえた。さっき話した、あの人の...。
「モンシロチョウがかわいそうだよ〜」
後ろを振り向けば、傷一つない新品の白い自転車に乗った山野朱理がいた。
「えっ」
ニャコタコを受け取った時の感情が再び戻ってくる。それと同時にさっきの僕の姿を見られてたんだろうか、と恥ずかしい気持ちが混ざり合う。
彼女は立ち漕ぎをして、スピードを上げて横に並ぶ。警察に見つかったら怒られるけど、今日はバレないことを祈って。
「そんな死神を見たみたいな顔しないでよー。私まだまだ生きてるんだから」
そんな酷い顔をしたんだろうか。通りすれ違った車のドライブレコーダーをみせてほしいくらいだ。
「ごめんごめん。さっきニャコタコを拾った後に、教室帰ったんじゃ?」
「うん、まだ残って自習しようと思ったんだけど、名前聞くの忘れちゃったから」
「名前って?……僕の?」
うん、と彼女は頷く。僕の名前を聞いてる...?、まだ信じられない。名前のためにわざわざ途中で帰ったわけ?
「坂下颯斗...です」
「坂下君ね。おっけい、覚えた。あ、ちなみに私は山野朱里です」
自分の名前は認知されたんだ。
山野朱里、という名前を知ってるとは言えば、なんで?と惹かれるに違いない。だから僕はまるで初めて聞いたかのような反応をした。
「山野さん。じゃあ何て呼んだらいい?」
「うーん。朱里って呼んでくれてもいいけど、他の子が聞いたらどんな関係なんだろうって思われたら嫌だから山野、とかでお願い」
どんな関係…親友とか幼馴染とか…恋人同士とかってことか。つまり恋人同士って思われるのが嫌ってことか。
「分かった。じゃあ山野って呼ぶ。てかさ、さっきなんかモンシロチョウが可哀想とか言ってたけど、何が可哀想なの?」
今日の風の吹く向きは追い風だから、隣にいる山野に言葉がよく届く。
「何が?って、決まってるでしょ、モンシロチョウも一つの命なんだよ。人間と一緒。人間として生まれたか、チョウとして生まれてきたかの違い。だから坂下君も急に知らない人に叩かれたら嫌でしょ?」
穏やかな表情だった彼女が怒った表情になり、口調も強くなった。僕はどんな地雷を踏んだんだろう。
「まあ、確かに。言う通りかも」
「でしょ?まあ分かればなんでも良いよ」
また出会ったときのような優しい表情に戻った。山野はどんな人間なんだろう。ふと知りたくなった。
「そうだそうだ」
何かを思い出したように彼女はスクールバックの中を漁り始めた。
よいしょ、と言いながら出てきたのはキラキラとしたケースのスマホだった。機種も最新で羨ましい。僕なんて四年くらい前の型落ちだ。画質はそれほど悪くないし、処理機能も早いけど最新に越したことはない。
彼女は片手で自転車、片手でスマホを操作し始めた。意外と山野は優等生でもない。いや逆にどうして何も知らないのに優等生だと勘違いしていたんだろう。
「これ見て」
見せられたポスターにはニャコタコのイベントの情報が載っていた。僕も確かどこかのSNSで見たけど、一人で行くのはどうも気が引けてやめていた。
「これさもしよかったら一緒にどう?」
一瞬、何が起こったのか理解できなかった。一緒に?イベント?遊びに誘われたってこと?
