江ノ島
江ノ島(1)
「 おい、早くしろよ。」
僕の兄は、彼女の手前、少し兄貴面を出して語気を強めた。
僕は、兄と兄の彼女のドライブに同乗させてもらう
ことになった。なぜこういうことになったかと言うと。
夏休みだというのに、僕がいつも家に籠もりきりで
憂鬱な日々を過ごしている姿を、兄は見ていた。それで、僕のことを気の毒に思ったのかもしれない。
ある日、兄が「あの、今度、彼女と江ノ島に行くから
お前も連れてってやるよ。いつも家に居たってしょうがないだろ。」
僕は、ちょっと不安になり逡巡した。でも、断わる理由は無いし、彼女のことは兄から時折り聞いて憧れていたので、諾う他はなかった。
江ノ島(2)
そんなわけで、江ノ島へのドライブとなったのだ。車中、
僕は遠慮がちに寡黙でいた。しかし、大槻さん(彼女の名前)が気を遣ってくれたので、気持ちが緩んできた。兄は久しぶりのドライブだったので上機嫌だった。彼女に気を遣っていろんな音楽を流した。ハワイアンとかが流れると、僕もバカンス気分になった。憂鬱な日々を送っていたので、僕は別世界に居るような心地だった。
「 おい、江ノ島、もうすぐだぞ。」兄の言葉に僕の気持ちは逸った。そっと窓を開けると、もう海の香りが迫ってきた。
建物や木立の間から碧い海が途切れ途切れに見えた。
「 わあ、海よ。きれい。やっぱり、海はステキ。 」
大槻さんも声や仕草が賑やかになり、子供のように、はしゃぎ始めた。夏休みの海は、祝日だと凄まじく人波で溢れている。
僕達は、市営の駐車場に車を入れ、急ぎ足でビーチに向かった。どこに行っても、人、人が絶えない。やっとの思いで磯に近いところに僅かな空き地を見つけた。そこにシートを敷いて、人が少なそうな海を探した。
江ノ島(3)
僕らは、ゴムボートに掴まり、波に翻弄されるのを楽しんだ。大きな波が来ると、大槻さんは「 キャー 」と大袈裟に
喜んだ。何度か顔に波が当たると、また「 キャー 」と言って兄の背中にしがみ付いた。ボート遊びに飽きると、ビーチに寝そべって、日焼けしたり、かき氷を食べたりした。こんな光景が3時間くらい続いただろうか。最後に3人で泳いだが、身体が冷えてきたので、自分達のシートに戻った。
兄はボートを片付けながら時計に目をやり「わあ、もうこんな時間か。お腹空いたな。ちょっと、なんか買って来るよ」そう言って、昼ご飯を買いに行った。「悪いわね公男さん… 」直ぐに大槻さんは申しわけ無さそうに、兄に向かって優しく叫んだ。
江ノ島(4)
この時、僕は無意識に、予め持参していた自作の短編集を取り出し「 これ、僕が書いた小説なんです。」そう言って大槻さんに差し出した。彼女は、突然の僕の振る舞いに驚いた。「 ええー、これ、あなたが書いたの?凄い!」彼女は好奇心一杯の眼差しで、原稿を読み始めた。でも、直ぐに兄が昼ご飯を買って戻って来た。大槻さんは、兄の存在も意に介さず、熱心に僕の小説を読んでいた。「 これ面白い。でも、なんか主人公が可哀想で… 」そう言いながら大槻さんは読むのをやめなかった。それで兄は、痺れを切らしたのか、「 なんか、お前がデートに来たみたいだな!」と僕に、不機嫌に、やや怒りの想いを込めて、小さく怒鳴った。
僕はじっと黙っていた。大槻さんも突然の兄の言葉に困惑した。暫く気まずい空気が漂った。
でも、僕は心に不思議な幸せを感じていた。
空を見ると、鴎が二羽、海の上を悠然と舞っていた。
江ノ島の海が、さっき来た時よりも、ずっとずっと
