不完全な私たちの正解
登場人物
藤堂 凛(とうどう りん / 27歳):経理部所属。仕事は完璧主義で常に冷静沈着。几帳面すぎて周囲から「しっかり者」を通り越して「鉄の女」と恐れられているが、実は甘いものが好き。
瀬戸 悠(せと はるか / 27歳):営業部所属。営業成績はなぜかトップクラスなのに、社内ではいつも飄々としていてふざけてばかりのムードメーカー。
コン、コン、と規則正しい足音が静まり返ったフロアに響く。
午後7時を回った経理部の島で、藤堂凛はパソコンの画面から目を離さず、眉間に微かなシワを寄せていた。
「よし、これで今期の予実管理データは完璧、と」
ため息をつきながら背伸びをした瞬間、目の前に「シュッ」と何かが差し出された。驚いて視線を上げると、そこには見慣れたふにゃっとした笑顔があった。
「お疲れ様です、凛ちゃん。はい、これ、脳の糖分補給にどうぞ」
「……瀬戸くん。何度も言っていますが、オフィス内でその愛称で呼ぶのはやめてください。あと、そのプリン、どこから湧いてきたんですか」
瀬戸悠は悪びれる様子もなく、隣の空いたデスクに腰掛けた。スーツのジャケットは脱ぎ捨て、ワイシャツの腕を肘まで無造作にまくり上げている。
「給湯室の冷蔵庫の奥底に眠っていたのを、我がチームの未来のために救出してきました。あ、もちろん賞味期限はセーフです。セーフティ・ファースト!」
「全然セーフティに見えません。というか、自分の部署の仕事は終わったんですか。営業部の人たちはもう全員帰りましたよ」
「いやー、それがさ。うちの部長が『瀬戸、今度の企画書をもう一回ゼロから見直せ』とか鬼みたいなこと言うもんで。現実逃避にここへやってきました」
「現実逃避に来る場所じゃありません。ここは仕事の戦場です」
凛が冷ややかな視線を向けると、瀬戸は面白そうに目を細めてフッと笑った。
「相変わらず真面目だなー、凛ちゃんは。そんなに肩に力入れてると、可愛い顔がシワだらけになっちゃいますよ?」
「……っ。余計なお世話です。私は私なりに効率と正確性を追求しているだけです。あなたみたいに適当にやっていては、会社の信頼に関わります」
言い返しながらも、凛は瀬戸が置いていったプリンのパッケージをチラリと見てしまう。カスタードとカラメルの黄金比。今、最も欲していたものだった。
「ほら、やっぱり食べたくなってる。素直じゃないんだから」
瀬戸はクスリと笑うと、勝手にスプーンのフィルムを剥がして凛の手に持たせた。その自然な距離の近さに、凛の心臓が少しだけ、規則正しいリズムを外しかける。
「……今回だけですからね。貸しですから」
「はいはい、ごちそうさまです。じゃ、貸しを返すついでに、今夜ちょっと付き合ってよ」
プリンを一口食べて甘さにほっとした矢先、瀬戸がとんでもない爆弾を投下した。
「……は? 付き合う?」
「語弊があったな。これから二人で、目の前のビルにある居酒屋で愚痴大会を開こうの会、です。どう? 鉄の女のオフの顔、ちょっと興味あるんだけど」
「お断りします。私はこれから帰って、明日の資料の最終チェックを――」
「残業は禁止、とさっき人事からのメールにあったはずですが?」
瀬戸がスマホの画面をひらりと見せる。そこには確かに『全社一斉ノー残業デーのお知らせ』の文字があった。
「……っ」
「ほら、行くよ、藤堂さん。部下……じゃなくて、同期のよしみってことで」
ふざけた笑みの裏で、瀬戸の瞳がふと真剣な色を帯びた気がした。
凛は小さく息を吐き、諦めたように立ち上がった。
「……本当に、調子のいい人ですね」
「褒め言葉として受け取っておきます!」
夜風が心地よいオフィス街の歩道を並んで歩きながら、凛は(この調子のいい男に、なぜか最近ペースを乱されっぱなしだ)と、心の中で密かに頭を抱えた。