「うん。僕も行きたいなって思ってた。行きたい」
「よかったー断られたらどうしようかと思った」
断るわけないじゃないか、と心の中でそっと言い返しておく。
僕はイベントがとか、ニャコタコがとかじゃなくて受験の日に前の日に座っていた山野が気になったから彼女をもっと知りたいと思った。だから僕は彼女とイベントに行くことに決めた。
その後連絡先を交換して、日程や時間を決めたりして、彼女は違う道へと消えていった。
授業中や家でぼーっとしている時に思い浮かび上がるのは、山野のことばかりだ。会いたい、話がしたい。彼女がどこに住んでいて、どこの誰と仲良いのかなんて知らないから、自転車を漕ぐ時、飼っている犬の散歩の時。全部で彼女が見てるかもって考えてしまう。
ふとある映画の台詞を思い出した。会いたいってその気持ちは恋だ。
あぁ僕は今恋をしているんだ。恋ってこんな感情なんだ。どこかで聞いた初恋という言葉を思い出す。初恋か。
僕は初めての気持ちに驚いて、同時に安心もした。高校生になるまで今まで恋をしたことがなかった。周りはカップルばっかで、友達にも早く彼女を作れよ、と何度も茶化されたことか。それでも恋を知らなかった僕には遠い世界だった。
でも今はその世界にいるんだ。ほとんどの人間がいる、恋をする世界に。
そのためには性格を変えなければとしばしば思う。せっかくこの学校に来たのだから。
早く一週間よ過ぎ去れ。そうすれば好きな山野と二人きりでイベントに行けるのだから。そんな臭いセリフを心の中ではいた自分をとんでもなく気持ち悪く感じた。
二
一週間というのは早いものだった。
高校生になって早速始めたファミレスでのバイトもあったからだろうか。
待ち合わせは湊高校の最寄駅だ。
もし自転車で行って汗をかくのは嫌だったから、お父さんに送ってもらうことにした。
山野に少しでも素敵だと思ってもらいたいから。
駅の中は休日で使う人が多いのもあって混んでいた。僕は駅の中のコンビニの前の柱にもたれかかった。ここが約束していた場所だ。
十分前というのもあり、山野はまだ来ていなかった。今日行くイベントの詳細を見ようとSNSを開いた時に、隣から僕を呼ぶ声が聞こえた。周りの雑音が全て消えて彼女の声だけが聞こえた気がした。
「坂下くーん、遅くなってごめーん」
少し駆け足の山野がやって来た。
「今来たとこだし、予定より十分も早いし全然大丈夫だよ」
「ほんとだ。予定より早くて良かった〜」
息が乱れている山野。こんな姿を見るなんて受験当日考えてただろうか。
「じゃあ行こっか」
物語のヒロインはそう言って笑いながら、改札口へと歩き始めた。
口が悪いのは分かってる。直したいとも思ってる。それでも直らないと思ってた。
そんな自分を変えてくれたのは君だった。
世界で一番好きです。その言葉はもう伝えられない。
初恋
出会いは約二年前の高校の受験日だった。前の席に座る彼女に目を奪われて仕方なかった。試験中も終わった後も、何度も彼女のことを考えた。…これが恋と知ったのは、もう少し後だった。
あの子は何て名前で、どの学校が第一志望で、今日受けた学校に受かっているのか、どこの中学校に通っていたのか、そして…彼氏もしくは、好きな人がいるのか。
声をかけてみたかったけど、自分にそんな勇気はない。そんなのただのナンパじゃん、って言われるのが怖い。明日になったらどうせ忘れてるんだろう、って僕は思ってた。
でも次の日になっても、そのまた次の日になっても、彼女の顔が鮮明に浮かんで全く消えない。
僕は第一志望の、この湊高校に合格して入学をした。あの時の彼女はいるかを楽しみに。
教室に入って、周りを見渡すが彼女はいない。トイレに行くために、教室を出てこれからの僕の教室である四組、隣のクラスの三組、二組、一組と順番に教室の中を覗きながら歩く。
三組もいない、二組もいない、一組も…。この学校じゃないのかと落胆していた、その時だった。僕の横を誰かがすれ違った。まさかと思って、振り返ると反対側に歩いていく…彼女の後ろ姿があった。ぼっと彼女の歩く姿を見ていると、彼女は三組に入って行った。隣のクラスだ…。
僕は胸が高鳴ったことを感じた。なぜか気になった彼女とこれから話す機会があるかもしれないからだ。
けれどそれから数日が経っても彼女と仲良くなることはなかった。
その代わりに彼女のことを色々と知った。