碧く見えた。
「 おい、早くしろよ。」
僕の兄は、彼女の手前、少し兄貴面を出して語気を強めた。
僕は、兄と兄の彼女のドライブに同乗させてもらう
ことになった。なぜこういうことになったかと言うと。
夏休みだというのに、僕がいつも家に籠もりきりで
憂鬱な日々を過ごしている姿を、兄は見ていた。それで、僕のことを気の毒に思ったのかもしれない。
ある日、兄が「あの、今度、彼女と江ノ島に行くから
お前も連れてってやるよ。いつも家に居たってしょうがないだろ。」
僕は、ちょっと不安になり逡巡した。でも、断わる理由は無いし、彼女のことは兄から時折り聞いて憧れていたので、諾う他はなかった。
江ノ島(2)
そんなわけで、江ノ島へのドライブとなったのだ。車中、
僕は遠慮がちに寡黙でいた。しかし、大槻さん(彼女の名前)が気を遣ってくれたので、気持ちが緩んできた。兄は久しぶりのドライブだったので上機嫌だった。彼女に気を遣っていろんな音楽を流した。ハワイアンとかが流れると、僕もバカンス気分になった。憂鬱な日々を送っていたので、僕は別世界に居るような心地だった。
「 おい、江ノ島、もうすぐだぞ。」兄の言葉に僕の気持ちは逸った。そっと窓を開けると、もう海の香りが迫ってきた。
建物や木立の間から碧い海が途切れ途切れに見えた。
「 わあ、海よ。きれい。やっぱり、海はステキ。 」
大槻さんも声や仕草が賑やかになり、子供のように、はしゃぎ始めた。夏休みの海は、祝日だと凄まじく人波で溢れている。
僕達は、市営の駐車場に車を入れ、急ぎ足でビーチに向かった。どこに行っても、人、人が絶えない。やっとの思いで磯に近いところに僅かな空き地を見つけた。そこにシートを敷いて、人が少なそうな海を探した。
江ノ島(3)
僕らは、ゴムボートに掴まり、波に翻弄されるのを楽しんだ。大きな波が来ると、大槻さんは「 キャー 」と大袈裟に
喜んだ。何度か顔に波が当たると、また「 キャー 」と言って兄の背中にしがみ付いた。ボート遊びに飽きると、ビーチに寝そべって、日焼けしたり、かき氷を食べたりした。こんな光景が3時間くらい続いただろうか。最後に3人で泳いだが、身体が冷えてきたので、自分達のシートに戻った。
兄はボートを片付けながら時計に目をやり「わあ、もうこんな時間か。お腹空いたな。ちょっと、なんか買って来るよ」そう言って、昼ご飯を買いに行った。「悪いわね公男さん… 」直ぐに大槻さんは申しわけ無さそうに、兄に向かって優しく叫んだ。
江ノ島(4)
この時、僕は無意識に、予め持参していた自作の短編集を取り出し「 これ、僕が書いた小説なんです。」そう言って大槻さんに差し出した。彼女は、突然の僕の振る舞いに驚いた。「 ええー、これ、あなたが書いたの?凄い!」彼女は好奇心一杯の眼差しで、原稿を読み始めた。でも、直ぐに兄が昼ご飯を買って戻って来た。大槻さんは、兄の存在も意に介さず、熱心に僕の小説を読んでいた。「 これ面白い。でも、なんか主人公が可哀想で… 」そう言いながら大槻さんは読むのをやめなかった。それで兄は、痺れを切らしたのか、「 なんか、お前がデートに来たみたいだな!」と僕に、不機嫌に、やや怒りの想いを込めて、小さく怒鳴った。
僕はじっと黙っていた。大槻さんも突然の兄の言葉に困惑した。暫く気まずい空気が漂った。
でも、僕は心に不思議な幸せを感じていた。
空を見ると、鴎が二羽、海の上を悠然と舞っていた。
江ノ島の海が、さっき来た時よりも、ずっとずっと
碧く見えた。