2人は仕事を終え、オフィス街の喧騒から少し外れた、落ち着いた雰囲気の居酒屋にいた。
木目のカウンター席に並んで座るなり、瀬戸はメニューも開かずに「とりあえず生二つ!」と威勢よく店員に告げた。
「あのね、瀬戸くん。ここは私の奢りなんですから、もう少しメニューを吟味する慎ましさというものを――」
「はいはい、お説教は乾杯の後に。お疲れ様、凛ちゃん」
「……お疲れ様です」
グラスとグラスが軽やかな音を立ててぶつかる。
冷えたビールを一口飲んだ瀬戸は、「ぷはーっ、これだから社畜はやめられねぇな」と満足げに息をついた。
「社畜自慢を誇らしげにする人初めて見ました。……で? 私を連れ出した本当の目的は何なんですか。ただの愚痴大会じゃないでしょう」
凛が鋭い視線を向けると、瀬戸はクツクツと笑いながらジョッキを置いた。
「鋭いなぁ。まぁ、半分は本当の愚痴だけどさ。……最近さ、経理部のフロアから聞こえてくる凛ちゃんのタイピング音いつもより激しくない?」
「っ……それは、今期末の締めで――」
「頑張りすぎて、パンク寸前になってるように見えたからさ。たまには息抜きさせないと、そのうち真面目な『鉄の女』が本当に折れちまうと思って」
ふざけた口調の奥に、まっすぐな温度が混じる。
そのギャップに不意を突かれ、凛は言い返そうとした言葉をゴクリと飲み込んだ。瀬戸は普段、飄々としていて誰とでも軽口を叩くけれど、こういう時の観察力は妙に鋭い。それが、凛の閉ざしがちな胸の扉をコツコツとノックしてくるようで、少しだけずるかった。
「……私は、大丈夫です。自分の仕事に責任を持っていますから」
「知ってるよ。凛ちゃんがどれだけ陰で努力してるかも、誰よりも正確な数字を出そうと必死になってるかも、俺はちゃんと見てる」
「……っ、そんなの、どこで――」
「同じフロアにいるんだから分かるって。あ、でも、甘いもの食べてるときはちょっと幸せそうな顔するんだな、あれは新発見だった」
「っ、からかわないでください!」
顔が一気に熱くなり、凛は慌てて枝豆の皮を指先でプチッと潰した。
そんな彼女の様子を見て、瀬戸は楽しそうに目を細める。
「からかってないって。事実だもん。――ねえ、凛ちゃん」
ふと、瀬戸の声のトーンが一段低くなった。
ふざけた空気がスッと引き、大人の男性としての空気がその場に満ちる。
「……なんですか」
「もしさ、本当に一人で抱えきれないデカい数字とか、どうしようもないトラブルが起きたときはさ。俺を頼ってよ。営業の力、こういう時こそ使わないと意味ないでしょ」
スマートに、でもどこか照れくさそうに笑う瀬戸。
その不意打ちの優しさに、凛は胸の奥がキュッと締め付けられるような感覚を覚えた。
「……あなたみたいな適当な男に頼るほど、私、落ちぶれていません」
強がりを込めてそう返したが、その声は先ほどまでの冷たさを失い、どこか湿り気を帯びていた。
瀬戸はそれ以上追及せず、「はいはい、強がり強がり」と優しく笑って自分のグラスを傾けた。
オフィスの仮面を剥ぎ取られていくような、心地よくて少しだけ危険な夜は、こうして静かにふけていった。
あれから数ヶ月。
季節は巡り、冬の寒さが和らいですっかり春の気配が漂う頃。
決算期を乗り越えた経理部は、かつてないほどの静けさと達成感に包まれていた。
カチャ、カチャ、と規則正しく響くタイピング音。
凛が最後のデータ送信ボタンを押した瞬間、パチパチパチと軽快な拍手が聞こえてきた。
「お疲れ様です、藤堂主任。いやー、今期の全社決算、経理部の鉄壁の守りのおかげで営業部も大助かりですよ」
ひょっこり現れたのは、相変わらずワイシャツの袖をまくった瀬戸だった。