例えば名前。名前は山野朱理。見かけるたびに、たくさんの友達を囲んでいる明るい彼女にピッタリな名前だと思う。そして彼女と特によく話しているのは、橋本愛菜。どうやら二人は幼馴染らしい。盗み聞きや新しくなった友達から聞いたことだ。
どうすれば彼女と仲良くなれるんだろう。頭を悩ませる日々だ。
放課後。今日は掃除当番で、さらにじゃんけんで負けてしまったからゴミ捨てもすることになり、教室に帰ってくる頃には誰もいなかった。みんな部活で忙しいそうだ。
夕陽が差し込む教室を出て、鍵を閉め、職員室の鍵置き場に向かった。
新しく友達になった小西悠真はバスケ部に興味があるらしいから、僕もバスケ部入ろうかな。友達もそれほどできていないし、このまま三年間話せる友達は多い方が良いだろうし。
「あの。これさっき落としませんでした?」
ちょうど踊り場に着いた時だった。映画ならここで僕に光が当てられ、風が吹くのだろうか。
彼女は階段を走って僕のところに来た。山野だ...。いきなりのことで、顔が熱くなって、手に汗が滲む。まだ四月なのに...。
彼女が持っていたのは、僕の大切なニャコタコというキャラクターのキーホルダーだった。一体どこで落としていたんだろう。
「そ、うです。ありがとうございます。」
早口になっていないか、噛んだりしていなかったか数秒前の自分を思い出す。
僕が広げた手に、彼女がニャコタコのキーホルダーを置いてくれる。当たりそうで、当たらない彼女の手を意識して、また少しだけ体の体温が上がる。誰かと手が触れることなんて考えなかったし、触れた所で特に気にすることもなかった。どうして急にこんなことを、と自分に問いかける。
「良かった〜。てかこれって、ニャコタコですよね?」
「え!そうです!知ってるんですか?」
ニャコタコは白い猫と赤いタコがくっついたキャラクターのことだ。そこまで人気でもなく、知っている人もそれほど多くないと思う。そんなニャコタコを知ってるなんて。
「うん。私も好きなんだー。可愛いよねー!」
“好き”って言葉で胸がドキりと音がする。自分にじゃなくて、ニャコタコというキャラクターに言っているのに。
「あ、ごめんね。帰るとこ、だったよね?」
カバンを持った姿を見た彼女は僕にそう言った。何度か聞いた彼女の声は透き通るようで美しい。
「ううん。全然」
そう言った後に、自分が何かカッコイイこと言えたら良いのになってふと思った。君ともっと話したいとか、君と話してる時間が何よりも幸せだとか。いやそんなこと言ったって、気持ち悪いって思われるだけか。
「ほんとに?まあでも悪いからわたし教室戻るよ。また話そうね」
夕陽の光に照らされて、ツヤのある黒髪ポニーテールが反射する。その光で僕の赤くなった頰を誤魔化す。夕陽のせいで赤くなってるように見えてるだけだと、誰も聞いていないのに言い訳してみる
「うん。拾ってくれてありがとう」
「いえいえ。もう落とさないようにねー」
じゃあね〜、と手を振って教室に戻って行った。もっと話したかった...。
帰り道。僕は彼女と話せたことでニヤニヤが止まらなかった。
前にフワッとモンシロチョウが現れて手で払う。モンシロチョウは変な動きばかりだし、当たったら服が汚れるし、何よりも気持ち悪くて大嫌いだ。
上がった気持ちがなんだか台無しだ。
「しねよ」
言ってしまった。なんで自然と出るんだろう。
そんな自分に舌打ちをしようとした時、後ろから声が聞こえた。さっき話した、あの人の...。
「モンシロチョウがかわいそうだよ〜」
後ろを振り向けば、傷一つない新品の白い自転車に乗った山野朱理がいた。
「えっ」
ニャコタコを受け取った時の感情が再び戻ってくる。それと同時にさっきの僕の姿を見られてたんだろうか、と恥ずかしい気持ちが混ざり合う。
彼女は立ち漕ぎをして、スピードを上げて横に並ぶ。警察に見つかったら怒られるけど、今日はバレないことを祈って。
「そんな死神を見たみたいな顔しないでよー。私まだまだ生きてるんだから」
そんな酷い顔をしたんだろうか。通りすれ違った車のドライブレコーダーをみせてほしいくらいだ。
「ごめんごめん。さっきニャコタコを拾った後に、教室帰ったんじゃ?」
「うん、まだ残って自習しようと思ったんだけど、名前聞くの忘れちゃったから」
「名前って?……僕の?」
うん、と彼女は頷く。僕の名前を聞いてる...?、まだ信じられない。名前のためにわざわざ途中で帰ったわけ?
