傷心な私と幼なじみ御曹司の契約結婚~不眠治療のハズが、20年分の執着愛で甘やかされています~
 カウンターで冷えたビールをあおっても、気持ちはまったく晴れない。
「私なんて……誰にも必要とされてなかったんだ……」

 二十九歳。
 結婚を意識していた男に裏切られ、居場所すら失った。
 私にはもう、何もない。
 ぽろぽろと零れ落ちる涙を、莉緒は手の甲で必死に拭う。

「……相変わらず、泣く時は手で拭うんだな」
 差し出されたハンカチに驚いた莉緒は、ゆっくりとその持ち主を見上げた。

 袖の隙間から見える高級時計。
 仕立ての良い高級スーツ。
 どこか浮世離れした美しい容姿と、冷ややかで鋭い瞳。
 
「……創くん?」
 居酒屋の赤提灯には似つかわしくないその男は、莉緒の隣に静かに腰掛けた。

 桐生創。
 幼稚園から小学校まで一緒だった幼馴染で、莉緒の初恋相手。
 想いを告げる前に、彼がアメリカへ転校してしまい、成人式で会った時にはもう手が届かない存在になっていた。
 今や日本を代表する大手不動産グループ『桐生ホールディングス』の若き副社長だ。

「成人式ぶりだな、莉緒」
 創は莉緒の濡れた髪を気にも留めず、細い指先で頬に伝う涙をすっと拭った。
 その手のひらの温もりに、莉緒の心臓が跳ね上がる。

「なんで、ここに……?」
「この近くで会食があった」
 創は莉緒の前に置かれたビールグラスを横にやり、温かいお茶と料理を注文する。

「雨の中、傘も差さずに泣きながら歩くバカを見かけたから追いかけてきたんだ」
「……バカで悪かったわね」
 莉緒は「どうせバカよ」と自嘲した。

 ビールしかなかったテーブルの上に、温かいお茶と、出来立てのだし巻き玉子、じっくり煮込まれた牛すじ煮込みが並べられる。

「とりあえず食え。泣くのも怒るのも、腹を満たしてからにしろ」
 大会社の御曹司とは思えない創の気遣いに、莉緒の胸の奥はじわりと熱くなった。
 
 どうしよう。今ごろビールの酔いが回って来たのかもしれない。
 こんなこと話すつもりなんてなかったのに。
 
「……マンションに帰ったら、彼が同僚とベッドにいて」
 莉緒がぽつりと漏らすと、創の整った眉がぴくりと動いた。
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