いつの間にか役職も少し上がり、飄々とした中にも大人の余裕が漂うようになった彼は、慣れた手つきで凛の机の上に小さな箱を置いた。
「……また甘いものですか。私、もうすぐ健康診断なんですが」
「大丈夫、今回は特別仕様の『よく頑張りました・特製オペラケーキ』だからカロリーゼロ理論適用です」
「そんな理論が通るなら医者はいりません。……でも、ありがとうございます」
ため息をつきつつも、凛はふっと柔らかい笑みを浮かべた。
最近は、こうして瀬戸が自分のペースを乱しにやってくる日常が、心地よい当たり前になっていた。
「ねえ、凛ちゃん」
「なんですか、また面倒な書類でも持ってきたんですか」
「ううん、そうじゃなくて」
瀬戸はふざけた笑みをスッと消し、真っ直ぐに凛の目を見た。
その真剣な瞳に、心臓がトクンと大きく跳ねる。
「来月の社員旅行の班決めさ、俺と一緒にならない?」
「……それ、公私混同じゃありません?」
「いいの、たまにはルール違反も。……ずっとさ、隣で頑張ってる凛ちゃんを見てたら、俺ももっとちゃんとした男になりたいって思ったんだよね。ふざけてばかりじゃなくて、ちゃんと一番近くで支えられる男にさ」
驚いて見つめ返す凛の頬に、ふわりと温かい赤みが差す。
「鉄の女」と呼ばれた彼女の完璧な方程式を、この少しおふざけな男性は、いつの間にか優しく、そして鮮やかに解きほぐしてしまっていた。
「……仕方ありませんね」
凛は小さく息を吐くと、カップを置いて、クスリと茶目っ気のある笑みを浮かべた。
「私の隣にいたいなら、これからはもっと真面目に仕事してください。……なんて、冗談ですけど」
「おっ、それってプロポーズより前向きな返事ってことでいいの?」
「調子のいいこと言わないの!」
オフィスに響く軽口と笑い声。
不完全。けれど最高に居心地の良い二人の方程式は、これからもずっと、笑顔とともに解き明かされていく――。
藤堂 凛(とうどう りん / 27歳):経理部所属。仕事は完璧主義で常に冷静沈着。几帳面すぎて周囲から「しっかり者」を通り越して「鉄の女」と恐れられているが、実は甘いものが好き。
瀬戸 悠(せと はるか / 27歳):営業部所属。営業成績はなぜかトップクラスなのに、社内ではいつも飄々としていてふざけてばかりのムードメーカー。
コン、コン、と規則正しい足音が静まり返ったフロアに響く。
午後7時を回った経理部の島で、藤堂凛はパソコンの画面から目を離さず、眉間に微かなシワを寄せていた。
「よし、これで今期の予実管理データは完璧、と」
ため息をつきながら背伸びをした瞬間、目の前に「シュッ」と何かが差し出された。驚いて視線を上げると、そこには見慣れたふにゃっとした笑顔があった。
「お疲れ様です、凛ちゃん。はい、これ、脳の糖分補給にどうぞ」
「……瀬戸くん。何度も言っていますが、オフィス内でその愛称で呼ぶのはやめてください。あと、そのプリン、どこから湧いてきたんですか」
瀬戸悠は悪びれる様子もなく、隣の空いたデスクに腰掛けた。スーツのジャケットは脱ぎ捨て、ワイシャツの腕を肘まで無造作にまくり上げている。
「給湯室の冷蔵庫の奥底に眠っていたのを、我がチームの未来のために救出してきました。あ、もちろん賞味期限はセーフです。セーフティ・ファースト!」
「全然セーフティに見えません。というか、自分の部署の仕事は終わったんですか。営業部の人たちはもう全員帰りましたよ」
「いやー、それがさ。うちの部長が『瀬戸、今度の企画書をもう一回ゼロから見直せ』とか鬼みたいなこと言うもんで。現実逃避にここへやってきました」
「現実逃避に来る場所じゃありません。ここは仕事の戦場です」
凛が冷ややかな視線を向けると、瀬戸は面白そうに目を細めてフッと笑った。
