【長編】ホタルの住む森

輪廻


右京は電話を切ると寝室の時計を見た。

時刻は既に11時半を過ぎている。

今すぐに来いと言われても、既に深い眠りの底にいる娘を起こすことには流石に躊躇いを感じた。

「あー…蒼、晃が今すぐに来て欲しいって言うんだけど…」

振り返ると蒼は瞳を閉じてベッドの淵に座っていた。

精神を統一している様子に思わず先の言葉を飲み込む。
やがて細く開かれた瞳で空(くう)を見つめ、静かに口を開いた。

「……還ってくる…」

「え…?」

「感じるのよ右京。……茜が…還ってくるわ。行かなくちゃ…私が導かなくちゃいけない。茜がそう語りかけてくるの」

蒼がベッドから立ち上がると腰までの長い黒髪が蒼を追いかけるようにサラサラと流れた。

凛として顔を上げる彼女の横顔は、窓から射し込む青白い月光に照らされ、とても神秘的に映った。

瞳には彼女が茜を強く感じるとき独特の不思議な光が宿っていた。

「杏は起すのか?」

「可哀想だから起さないようにそっと連れて行きましょう。毛布に包んで抱いてきてくれる? 私は準備をしてくるわ」

背後でサラリと絹の音がして蒼がガウンを脱ぎ捨てる気配がする。

右京は頷くと急いで着替えを済ませ、杏の部屋へ向かった。


蒼い月の光の下に生まれた蒼。

夜明けを導く茜色の空の下に生まれた茜。

双子星の魂が引き合うように、運命は再び廻りのときを迎えていた。


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