恋なんて、彼の特権だと思っていた
 小さな東京タワーが揺れる。
 正確には、私の身体が揺さぶられているからなんだけど。

「何を見てるの?」

 ぼんやりとしていた私を後ろから抱きしめて、真琴くんは囁くように聞いてきた。耳の裏に掛かる息がくすぐったい。

「うーん、眠くなってきたなと思っただけ」

「僕がいるのに?」

「なんで拗ねてるの?」

 ベッドから起き上がった真琴くんは、キッチンへと向かった。

「コーヒーはないの?」

「ごめん、切らしてる。……こんな時間に飲ませる気じゃないでしょうね?」

「まだ一時間あるんだよ?」

 その言葉に時計の針を見ると、もうすぐ23時だった。

「別に0時になるまでいなくていいのに」

 約束したわけでもないのに、彼は0時になると帰る。
 ……0時になるまで帰らないとも言える。

「じゃあ、テレビでも見ようよ」

「見たいものなんてないけど」

 私の意見を無視して、真琴くんはテレビをつけた。
 暗い部屋の中で、そこだけが明るくなった。

 ソファーに並んで座り、欠伸を噛み殺していた私に真琴くんは言った。

「クリスマスケーキの予約開始だって」

 コンビニのCMに、そんな時期なのかと思った。

「あんなもの買っても一人じゃ食べ切れないわ」

「僕と一緒に食べるのはどう?」

「あなたが来る頃には、クリスマスは終わっているわよ」

 クリスマスが土曜日だったなら、そうしても良かったのかもしれない。

「それに、大学のみんなでパーティーとかしないの?」

 若いんだから、するでしょう?
 私にはただの平日になるだろう。

「友里愛さん」

「ん?」

 時計の針がまた一つ動いた。

「クリスマスに会いたい」

 テレビに向けていた視線を彼に向ける。
 真っ直ぐにこちらを見つめていた彼は、目元を緩めていた。

「今年は金曜日だから、そのまま次の日まで泊まりたい」

 私はすぐに答えられなかった。
 何度も頭の中では、土曜日じゃないと思った。

「それはルールと違うんじゃない?」

 やっと絞り出したのは、そんな指摘になってしまった。

「ルールって何?」

「え?」

「そんなもの、決めたことなんてなかったよね?」

 そうだけど……。
 でも、会っていたのは毎週土曜日だけ。

「僕は、金曜だろうと……毎日だって貴女に会いたいです」

「ちょっと……!」

 真琴くんの指が、私の顎に触れた。
 顔の角度を変えられるけど、視線だけはずっと彼を追っていた。

「僕が半年も通った意味、そろそろ逃げないで」

「……っ!」

 何も言い返すことが出来なかった。
 舌が絡み取られていては、否定すらできない。

「あと40分くらいかな? 今日は魔法が解けたとしても帰らないから」

 なんでシンデレラ?
 そう思うのに、止めてという理由が見つからない。

 視界の端にハガキの山を確かめる。
 私はもういい大人のはずなのに……。

「真琴くん」

「はい」

 緊張をほぐすように、息を吐く。

「いいのかな?」

「いいよ」

 私が考えていることなんて何も知らないくせに、あっさりと言ってくれるものだ。
 彼の手に上から触れる。

「ベッドに行こうか」

 今夜はもう、東京タワーが見えない。

 目の前にあるのは、彼の逃がそうとしない表情だけだった。

 
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