「相変わらず真面目だなー、凛ちゃんは。そんなに肩に力入れてると、可愛い顔がシワだらけになっちゃいますよ?」
「……っ。余計なお世話です。私は私なりに効率と正確性を追求しているだけです。あなたみたいに適当にやっていては、会社の信頼に関わります」
言い返しながらも、凛は瀬戸が置いていったプリンのパッケージをチラリと見てしまう。カスタードとカラメルの黄金比。今、最も欲していたものだった。
「ほら、やっぱり食べたくなってる。素直じゃないんだから」
瀬戸はクスリと笑うと、勝手にスプーンのフィルムを剥がして凛の手に持たせた。その自然な距離の近さに、凛の心臓が少しだけ、規則正しいリズムを外しかける。
「……今回だけですからね。貸しですから」
「はいはい、ごちそうさまです。じゃ、貸しを返すついでに、今夜ちょっと付き合ってよ」
プリンを一口食べて甘さにほっとした矢先、瀬戸がとんでもない爆弾を投下した。
「……は? 付き合う?」
「語弊があったな。これから二人で、目の前のビルにある居酒屋で愚痴大会を開こうの会、です。どう? 鉄の女のオフの顔、ちょっと興味あるんだけど」
「お断りします。私はこれから帰って、明日の資料の最終チェックを――」
「残業は禁止、とさっき人事からのメールにあったはずですが?」
瀬戸がスマホの画面をひらりと見せる。そこには確かに『全社一斉ノー残業デーのお知らせ』の文字があった。
「……っ」
「ほら、行くよ、藤堂さん。部下……じゃなくて、同期のよしみってことで」
ふざけた笑みの裏で、瀬戸の瞳がふと真剣な色を帯びた気がした。
凛は小さく息を吐き、諦めたように立ち上がった。
「……本当に、調子のいい人ですね」
「褒め言葉として受け取っておきます!」
夜風が心地よいオフィス街の歩道を並んで歩きながら、凛は(この調子のいい男に、なぜか最近ペースを乱されっぱなしだ)と、心の中で密かに頭を抱えた。
2人は仕事を終え、オフィス街の喧騒から少し外れた、落ち着いた雰囲気の居酒屋にいた。
木目のカウンター席に並んで座るなり、瀬戸はメニューも開かずに「とりあえず生二つ!」と威勢よく店員に告げた。
「あのね、瀬戸くん。ここは私の奢りなんですから、もう少しメニューを吟味する慎ましさというものを――」
「はいはい、お説教は乾杯の後に。お疲れ様、凛ちゃん」
「……お疲れ様です」
グラスとグラスが軽やかな音を立ててぶつかる。
冷えたビールを一口飲んだ瀬戸は、「ぷはーっ、これだから社畜はやめられねぇな」と満足げに息をついた。
「社畜自慢を誇らしげにする人初めて見ました。……で? 私を連れ出した本当の目的は何なんですか。ただの愚痴大会じゃないでしょう」
凛が鋭い視線を向けると、瀬戸はクツクツと笑いながらジョッキを置いた。
「鋭いなぁ。まぁ、半分は本当の愚痴だけどさ。……最近さ、経理部のフロアから聞こえてくる凛ちゃんのタイピング音いつもより激しくない?」
「っ……それは、今期末の締めで――」
「頑張りすぎて、パンク寸前になってるように見えたからさ。たまには息抜きさせないと、そのうち真面目な『鉄の女』が本当に折れちまうと思って」
ふざけた口調の奥に、まっすぐな温度が混じる。
そのギャップに不意を突かれ、凛は言い返そうとした言葉をゴクリと飲み込んだ。瀬戸は普段、飄々としていて誰とでも軽口を叩くけれど、こういう時の観察力は妙に鋭い。それが、凛の閉ざしがちな胸の扉をコツコツとノックしてくるようで、少しだけずるかった。
「……私は、大丈夫です。自分の仕事に責任を持っていますから」
「知ってるよ。凛ちゃんがどれだけ陰で努力してるかも、誰よりも正確な数字を出そうと必死になってるかも、俺はちゃんと見てる」
「……っ、そんなの、どこで――」