「坂下颯斗...です」
「坂下君ね。おっけい、覚えた。あ、ちなみに私は山野朱里です」
自分の名前は認知されたんだ。
山野朱里、という名前を知ってるとは言えば、なんで?と惹かれるに違いない。だから僕はまるで初めて聞いたかのような反応をした。
「山野さん。じゃあ何て呼んだらいい?」
「うーん。朱里って呼んでくれてもいいけど、他の子が聞いたらどんな関係なんだろうって思われたら嫌だから山野、とかでお願い」
どんな関係…親友とか幼馴染とか…恋人同士とかってことか。つまり恋人同士って思われるのが嫌ってことか。
「分かった。じゃあ山野って呼ぶ。てかさ、さっきなんかモンシロチョウが可哀想とか言ってたけど、何が可哀想なの?」
今日の風の吹く向きは追い風だから、隣にいる山野に言葉がよく届く。
「何が?って、決まってるでしょ、モンシロチョウも一つの命なんだよ。人間と一緒。人間として生まれたか、チョウとして生まれてきたかの違い。だから坂下君も急に知らない人に叩かれたら嫌でしょ?」
穏やかな表情だった彼女が怒った表情になり、口調も強くなった。僕はどんな地雷を踏んだんだろう。
「まあ、確かに。言う通りかも」
「でしょ?まあ分かればなんでも良いよ」
また出会ったときのような優しい表情に戻った。山野はどんな人間なんだろう。ふと知りたくなった。
「そうだそうだ」
何かを思い出したように彼女はスクールバックの中を漁り始めた。
よいしょ、と言いながら出てきたのはキラキラとしたケースのスマホだった。機種も最新で羨ましい。僕なんて四年くらい前の型落ちだ。画質はそれほど悪くないし、処理機能も早いけど最新に越したことはない。
彼女は片手で自転車、片手でスマホを操作し始めた。意外と山野は優等生でもない。いや逆にどうして何も知らないのに優等生だと勘違いしていたんだろう。
「これ見て」
見せられたポスターにはニャコタコのイベントの情報が載っていた。僕も確かどこかのSNSで見たけど、一人で行くのはどうも気が引けてやめていた。
「これさもしよかったら一緒にどう?」
一瞬、何が起こったのか理解できなかった。一緒に?イベント?遊びに誘われたってこと?
「うん。僕も行きたいなって思ってた。行きたい」
「よかったー断られたらどうしようかと思った」
断るわけないじゃないか、と心の中でそっと言い返しておく。
僕はイベントがとか、ニャコタコがとかじゃなくて受験の日に前の日に座っていた山野が気になったから彼女をもっと知りたいと思った。だから僕は彼女とイベントに行くことに決めた。
その後連絡先を交換して、日程や時間を決めたりして、彼女は違う道へと消えていった。
授業中や家でぼーっとしている時に思い浮かび上がるのは、山野のことばかりだ。会いたい、話がしたい。彼女がどこに住んでいて、どこの誰と仲良いのかなんて知らないから、自転車を漕ぐ時、飼っている犬の散歩の時。全部で彼女が見てるかもって考えてしまう。
ふとある映画の台詞を思い出した。会いたいってその気持ちは恋だ。
あぁ僕は今恋をしているんだ。恋ってこんな感情なんだ。どこかで聞いた初恋という言葉を思い出す。初恋か。
僕は初めての気持ちに驚いて、同時に安心もした。高校生になるまで今まで恋をしたことがなかった。周りはカップルばっかで、友達にも早く彼女を作れよ、と何度も茶化されたことか。それでも恋を知らなかった僕には遠い世界だった。
でも今はその世界にいるんだ。ほとんどの人間がいる、恋をする世界に。
そのためには性格を変えなければとしばしば思う。せっかくこの学校に来たのだから。
早く一週間よ過ぎ去れ。そうすれば好きな山野と二人きりでイベントに行けるのだから。そんな臭いセリフを心の中ではいた自分をとんでもなく気持ち悪く感じた。
二
一週間というのは早いものだった。
高校生になって早速始めたファミレスでのバイトもあったからだろうか。
待ち合わせは湊高校の最寄駅だ。
もし自転車で行って汗をかくのは嫌だったから、お父さんに送ってもらうことにした。
山野に少しでも素敵だと思ってもらいたいから。
駅の中は休日で使う人が多いのもあって混んでいた。僕は駅の中のコンビニの前の柱にもたれかかった。ここが約束していた場所だ。
十分前というのもあり、山野はまだ来ていなかった。今日行くイベントの詳細を見ようとSNSを開いた時に、隣から僕を呼ぶ声が聞こえた。周りの雑音が全て消えて彼女の声だけが聞こえた気がした。
「坂下くーん、遅くなってごめーん」
少し駆け足の山野がやって来た。
「今来たとこだし、予定より十分も早いし全然大丈夫だよ」
「ほんとだ。予定より早くて良かった〜」
息が乱れている山野。こんな姿を見るなんて受験当日考えてただろうか。
「じゃあ行こっか」
物語のヒロインはそう言って笑いながら、改札口へと歩き始めた。