「同じフロアにいるんだから分かるって。あ、でも、甘いもの食べてるときはちょっと幸せそうな顔するんだな、あれは新発見だった」
「っ、からかわないでください!」
顔が一気に熱くなり、凛は慌てて枝豆の皮を指先でプチッと潰した。
そんな彼女の様子を見て、瀬戸は楽しそうに目を細める。
「からかってないって。事実だもん。――ねえ、凛ちゃん」
ふと、瀬戸の声のトーンが一段低くなった。
ふざけた空気がスッと引き、大人の男性としての空気がその場に満ちる。
「……なんですか」
「もしさ、本当に一人で抱えきれないデカい数字とか、どうしようもないトラブルが起きたときはさ。俺を頼ってよ。営業の力、こういう時こそ使わないと意味ないでしょ」
スマートに、でもどこか照れくさそうに笑う瀬戸。
その不意打ちの優しさに、凛は胸の奥がキュッと締め付けられるような感覚を覚えた。
「……あなたみたいな適当な男に頼るほど、私、落ちぶれていません」
強がりを込めてそう返したが、その声は先ほどまでの冷たさを失い、どこか湿り気を帯びていた。
瀬戸はそれ以上追及せず、「はいはい、強がり強がり」と優しく笑って自分のグラスを傾けた。
オフィスの仮面を剥ぎ取られていくような、心地よくて少しだけ危険な夜は、こうして静かにふけていった。
あれから数ヶ月。
季節は巡り、冬の寒さが和らいですっかり春の気配が漂う頃。
決算期を乗り越えた経理部は、かつてないほどの静けさと達成感に包まれていた。
カチャ、カチャ、と規則正しく響くタイピング音。
凛が最後のデータ送信ボタンを押した瞬間、パチパチパチと軽快な拍手が聞こえてきた。
「お疲れ様です、藤堂主任。いやー、今期の全社決算、経理部の鉄壁の守りのおかげで営業部も大助かりですよ」
ひょっこり現れたのは、相変わらずワイシャツの袖をまくった瀬戸だった。
いつの間にか役職も少し上がり、飄々とした中にも大人の余裕が漂うようになった彼は、慣れた手つきで凛の机の上に小さな箱を置いた。
「……また甘いものですか。私、もうすぐ健康診断なんですが」
「大丈夫、今回は特別仕様の『よく頑張りました・特製オペラケーキ』だからカロリーゼロ理論適用です」
「そんな理論が通るなら医者はいりません。……でも、ありがとうございます」
ため息をつきつつも、凛はふっと柔らかい笑みを浮かべた。
最近は、こうして瀬戸が自分のペースを乱しにやってくる日常が、心地よい当たり前になっていた。
「ねえ、凛ちゃん」
「なんですか、また面倒な書類でも持ってきたんですか」
「ううん、そうじゃなくて」
瀬戸はふざけた笑みをスッと消し、真っ直ぐに凛の目を見た。
その真剣な瞳に、心臓がトクンと大きく跳ねる。
「来月の社員旅行の班決めさ、俺と一緒にならない?」
「……それ、公私混同じゃありません?」
「いいの、たまにはルール違反も。……ずっとさ、隣で頑張ってる凛ちゃんを見てたら、俺ももっとちゃんとした男になりたいって思ったんだよね。ふざけてばかりじゃなくて、ちゃんと一番近くで支えられる男にさ」
驚いて見つめ返す凛の頬に、ふわりと温かい赤みが差す。
「鉄の女」と呼ばれた彼女の完璧な方程式を、この少しおふざけな男性は、いつの間にか優しく、そして鮮やかに解きほぐしてしまっていた。
「……仕方ありませんね」
凛は小さく息を吐くと、カップを置いて、クスリと茶目っ気のある笑みを浮かべた。
「私の隣にいたいなら、これからはもっと真面目に仕事してください。……なんて、冗談ですけど」
「おっ、それってプロポーズより前向きな返事ってことでいいの?」
「調子のいいこと言わないの!」
オフィスに響く軽口と笑い声。
不完全。けれど最高に居心地の良い二人の方程式は、これからもずっと、笑顔とともに解き明かされていく――。

